「はあ、のどかですね」昼の陽気な日差しを浴びながら学校をサボったローゼンは公園で日向ぼっこをしていた。夏場は見ているだけで暑そうなコートも冬の少し入ったこの時期には最適な暖かさだった。まだ学校や幼稚園に言っている子供達の姿は無く数人の通行人が少しばかり通り過ぎていた。そんな陽気に誘われてかローゼンの足元にはいつの間にか黒猫がいた。「あなたも散歩ですか」答えているのか「にゃあ」と鳴いてローゼンの足に擦り寄ってきた。「それではこれを差し上げましょう」そう言ってポケットを探ると煮干の小袋詰めが出てきた。それを開けて猫の前に落とすと嬉しそうにそれを食べ始めた。「いいですねえ、誰かと一緒の日向ぼっこというのは、そう思いませんか」自然な振る舞いのままローゼンは猫と違うところに声をかけた。すると頭の上から呆れた声が帰ってきた。「お前は不意打ちも辞さないのか」イリスだ、いつの間にかローゼンが座るベンチの後ろの木に座っていた。イリスが言いたいのはそんなに隙だらけで殺されても仕方が無いぞと言う事だった。「珍しいですね、殺し専門のあなたが僕を気遣うとは、今日は雹でも降るのでしょうか?」皮肉を言うとイリスは下りてきていった。「お前も俺も話があるんだろう。だから今は殺さない」そう言うとローゼンは訂正して言った。「別に不意打ちでも負けませんよ、そんな隙はありませんから」などと軽口を叩く。イリスはフンと呆れると足元の猫に目を向けた。猫は本能的にイリスを人で無いもの、そうでなくとも人と違うと言う事を察知したのかローゼンの足の陰で威嚇していた。「何だこいつは」イリスはどうでもいい声で言って隣に座った。猫の威嚇がいっそう強くなった。「お客さんですね、僕の」猫を抱き上げ膝に乗せる、イリスは興味が無いのか別な所を向いている。「邪魔だな、それに五月蝿い」猫を見ていなくとも威嚇から来る喉を震えさせる声が耳に届く、イリスは邪魔臭そうに猫を睨んだ。尋常でない目に猫は怖がってふせてしまった。「この子に罪はありませんよ、無駄な摂政もするのですか君は」ローゼンが猫をいじめるイリスに敵意を剥き出しにした。とたん、「にゃあ」と声を上げ猫は膝から飛び降りた、ローゼンも同じようなさっきを漂わせているからだ。「行きなさい、ここは危険ですよ」少し躊躇って、猫はその場から逃げるように走り出した。「おやさしい事で、それよりも話があるんだろう。聞いてやってもいいがタイラントが待っている、手短に頼むぞ」 「そうですね、無駄な殺生をしなければ早くすむでしょう」イリスが猫に向けた敵意を掘り返すように指摘した。イリスは不機嫌そうに頭を掻いた。「お前は話すより行動が先か?話が進まないなら帰るぞ」 「それで話が済むなら僕は殺しでも何でもしますよ、でも相手が瀕死では話しも出来ないでしょうけど」それは今この場で戦い合えば自分が勝ってイリスが負けると言いたいのだろうか。「おまえ、話をする気があるのか、無いならそれで構わない。幸い今は人通りも少ないからな、戦うなら今ほど好都合な時は無いだろう」イリスは立ち上がりローゼンを見据えた。だがローゼンは余裕の笑みでイリスに言った。「それも構いませんけど、僕は疲れるのは嫌いでしてね今日みたいな気持ちのいい日に戦闘は無いでしょう」イリスはローゼンの考えている事が分からなかった。挑発したかと思えばそれを消して自分の勝手に話し始める、敵意があるのか無いのかどう言う奴なのだろう。「ローゼン、俺も今日は一日ノンビリしたいんだ、生き物を殺しつづけるのは肩が重い、だから今日ぐらいはお前の話に付き合ってもいいぞ」イリスはローゼンの心のうちを探るように言葉を口にした。「ですよね、タイラントの回復には有機物が必要ですから、そこいらでゴミを漁っている犬や猫を糧にして運ぶのも大変でしょう。まあいいです、今日話したいことは一つだけですから」なら早くしてくれとイリスは急かした。