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奇妙戦歴〜文化祭〜 作者:光夜

第38回   第四週4
 「・・・・いない・・・・」
 男子等を探す事十数分、いまだコアどころか人すら見つけらていないシンは廊下の曲がり角の所で壁に背を預けていた。
 授業中である今が探索をする唯一のチャンスだと言うのに成果はまったくの無しでは意味が無い、敵であるHVDと言う生物は確実にこの学校のどこかにいる事は榊が示すとおり確かにいる。だというのに………
 「まさか、透明なのか?」
 誰にとも無く言った。
 ここまでくる時に感じた敵の鼓動は自分が知っている中でも一番イメージがし難いものだった。鼓動が薄いとかではなくリズムが違う、余りにも外れたリズムは強さを感じさせず逆にこちらが守りたくなるようなほど弱々しい物だ、姿も見えないとなればよほど戦闘を好まない相手なのかもしれない。
 いや、それはそれで無駄な戦闘を避けれていいのだがあくまで予想でしかないこの考えは敵が見えていなければ答えの出しようも無かった。
 「やはり、隠れていると考えるしかないか」
 ならばもう一度探すしかないと壁から背を離した。
 この学校は広い、自分がいるのは男子の校舎であって学校の敷地面積と比べればほんの一角に過ぎないのだから探す場所は多い。
 時間もまだ在りそうだし隣の女子の校舎を調べる事に予定を変えた。それで駄目ならここの施設を端から調べ尽くすしかないだろう。
 「時間も限られている、すぐに移動を始めよう」
 歩き出し真っ直ぐな廊下を進む、廊下の一番奥にある階段を下りて下駄箱を出ればすぐに隣の校舎に行ける。
 「それにしても…………」
 探索に意識を使っていたシンは落ち着いて校舎のつくりを見てみる。長く続く廊下はどう見ても自分の学校の二倍はあるし窓に目をやれば校庭の大きさとは裏腹に物凄く巨大な射撃場と書かれたドーム、たぶん実弾は使ってはいないだろうけれどかなり物騒な所だ。
 「それに無駄に広いな、射撃場なんてローゼンが聞いたら喜びそうな設備だ」
 この事を教えたら『こちらの方へ転入すればよかったですね』なんて言いそうで少しおかしくなった。ローゼンなら十分ありえそうな台詞だからだろう。
 「男女別授業で寮まで完備と来たか。別校舎まで用意しているくせに男女混合の寮ってここの理事長だか校長は何を考えているんだろうな」
 宗教熱心を思わせる礼拝堂は白くまるで昨日建てられたかのようなほど綺麗で真新しく見えた。シスターのような女性が鐘のある最上階に上ってくるのが見えた。
 「はあ、鐘を鳴らすのか。シスターも力仕事なんだな」
 なんて、人事のようにその様子を眺めていた。無駄な事はこれぐらいに足を速めようとした時気づいた。
 「え…………………鐘?」
 確かここは日替わりでチャイムが変わると聞いたことがある。チャイムが鳴るのならば鐘は必要ない、ならば今日は―――――――――――――

 カラーン、カラーン、カラーン

 まるで頭に響くような金属の聖なる音は全ての悪を浄化してくれそうな不思議な響きだった。だがシンにとってその鐘の音は悪魔の笑い声以外の何者でもない、聞こえてきた鐘の音は授業終了の合図だ。
 「やばい――――――――」
 非常にまずい状況になった、このままでは部外者である自分が休み時間を満喫しようとする生徒たちに見つかってしまう。
 「逃げないと」
 死んだような小声で足早に、事実競歩のような速さでそれでいて怪しまれないように音を立てないように階段へ急ぐ。
 だが―――――――――
 「うわあっ!」
 「!」
 天は彼を見放したようだ、急いでいたシンは教室寄りに歩いており出てきた男子生徒とぶつかってしまった。
 「――――――――」
 シンに怪我は無かったがぶつかってきた相手はその場でしりもちをついてしまい廊下に座り込んでいた。黙って通り過ぎるのも怪しまれる、何とか誤魔化す方向でシンは倒れた彼に話し掛けた。
 「大丈夫か?」
 「ああ、君こそ大丈夫?」
 丁寧に言ってシンの差し出した手に掴まって立ち上がる。
 「?…………」
 と、その手に違和感を感じた、どうもおかしい。
 「どうした?」
 訝しがるシンの顔が気になったのか彼は立ち去ろうとはせず尋ねてきた。
 「え、ああ。大丈夫だ。俺は急いでいるからこれで」
 「うん、ありが――――あ、ちょっと待った!」
 榊を体で隠しながら立ち去ろうとした時心臓を突くような静止の声が掛かりどきりとなった。
 「な、なんだ………?」
 まさか、刀を持っている事がばれたか。だとすると逃げるしか―――――――
