「ただいま」そう言って家のドアを開ける。玄関の電気をつけて靴を脱ぎ下駄箱に入れる。用済みとなった玄関の電気を消し暗い階段を上る。 部屋に入り電気をつける。鞄をベッドに無造作に置きベッドに横になった。息を一つ吐き天井を見上げた。今日も色々あったと人事のように思い出した。ローゼンの話では進化を遂げたコアは自分の刀では斬れないかもしれない。よくよく考えれば妙な事だ自分で種を蒔いておきながら結局は孝太に助けられた。「どうしたものだろう。このまま孝太に助けられるのは癪だな、何とかしないと」思い立ったのはコアの体が斬れればいいのだから刃を強くすればいいと言う事だった。 「磨いでみるか」横を見ると一緒に置いた刀があった。名無しの刀、よくよく考えればなぜこの刀に名前が無いのかを自分は知らない。刀匠だった父親は既にこの世にいない。 「刀匠だったのも何十年も前の事だし俺の知るところじゃないか」起き上がり着替える事にした。脱いだ制服をハンガーに掛け壁のフックに掛けようとした時壁に硬いものが当たる音がした。ああそうだったと服のポケットを探る。マスター・コア。ピンポン球サイズの球体が出てきた。 「俺にどうしろと言うのだろう」ローゼンが預けたくれたこのボールははっきり言って使い道がわからない。コアが探知できるならそれは有り難いのだがどう見てもこれはかさばる大きさだ、おまけに丸いからポケットに入れるわけにもいかない。 「これも考えものだな」さして気にすることも無いので刀の隣において部屋を出た。食事をするため台所へ行く。電気をつけ冷蔵庫を開けた。一応それなりの材料がある。夏休み中葵が料理を教えてくれた、その後も自分から何かを作ろうと色々と本をめくったこともある。「そうだな、今日は洋食でも作るか」冷蔵庫からパスタを取り出した。今のところ洋食と言って思い浮かぶのはパスタ料理ぐらいだった。一人前のパスタを取り出し湯に入れほぐす。ソースは作る暇が無いのでパックの物を使った。温めてかけるだけだった。 食事の後は、その前に時計を見た。まだ九時まで時間がある、部屋に戻る気も無いので久し振りに父親の部屋に行く事にした。生前大量に書物を買いあさっていたので部屋はほぼ書庫と化していた。父の部屋は二つあり以前葵に貸したのとは別の部屋がある、そこが書庫と化しているのだ。一階の廊下の突き当たりそこに書庫の部屋がある。かすれた音がして部屋のドアがあく。電気をつけると一面の本棚が目に入って来た。十畳一間を囲むこの部屋は左右と前方に本棚があり全て本で敷き詰められている。窓もあったが今は棚で隠れているようだ。後は部屋の中心に小さな机があるだけ。この机には引き出しがあるが父親が鍵と一緒に埋葬されて以来開ける事は無い。気にせず本棚をあさりいくつかの本を取り出した。ここにある本は全てがハードカバーで重量がある。もしかしたら値打ちのある本もあるのかもしれないが興味は無い。取り出した本のタイトルを見たが既に読んだ本だった。「あ、そうか」思い出した。右の棚の本は全て読んだことのある本だった。最近読み始めたのだがこのぐらいの本なら一年と持たないようだ。 「じゃあ、真ん中か」 本をしまい真ん中の棚に足を向けた。一番上の端から三冊取り出しす、パラパラとめくるとそのまま部屋を出ようと足を横に出した時「いてっ」狭い部屋のおかげで机とセットの椅子に腰をぶつけてしまった。思い切りぶつけた結果机が少し動いてしまったようだ。 「この椅子片付けようかな」そう思い椅子を退かして机を動かそうとした時引出しが目に入った。「あ・・・れ?開いている」椅子に座った時に腹のあたりに当たる部分、そこに引出しは無いと思っていたが。 「隠し箱。からくり好きとは知っていたが子供が見ないようなところにまで作るとは」 だが父がそうまでして作ったこの引出し、左右の引出しには鍵がかっているのにこれには鍵穴どころか取っ手すらない。「そうまでして何を入れたんだろう」持っていた本を置き飛び出た引出しに手を掛けた。