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奇妙戦歴〜文化祭〜 作者:光夜

第37回   第四週3
 シンと葵は駅まで来ていた、流石にここまで来ればもう一つのコアの居所もつかめるだろう、案の定シンはすぐにこの先の学校だと言う事が判った。
 「行こう、葵」
 二人はまた駆け出した、駅の反対側に出てすぐ左に曲がった所を進めばすぐにその学校は見えてきた。
 私立カザナミ高等学校この学校はある教育システムでかなり有名な学校である。
 私立だと言うのに宗教を重んじるのだろうか礼拝堂のような建物がありそれに輪をかけてドーム大の射撃場を完備。そして遠出の生徒にも嬉しい男女混合のカザナミ寮というものがある。だがこの学校がこれだけの設備で有名になったのかと言うとそれは違う。この学校は共学と言う設定で成り立っているがその教育システムは男女別という精神を前提に男子と女子の校舎が用意されているのだ。昼休みともなれば男女が混ざって生活をするのだが何故か授業の時だけは別々という不思議なシステムをとっているのだ。
 それはともかく移動で数分を費やしたこの時間だと昼休みは終わっているはず、授業中に化け物が暴れたなんて事になったら一大事だ、シンは急いで学校に向かった。
 「あ、シン君。門が閉まっているよ、どうしよう」
 走っていると校門が見えた、だがちゃっかり重そうな門で閉められている。
 「飛び越える」
 考えている暇は無い、こちらは初めから部外者なのだからおいそれとは入れるわけが無い、だった飛び越える以外に方法は無いだろう。葵の返事を聞か無いままシンは門の上を片手で掴み走ってきた勢いで跳んだ。着地も綺麗にシンはまた走り出す。そのまま校舎へと消えてしまった。
 「ああ、シン君・・・・」
 流石に同じ真似は出来ない葵は一人置いてけぼりにされた、ここで待つしかないと判断した葵、少し悔しそうに門を叩いた。と、門がガラガラと音を立てて横に少しだけスライドしたではないか。
 「あれ・・・開いている」
 これには葵も呆然となった。その安全管理に問題のありそうな学校の門を押して中に入ると無用心だなと鍵を見た。
 「あ・・・・」
 だがそれは無用心とかそういう問題ではなかった、鍵はものの見事に誰かに切り落とされて地面に落ちている。切り口から刀の物だと判った。シンは着地の瞬間にこの鍵を切ったのだ、もちろんそれは自分のように門を飛び越えられない葵のために。
 「シン君・・・・よし、行こう」
 気遣いが嬉しくて少し顔が赤くなった。元気を取り戻しそのまま静かな校舎へと入っていく。