 「うん、名前を聞いてなかったね。俺は波季水、君は?」
 ハキスイと言った彼はシンの名前を聞いてきた。そんなことかと胸をなでおろしたシンは振り返った。
 「ああ、俺は―――――――」
 「きゃあっ!」
 と、いきなり目の前に少年が少年らしからぬ声を上げた、一瞬目を疑ったシンはすぐさま自分の立ち位置を確認してしまったと顔をゆがめた。
 気を抜きすぎた、彼の目にはシンの手にもった榊が丸見えになっている。
 「か、刀!」
 「まずい、俺としたことが」
 今更悔やんでも遅い、この廊下の騒ぎを聞きつけて同じく彼の教室からもう一人男子生徒が出てきてしまった。
 「どうした波季水!?」
 気の強そうなその顔立ちはどこか孝太を連想させたがそれも一瞬の出来事だ、出てきた彼はシンを見て見知らぬ人を見たときと同じ顔をした。
 「誰だお前?別なクラスの奴か?」
 「え、えっと……」
 「平本っ、それよりもあいつの手、手!」
 「手……っておい!」
 ヒラモトと呼ばれた彼もシンの手に納まっている榊を見て顔を強張らせた、そしてヒラモトが気づいたのはそれだけではない。
 「服の色も違うな、ってことはまさか」
 「部外者!?殺人鬼!?!?」
 ここにきて完全に誤魔化しは効かなくなった。明らかにシンの制服とこの学校の制服は形も色も違っていた、言い訳が聞く相手ではないようだ。
 「………くっ」
 「おい、何とか言ってみろ!お前何処のどいつだ!」
 制服の色も顔も覚えられてHVDが潜んでいる校舎でハプニング、最悪のケースにシンは唸った。こうなれば―――――――――
 「あっ!逃げた!」
 こうなれば勢いのみでここを抜け出すほかは有るまいと脱兎の如く目的の階段へ走り出した。当然そんな理不尽が通るほど彼らは寛大ではない、即座に反応してシンを捕まえるため走り出した。
 「まてコノヤロー!」
 と、走り出した瞬間休み時間の開放感を満喫する隣のクラスの男子生徒が出てきてしまった。
 「アあ、ヤッぱり休ミジカンはサイコーネー」
 「どけい細川ああああああああああ」
 「NOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」
 何のために出てきたのか細川とやらは道端の石のように邪険に扱われ廊下の後ろへと吹っ飛んでいった。
 そんな後ろの騒ぎを知らないシンは一心不乱に走っている。
 (やはり追いかけてきたか、だがこの間合いならば追いつかれない)
 瞬発力だけならば自身はあった、だから最初の初速だけで彼らとの間は八メートル弱、このまま階段を数段飛び越えればすぐに外に――――――――
 「――――――――――――――っ!………は?」
 階段にたどり着いた時、それは目に入ってきた、その黒く禍々しい姿が。
 「………………」
 男はこの学校にそぐわない黒く長い髪でサングラスを掛け、黒い服に身を包んでいた。風が吹けばコートのように靡くであろうその服はやはりコートのように長けが長かった。
 ほう、いい目をしているな。
 唐突にそんな声が流れてきた。どう見ても男の物なのに男は口を開いていないのだ。いや、そんなことよりもシンはもっと別な事柄に体を奪われていた。
 その姿かたち、どう見ても人間なのに、どう見ても人間とは思えないほど生を感じなかった。サングラスの奥の目を見たら自分は自分でいられるのか自信がなくなるほどソレは死の香りが強すぎる。この思考時間、一秒が一日に感じられ、日にちが変わったのではないかと言うほど階段で立ち止まっていた錯覚をした。
 「ヒト、なのか…………」
 「解るのか?頭はいいようだなヒューマンにしては」
 その気配、下手な人間が前に出れば呑み込まれるほどかけ離れた存在。確実に味方にすればコアなど虫以下の存在となろう。だが、それは無駄どころか無いに等しい行為だ、戦う?この場でソレは自殺以外の何者でもないことぐらい凡人でも生存本能で理解以上のことが出来るに違いない。
 (階段を下りれるのか…………)
 ただコンクリートの坂を交互に足を動かして下る行為がこの黒い生き物の前では不可能な現象に思えておかしかった。気が触れそうだ、そう思った時。
 「うを!クロウズ、何やってんだよこんな所で!」
 「げ、何でいるんだよお前」
 いつの間にかシンを追いかけてきた二人が後ろに立っていた。だがやはり黒い男、クロウズと呼ばれた男の前で顔を引きつらせている。
 「は、――――――――あ、っ?」
 その瞬間男の殺気じみた気配があたりの空気と同じになった、新鮮な呼吸を吸えたシンはもう一度男と二人を見た。
 (知り合い、なのか。こんな化け物と?)