すっと乾いた音がして引出しが開く。 「本・・・」入っていたのは一冊の本だった。タイトルも何もかかれていない本。不思議と手に取るという気にはならない。「(多分家系図か何かだろう)」この家にはいくつかの古い箱がある。昔この家のご先祖様は誰と言うことを聞いてことがあったが父は誤魔化すだけで教えてくれる気配が無かった。 「家系図か、昔は興味もあったが今は・・・」どうだろう。暇があれば読むかもしれないが今はそういう気分ではなかった。静かに引出しを元に戻すとそのまま本を持って出て行った。 階段を上がり部屋の前まで来る、ノブに手を掛けたところで違和感を感じとった。一瞬立ち止まったが気にせずドアを開けた。「・・・・・」部屋は先ほど出るときに電気を消したので明かりがあるはずが無いのだが、いま部屋の角の方で何かが光った気がした。丁度ベッドのあたり。電気をつける、ちかちかと何度か点灯した後部屋が明るくなった。 「何も無い・・・か?」足を踏み入れて部屋全体を見渡すが何も無い、一番気になったベッドを見たが先ほど置いた鞄と刀、それとマスター・コア。「別に何も無いな」持って来た本のうち二冊を机においてベッドに座った。スペースを空けるために刀を持った。違和感は突然やってきた。「ん・・・・?」刀がいつもと違った。何が違うか解らなかったが根本的に違ったのは重さだった。「軽くないかこれ」開きかけた本を閉じ刀を鞘から抜いた。鞘の重さが無くなり軽さが更に強調された。重さと言っても物凄く軽くなったと言うわけではない。「なんだ、どこか欠けたとか・・・・」言って気づいた。欠片が取れたのではと。 「まさか・・・・やはり無い」柄の底面を見た、確かに欠片がなくなっていた、だが欠片だけなら良かったのだが(いや、よくないな)それどころか欠片のはめていた窪みすらなくなっていた。「・・・・なんだ、これ」更によく見ればそこには何かが彫ってある。見たことの無いものだった。気になったので隣に置いてあったマスター・コアを取り上げる。明らかに部屋を出る時とは違っていた。 「・・・・一回り小さい」確信した、先ほど部屋の角で光っていたのはこのマスター・コアだった。だが自分にわかったのはそこまでだった。なぜコアが小さくなり欠片が無くなりそして柄の彫り物。 「訳が解らない」 疲れた頭に色々な事が同時に起こったとあっては自分にはもう考える力が無いと知ったので後日ローゼンに聞く事にした。 「何でこんなにいっぺんに訳の解らない事が・・・・・仕方が無い、風呂に入る前に本でも読もう」閉じた本を開き、時計に耳を傾けた。だが数ページ読んで本がおかしい事に気づいてしまった。「またか、何だよこれ」カバーの方へ手をかけそのまま紙のカバーを外す。「全然違うじゃないか、父さん、保存するならもっとしっかりしてくれよ」故人に文句を言うとタイトルを読み上げる事にした。「表は『限界の果て』で、中身は『家系図の書き方』・・・・ここまで違うか」はあ、と溜め息混じりに肩を落とした。なんだかもう動く事さえ間々ならないような気がして足の上に置いた本が落ちてしまった。 「しまった」拾い上げようとしたとき中から紙が滑り落ちた。「今日は次から次に・・・」言おうとして同じ事だと思い口を閉じた。紙を拾い上げると中をめくってみた。長い間挟まれていた事もあって紙は質が落ちていなかった。「これは・・・」以外にも、それでいて当然のように紙には家系図が書いてあった。「でもこれは、内の家系図じゃ無いか」下書きではない、完全なる清書の書き方だった。こんな所に我が家の家系図があるとは夢にも思わなかった。「まてよ」だがそんなことよりも気になったのは先ほど書庫で見つけた隠し引出しの中身だった。「家系図がこれならあの本は一体・・・・」考えるよりもまず行動、そう思い階段を駆け下りた。ずたんと音がした、慌てた結果階段から足を踏み外して五段ぐらい上から滑り落ちてしまった。「痛〜・・・今日は痛かったり訳が解らなかったり・・・」 文句を言いながらも書庫の扉を開いた。向かうは机の引出し、取っ手が無いので机を前方から叩き勢いで引出しを飛び出させた。手を掛け、手前に引っ張る。先ほどと同じように中には何も書かれていない本があった。「これが家系図でないとすると、一体」しばらく本を眺めていたが意を決して中を開いた。最初の一ページが目に入った。「タイトル『HVD関連項』・・・・何だこれは」見れば何かの説明書じみた書き方で書かれていた。