「これを返します」そう言ってカフェでシンから返してもらったマスター・ダイムを取り出しイリスに投げた。「おい、何だこれは」それを手にしてイリスは聞いた。「可笑しなことを言いますね君は、あなたがお望みのマスターですよ、違いますか?」イリスは虚を突かれたような顔をしていた。「力を吸われてしまって小さくはなってしまいましたがこれでも役には立つかと」 「お前は本当に分からないな、俺を殺すはずの組織の者がどうして俺に力を貸す、お前が不利になるかもしれないのに」 「しれない、というのは僕が強いからですか?だとすると光栄ですね」嬉しそうにローゼンは言った。イリスは質問に答えないローゼンを訝しがったがこれ以上の詮索は無駄と判断したか息を吐いた。「いいさ、お前等が不利になっても俺は困らないからな、それよりも」悪戯っぽく笑うとポケットに手を入れた。「今日は日向ぼっこには最適な日和なんだよな」ローゼンはイリスの考えが読めたのかそうですねと諦めの声で言った。「なら、こう言う日の戦闘は避けたいというのは本音って訳だ」確信を突かれ、またそうですねと言った。 「なら、恩を仇で返すとしようか、マスターを返してくれたお礼だ」そう言ってポケットに入れた手を出すと白濁色のダイムを二つ取り出した。「タイラントがまた新しいのを産みましたか」 「そうだよ、それに今返してもらったのも使えばもっと早く大量に作る事が出来る、怨むなよ。お前がやったんだ、俺達は人間と共存する意思は無いからな」 「ええ、解ります。それでも僕等は負けませんよ」余裕で言い返すと今度こそイリスは睨みつけダイムを空へ投げた。「何処に飛んで行くかはあいつ等が決める事だ、追うなら今のうちだぞ」高く笑いながらイリスは何処かへ消えてしまった、声だけが最後に響いた。 「おやおや、困りましたね。と言っても困っていませんけど・・・・・追いましょうか」ローゼンはこれも予想通りとでも言うような口調で二つのダイムを追った。その様子を逃げたはずの猫が草陰から覗いていた。 ダイムの二つは迷う事無く商店街の上へ来た。だが二つは別々に飛び散り一つは体育ホールへ、もう一つは駅向こうの繁華街へ飛び散ってしまった。「まずいですね、二つも処理は困難を強いられてしまいますね」屋根伝いにダイムを追いかけていたローゼンはどうするか迷った。シンがダイムを感知できるのは今のところ本体に変身した時のみで核の状態ではまだ認知力が低い、こう言う時の対処法をローゼンは取っていなかった。どんどん遠くなっていくダイムを見ながら片方に向くと一人呟いた。「まあ、片方だけでいいでしょう、あちらは彼らが気づいたら倒すと言う事で」無責任に言って自分から一番近い体育ホールへと向かった。「人ごみに紛れると厄介ですね、少しダメージを増やしましょうか」懐から愛銃を取り出すと弾を一発装弾して狙いをつけた。「always hit the mark,(必中)」ダンと昼の商店街の真上に銃声が響いた。弾丸は直線を描きダイムの不規則な飛行に対して見事に・・・・かすめただけだった。「残念です、欠けただけでは戦力に差は生じそうにありませんね」肩をすくめてローゼンは追いかけることにした。商店街では従性に驚いた人々が何事かと騒いでいた。だがその瞬間おしゃれなオープンカフェで休憩をしていた人が反応した。もちろんローゼンが走っていくのも下から目撃した形で。「また出たのね、今度こそまともな取材を受けさせてもらうわよ」そう意気込んで報道系の寛子はカメラマンを引っ張った。「お客さん勘定は?」店の奥から店員が食い逃げまがいに出て行こうとする寛子を止めた。「ハジテレビでつけておいて」無茶苦茶な台詞を残してローゼンの後を追った。 二つのうち駅向こうに飛び去ったダイムは四子神公園の真上にいた、何処に飛ぼうか悩んでいるようだ。後はデパート、となりは大豪邸、左は結構儲かっている虎寺、真下は公園だがそこに興味は無いらしい。「・・・・・?」最後に見たのは警察署、の隣にある二つの学校だった。「・・・・!」とりあえずそこに飛ぶらしい。学校の校門の所に何か落ちている、熊の人形だった。誰かの落し物らしい、他にめぼしい物が無いようなのでそれに取り憑く事にした。熊を取り込み形を変えていく、だがその活性化する気配を遠くにいるシンも感じていた。