 疑わしきはその構図、あの死の塊を前にして波季水と平本は怖がるどころか迷惑がっているだけで何処にも脅えなどは感じられなかった。
 「ふむ、やはりヒューマンの知識のありどころは私にとっても興味深い所だからな」
 「だからって、こんな所に来るな、また俺の部屋みたいに校舎を壊す気か!?」
 「何を、それはそいつの兄とやらがやった事だ。こちらには何も無い」
 「だからって来て良い事には―――――――――」
 と、平本とクロウズの喧嘩が一方的にヒートアップしかけたとき平本を呼ぶ波季水の姿があった。
 「平本、ソレよりもこいつ」
 「え?あ、そうだそうだ!捕まえて警察だ!」
 「!?」
 クロウズの所為で隙だらけになったシンの腕を平本は鷲掴みにした。しまったと目を見開いてのがれようとしたが。
 (!なんだこいつ、外れない)
 掴まれた腕は外れないどころの話しではない、固定金具に掴まれているのか最初から腕がホルダーと一体化しているようなほど微動だにしない。見た目からしても筋肉の目立たない平本は実はかなり力があった。
 「その前に何処の学校か聞かないと、先生にも報告を―――――――」
 「待て」
 波季水がこれからの予定を口にすると予想外の声が耳に届いてきた。声の持ち主であるクロウズはどこか考えたような顔でシンを凝視している。先ほどの死の匂いは皆無、だが警戒心をおこたらないシンは榊を握り締める。
 「キサマ、伊達や酔狂でソレを持っているのか」
 「―――――――」
 クロウズが注目したのは榊だった。ヒトならざる者が興味を持つのはやはり世の理から外れた何かなのだろうか。シンは許しを乞うように頷いた。
 「…………守りたい者がいるな」
 「ああ、大事な友達だ…………」
 なぜか、その問いかけに無駄な感情を入れることが自然と無かった、ただ純粋に口から答えがつむがれソレを聞いてクロウズは喉で笑う。
 「良い心構えだ、行け」
 「!」
 「おい、何言ってんだよクロウズ、こいつは刃物を持ってんだぞ。銃刀法違反だぞ!」
 「なんだって、行かせるんだ?」
 クロウズに勝手な進行をされて平本は御立腹だったが反対に波季水は冷静に尋ねた。
 「なに、それぞれ事情と言うものはあるのが常だ。この者がここに来て何かやったのか」
 クロウズは死角を突く様に二人の求める答えと結果をいっぺんに答えた、その答えは確かなものでシンはここで騒ぎを起こしてはいない、ならば罰せられるのはこの場にいる二人と何かだけである。
 「……………」
 「そうだな、確かにこいつ何もしてないな。騒いだのは俺たちだし」
 納得のいかない平本はそれでも正論を弾き返せず拗ねて横を向いた。その会話に一筋の光を見出したシンは尋ねる。
 「見逃して、くれるのか?」
 「ああ、不服だけど。何か事情があるんだろ?」
 「そうだ、とても大事な約束だ。絶対に破れない」
 真実だけを口にする、その心が通じたのか目の前の彼は口元を緩めて頷いた。
 「よし、じゃあ許す。行って良いぞ」
 「………ああ」
 一瞬の違和感は廊下での記憶を思い出させた、気持ちに余裕の出来たシンはその確信を知るために彼を手招く。
 「ん?なんだ」
 すぐに耳元に口を近づけて平本に聞こえないように話した。
 「(確かに、人には言え無い事情があるものだな)」
 「?」
 シンの言いたいことが判らず、波季水は顔をしかめる。
 「(君、女の子だろ?男装しているけど解った)」
 「えっ――――――――ええええええええええええええええ!?」
 突然のことに彼はシンから離れて否定するように叫んでしまった、その光景を平本は何が起こったのかと言う顔で見ている。
 「ど、どうしてっ!なんで!?」
 自分の男装は完璧だったはずなのに波季水は照れたように顔を赤くして後ずさった。予想が的中しすぎてシンは逆に驚いていたがくすりと笑って階段を下り始めた。
 「機会があったらまた合おう、俺は駅向こうの高校にいる」
 「なら近いな、今度寄らせてもらうぜ」
 動揺している波季水の代わりに平本が手を振って答えてくれた。手を振り返して答えると振り返ることなく階段を下りる。
 「クク、まったく世の中には不思議が多いなあヒューマン」
 「お前が言うな、クロウズ」
 最後に喉から来る笑いを耳にしてシンは下駄箱まで行ってしまった。
 「ったく、とんだハプニングだったな」
 「ああ………」
 「所でよ波季水」
 平本が振り返って訝しがる顔で聞いてきた。
 「お前、さっき女みたいな声出してなかったか?廊下で」
 「まさかっ!聞き違いだ、大方女子が混じっていたんだろう」
 「そうか?」
 おかしいなあ、と平本はそれ以上追求することなく首をかしげた。ほっと胸をなでおろす波季水は寿命が縮まりそうだった。



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