H・V・D(ヘルツベクタードール)通称半永久型人造生物。その製作工程と真意について書き記す。 H(ヘルツ・振動数や周波数) V(ベクター・遺伝子をクローニングする際制限酸素などによって切断された DNA断片を繋いで増殖させるために用いる自立的な増殖能力を持つ小型のDNA分子の事別名 発想ベクター) D(ドール・人形ではなく、動物の細胞をインプランとする事によって人以上の能力を持つ人型の生き物。だが脳への電子通達が巧くいかず暴走する危険もあり命令伝達機能を強制的に固定する)
「なん、だ………これ」 本の入り口に書かれているありえない内容にシンは顔をしかめた。注目すべきはそのドールという部分、人以上の能力で人型。まるでそれは――――――― シンは核心に迫るため続きを読んだ。
我々IAD機関は実験の結果いくつかの素材を生成する事に成功した。一つは基本型となるドールである。先の説明の通り、生き物の優れたところをかき集めたこの生物は名前の主版とも言うべき人形である。クグツと名づけられたこれはいまだ実験の域を出ないが期間をおいて完成させる事を第一とする。そして次はドールを主体とするオールヒューマノイドである。自律神経と感覚神経を独立させたこの作品は人形ではなく一つの生物として活動できる。クグツよりも性能はよく凶暴性に長ける。そしてそれをもしのぐ実験素材がHVDである。神域に達する力は紛れも無く本物である。これのバージョンアップも考えているがそれは未だに皆無である。 これらにおいて全ての掛け橋となるのが刀と呼ばれる存在である。イカルガと呼ばれる刀匠は万一に備えHVDを斬る事の出来る武器を作った。 『榊』と『斑匡』である。この二振りは我らが最初に作ったOMD(オールマイティーダイム)と共鳴する事が出来、その力を上げる事が出来る。 そして…………
シンは次のページを見る事が出来なかった。そのページ以降何者かに破られた後があるのだ、呆然と何も無い空間を見る事数分。シンは全てとは言わないが現状を把握した。 「あの刀は『榊』と言うのか。斑匡は聞いていたが俺の刀の名前なんてはじめて知った………サカキ、神の枝を与える木、掛け橋の代わりと言いたいのか」 そして自分が今まで戦っていた化け物にも名前があった。コアなんて安易につけたがまさかHVDなんて、何処の商品だよ。なんて天井を見て笑った。それは悔しくて笑っている。まさか自分の父親がこんな事に関わっていたなんて。 「刀匠、なんて機関の間で言われていた事だったのか」 ならタイラントが父を殺した理由が解った。自分を殺せる武器を作った人間を早々生かすことがあるはずもない。だから俺の目の前で………… 「待てよ、それだとおかしい」 その前になぜタイラントが外に出ているんだ、機関の中で厳重に保存されていたのでは。 「また謎が増えた、コアの正体を見極めたのに………」 これは孝太たちには言え無い、ローゼンに聞くしかない。そして本当の話をしてもらわねば。 だが、いつ聞けばいい。戦闘が終わる前か、その後か、それとも明日か今日か、ローゼンから言ってくるまでか……… 答えの出ないまま、シンは夜どおし考えた。 「そして…………共鳴を終えた榊は全てのHVDとの繋がりを持ちすべての気流を持主に伝える事が出来る。それにより榊の持ち主は狩人と名づけられる」 パタン、と表紙の無い本を読み終えて夜空を見上げた。 「まったく、この本も古いですね。今年の分もすでに発行済みでしょうけどこんな悪趣味な本をコンプリートする人なんているのでしょうか?」 