部室ではまさに今出来上がった看板を持ち運ぶ準備をしていた。 「・・・・・っ!」 いきなりがたっと言う椅子を倒した音が聞こえた。その音を立てたシンは立ち上がった格好のまま刀を持ちながら何も無い壁を睨みつけた。 「・・・・どうした?」 その尋常でない行動に孝太が看板作成の手を置いて尋ねる。 「孝太コアが出た、しかも二つある」 振り返ったシンから唐突に戦闘の合図を出された。 「どこだ……」 もう突然の展開には慣れてしまったのか、孝太は落ち着いた口調で訊き返す。 「一つは・・・・近いな、商店街のところにある体育ホールの所だ」 すでに孝太の手には斑匡が握られていた、顔をしかめた孝太は頭を掻いた。 「またえらく人の多い所を、まあいい、もう一つは?」 文句のついでにもう一つのコアの場所を尋ねる。小さく頷いたシンが更に探るように遠くの気配を感じとる。 「遠いな、駅向こうのあたりだ、場所は特定できない。けど駅に近いところだ」残念な事に今のシンの状態では遠くの細かい所までは感知できないようだ。それでも十分と孝太は立ち上がった。 「場所が判れば問題ないぜ、行くぞ唯」 おー、と気合も十分に唯が立ち上がって孝太と一緒に廊下へ出て行った。 「シン君、私達も行こう」 葵の声に頷いて二人も廊下へ出る。廊下を駆けながらふと気づいた、何かがおかしい事に。 「(何だ・・・・一つはいつもと同じ感じがする。でももう片方の方は凶暴性が感じられない、どう言う事だ・・・・)」 新型のHVDだろうか、思案をめぐらせていても知識の無い自分には答えを出す事は出来ない。これは自分が行って確かめるしかないと足に力を込める。 外に出ると四人は商店街を駆けた、もうすぐ到着と言う所で厭な声がシンの耳に届いてきた。 「見つけた!」 最近結構要所要所で顔を出す寛子だった、一瞬止まりそうになったがすぐに走り出した。明らかに無視された寛子は待てと後から走ってついてくる。 「待ってくださいよお」 更に後ろから寛子を追う男性、重いカメラを持たされているカメラマンの彼は気の毒だった。全力で走り商店街の体育ホールが見えたとき瓦礫の崩れる音が聞こえて来た。明らかにコアがいる、そして既に中では化け物が暴れているのだろう。 「孝太、ここは任せたぞ。俺は葵ともう一つの方を追う」 孝太はそれを聞くと斑匡を突き出してシンへ向く。 「任された、ついでにカメラもこっちに向けておくからよ、お前は暴れてこい」 すまないと言い残して二人はそのまま駅まで駆け出す。孝太はホールの入り口をくぐる。報道人の癖か、特殊な匂いがする方に吸い寄せられるのは。寛子もカメラマンも走っていった二人よりも目の前に何かがありそれを追求しようとする孝太の後に続いて入り口へ足を踏み入れる。 中に入ると見た目はそんなに壊れてはいないようだった。 だが。 「―――――っ」 唐突に前方の壁が吹き飛び煙が舞う、敵かと思い孝太は斑匡を抜いて構えを取った、煙はやがて晴れていき煙の奥の影がはっきりとしてくる、だが煙が晴れた時出てきたのは孝太の予想とは裏腹に人間だった。それも自分がよく知っている相手でもある。 「ロ、ローゼン?」 いつもの笑顔を見せながら敵ではないですよと両手を挙げて出てきた。 「またお前かよ」 いい加減もう呆れたと言わんばかりでローゼンの登場を迎えて孝太は肩を下ろした。 「やあ、二人とも」 二人の元へ来た時ローゼンはローゼンらしい挨拶をした。
|
|