 静かな廊下、昼休みも終わり午後の授業に入っている学校は死んだように感じる。第三高校と違いこの学校の文化祭は数週間前に終わっていて今は期末テストに向けて全ての生徒が勉強に専念していた。そんな静かな廊下をぺたぺたと歩く音が響いている。それは廊下を曲がるとまだ続く廊下を見て座り込んでしまった。人間ならそんなところ数十秒で歩き切れる距離でも今の自分には物凄く遠く感じているようだった。
 「・・・・」
 心なしか肩が落ちている気がする。何で自分はこんな物に取り付いてしまったのだろうかと。とぼとぼ歩いていると何処かの部屋の扉が開いていた。どうせ廊下を歩いていても仕方が無いのなら入ってしまおう、小さな体でドアを開き中へ入っていった。それと同時に。
 「どこだ、コアは何処へ行った・・・」
 ドアを閉めると紙一重で校舎に潜入したシンがその前を通過した。気配はかんじるもののそれがこの階からなのかどうかが判断できていないようだ。長い廊下をシンは歩いていってしまった。中に入ったとたん目の前の大きな机を見上げていた。職員室らしいここはほとんどの先生が出払っておりお茶を入れている教頭以外居なかった。迷う事無く自分の使命である『人間の抹殺』を実行するべく教頭のもとへ向かった。
 「はあ・・・」
 お茶を飲んで落ち着いている教頭はそのまま書類を書き始めた。ちょうど机の隣に隠れるとどうやって殺そうかと考える、だがこんな小さい自分に何が出来るのかと考え込んでしまった。上では教頭が湯飲みを掴もうと視線を書類に向けたまま手を伸ばす。だが誤って指で湯飲みを突いてしまった。机のハジに在った湯飲みはそのまま下で考え込んでいる小さいのにかぶった、もちろん中身のお茶も一緒に。
 「――――っ!!!!!」
 あまりの熱さに大声が出そうになったが取り付いた媒介に口が無いので叫べなかった、教頭が湯飲みを拾おうとしたので慌てて机の前方に隠れた。もちろん湯飲みは落として。
 「よかった、割れていないようだ」
 教頭がホッとして湯飲みを拾うと隠れた方は困っていた。お茶が染み込んでしまったのだ。
 「(・・・・・なんで)」心の中で自分の声が聞こえて来た。
 「(何で自分は熊のぬいぐるみの形なのだろう)」
 生まれたときからこの格好、その疑問は今でも変わらない。湯飲みを落とした音が聞こえなかったからだろうか、教頭は首をかしげている。そんな誰でもない人間に聞いても仕方が無いので教頭を殺す事を諦めて外に出る事にした。ドアを開けて廊下に出ると力無く歩き出す。前方にいる人の気配も疎かに、来た道からは廊下を曲がった葵が歩いてきていた。彼はそれに気づかず葵とすれ違い通り過ぎていった。
 「・・・・何、あれ?」
 当然それに気づいていないのは彼だけで葵はしょんぼりと歩いている不思議な熊を目視したし何よりもその格好に興味を引かれたようだ。
 「(コアじゃ、無いよね。どう見ても・・・)」
 確かに今の彼を見ても誰が今まで戦ってきた者たちと同じだと言えよう。どう見ても熊のぬいぐるみが二足歩行をしているようにしか見えない。当然そんな愛らしい格好の彼に警戒心と疑いを向けるほど葵は用心深く無い。後ろから近づくと持ち上げてみた。
 「・・・・・?」
 そのとき彼は何だか浮き足立っているように感じただろう。足を動かしても中々進まないし、何だか目線が高くなっていくような・・・・。
 「わあ、かわいい」
 持ち上げられ自由を失った彼が背後から聞いたのは女性の声で予想外の事に思わず驚いて肩を震わせた。後ろ向きでどんな女(人)に捕まったかは解らないが逃げなければと言う考えが浮かび足をばたつかせた、けれどそれも無駄だった、両方の腰を持たれているのだから自分がもがいた所で微動だにしない。
 「(まずい、早いとこ逃げ―――――)」
 慌ててもう一度体を動かそうとした時、くりと葵に正面を向けられもろに目が合ってしまった。
 「わあ、やっぱりかわいい熊のぬいぐるみだ」
 葵は予想通りの容姿に満足したかのように声を弾ませた。だがすぐに顔についているシミを見つける。
 「あ、でも少し汚れているね、かわいそう……」
 哀れむように眉をひそめて目線の高さから少し下げる。
 先ほど教頭にお茶をかけられてそのままだったので少し色が変化してしまっていた。いや、それよりも彼は思った。
 (早いとこ逃げ―――――――――無くても、良いか)
 その所要時間〇,一秒と言う早業。彼はこの瞬間生まれ持った使命を破棄する事にした。そんな心変わりなど露とも知らない葵は彼を見て。
 「そだ、洗ってあげるね。確か外に水道があったよね」
 そう言うと熊を抱えたまま校舎の入り口まで歩きはじめる、一応シンのことも考えたが彼なら大丈夫だろうと葵は熊を優先した。
 (俺ってついている?)
 自分の幸運を噛み締め(?)ながら、葵に抱かれて喜ぶ彼、何だかな。



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Novel Editor by BS CGI Rental
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