誰にでもなく一人愚痴る。ローゼンが持っているのはシンが読んでいた本と同じ表紙の白い無地の本だった。説明書と言う事はあれはどこかの組織の物のはず。ならばローゼンは…………… 「斑鳩、その名前は良くないわね」 と、誰も居ないはずの暗闇の後ろから透き通るような声が聞こえてきた。そう、確かにそこには誰も居なかった。ローゼンを欺くほど気配を消せる人物は早々居ない、砂利を踏む音と同時に驚いたようなそれでいて不機嫌そうな顔で振り返る。 「ワイツ・ローネ………」 その名を口にして自分が厭になった、その名をいつだったか聞いて自分で止めろと言ったことを思い出し奥歯を噛む。 「久しぶりね、ローゼン・フェルド」 その瞳はまるで相手の心を見透かすような瞳。それよりも驚くべきはその格好、女性とは思えない重々しい装飾をした服と長い帽子。ローゼン以上に夜の闇に浮いている。見る人が見ればただの仮装なのだが知っている人が見れば彼女と言う人物のおまけつきで即座に警戒するだろう。いや、そんなことよりもローゼンは彼女が口にするはずの無い名前を聞いて違和感を持った。 「斑鳩君がどうかしましたか」 「いえ、ただ彼も榊の持ち主なら心を決めないといけないと思ってね。今あなたのしている事は仕事かもしれないけれど彼がしているのは敵討ちよ、それを深くまで知られるとあなたまで危険になるんじゃないの?あなたはそれを教える気は?」 「そうですね、確かにこれは『私たち』の不注意でした。ですがその所為で彼を普通の生活から遠ざけているのであれば私は喜んで罰受け罪を背負います。彼の父親は私たちの知らない人ではありませんから、実はもうこれを知っているのかもしれませんね」 そう言って先ほど読んでいた本を見せる。 ワイツと呼ばれた女性は何も言わない、ローゼンが言っている事は真実で、そう言うのであれば彼は必ずそれを実行するだろうと解っている。それ故に小さく笑って言った。逆に、その笑顔を見たローゼンは作り笑いすらしなくなり目で怒りを訴えている。 「優しいのね、でも早くしないと取り返しがつかなくなるかも、彼が知っているならそれを前提に考え全ての先を見なさい。組織に属さないあなたが何処まで出来るのか見届けてあげるから」 「ふん、余計なお世話です。あなたは私の友人でもなんでもありませんしそんなことだとしたらこの首を切り落としますよ。それよりも気になるのは、IADを裏切りイスカリオテに入ったあなたが何故ここにいるのですか、HVDは私の管轄ですよ。あなたはここの管轄でも何でもない無関係者です。こんなことをしている暇があるのならカラスを追ったらどうですか。それにその格好で出歩くと警察に歩道されかねますよ」 「…………」 彼女は答えない、ローゼンの皮肉が気に障ったのかそれともその通りだと理解したのか。ただ夜を望みそこに居るだけで画になった、それが気に入らなかったのかローゼンはその場を離れる。これ以上彼女と目を合わせたくない。 「ローゼン」 だというのに止まっていた時間が動き出すかのような感覚で透き通ったワイツの声がした。苛立たしげに振り返るとだいぶ遠くなった彼女の姿がある。この程度ならそれほど気にすることは無いのかやや落ち着いた声で言い返す。 「なんですか、私はここに用はありません。仕事があるのですが」 「そうなの?じゃあこれだけ答えて。あなた、事が済んだら彼をどうするの?全てを知られた場合あなたたちにとって不利になるし外への漏れも配慮しなくてはいけないでしょ?」 「そんなことですか………言ったはずです、私は廃除が仕事であってそれ以上は何も聞かされていません。もし全てが終わったとしても私が聞くことはただ一つでそれは彼に任せます」 そう言って、今度こそその場からローゼンは遠ざかった。やっぱり優しいのね、と一言残し彼女はガラスが如き声と共に闇へと消えていった。
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