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奇妙戦歴〜文化祭〜 作者:光夜

第31回   第三週7
 「ごちそうさま」シンは箸を置き弁当に蓋をした。食事を終えて隣にいる葵を見た。こちらにはありがとうと声をかける「どういたしまして、美味しかった?」葵は弁当の感想を聞いて来た。「もちろん」当然のようにシンは答えた。今日は珍しく葵がシンのために弁当を作ってきてくれた。最近購買のパンに飽きてきていたシンにとってこれはありがたかった。ただ二人で一つの弁当という形になったので教室では何かと言われるだろう。そう考えて静かでかつ落ち着ける所として部室を選んだ。ここなら生徒は来ないし、何よりもゆっくり出来る。
 「悪いな葵、こんな所にまでつき合わせて」最初に移動しようといったのはシンからだった。付き合っているとは言えそれを知っているのは孝太と唯以外いない。そういうことが知られるのが恥ずかしいのでシンは移動と言う手段を選び結果、手間をかけたお詫びを葵にした。
 「そんなこと無いよ、私も教室だと恥ずかしかったし、もともと移動しようとも思っていたの。だからありがとう」葵もシンの考えと同じだったのが嬉しいのか上機嫌だった。
 「でも、何で今日に限って作ってきてくれたんだ?」
 「いつもパンとかだけだと飽きちゃうかなって、食堂もあるけどこの間感想を聞いた時何か物足りなそうだったから」
 言われて思い出した。先日食べた笊そばを食べた時の感想を「確かに」否定する事も無くシンは頷いた。
 「食堂の料理って安くするために材料が少ないみたいなんだ、だからそう思ってお弁当」
 葵は布に包んだ弁当を見せた。「そうだったのか、ありがとう」もう一度お礼を言った。
 「うん、それでね」返事を返した後葵はまだ何か言いたい事があるように続けた、シンもそれに答える。「それでね、もし悪くなかったら、その・・・これからも作ってきていいかな、なんて」言い終えて葵はシンの顔色を窺った。少し呆気に取られた顔をしたがシンはすぐにいつもの顔に戻って「それじゃあ、お願いしようかな」そう返事をかえした。葵は嬉しそうにうんと答えた。
 「と、なると。俺もお礼をしないとな」そう言って何が良いかと思案し始める。葵は驚いて「いいよ」と拒否したがそれではシンの気がおさまらない。
 「だが俺だけ世話になるのも・・・・」
 そう言ってどもってしまう。葵はそれじゃあとシンに尋ねる、葵の顔を見ると少し紅潮していた。「葵・・・」意図を察したシンは黙って葵の顔に手を差し伸べる。少しからだが震えたがそれも一瞬だった。「シン君・・・」名前を呼ぶ頃には既に互いの顔が目の前にある。「これがお礼だな」そう言って更に近づこうとした。葵は目を瞑ったが突然入り口が勢いよく開いた。驚いて二人はそのままそちらを見た。
 「おはよう二人とも!こんな辛気臭い所で何…………を?」
 孝太は目の前の状況を見て少し固まった。向かい合って座った二人。驚いた顔をしてこちらを見ているシンは葵の頬に手を置き葵は同じく驚いた顔でこちらを見ていた。
 「・・・・・」
 一瞬沈黙が訪れたがシンの乾いた笑いが響いた。「ああ、まあ、なんだな」孝太は手持ち無沙汰のように後ろ頭を掻きながらちらりと視線をそらした。「邪魔だったな、俺」言ったと同時に「なっ!!!」シンの口から声にならない声が出た。続きを言おうとした時孝太の後ろから唯の声が聞こえた。「孝太、何で入り口で立ち止まるのよ」どうやら中に入れなくて怒っているようだった。そんな声も今の二人には聞こえてこない。最初に喋ったのは孝太だった。くるりと後ろを向き、唯を見る。いきなり孝太が振り向いたので唯はどうしたのと声をかけたが「唯、どうやら俺たちは邪魔らしいからどこか別の所へ行こうか」いかにもわざとらしくいいながら無表情で唯を廊下に向かせ肩を押す。「ちょ、ちょっとどう言うこと?中で何があったのよ」
 「いいから、いいから。大人の世界だよ」そこまで言ったところで孝太は首筋の違和感を感じ立ち止まる。違和感の正体は首のそれが冷たいことだった。後にはシンが立っている。「孝太、いいから入って来い」物凄く低い声で、まるで脅しとも取れる言い方だった。
 「解った、クールダウンだ斑鳩。まずはそれをしまえ」刀の先をつまむ孝太。出て行かないからと念を押したシンだが。「出て行かない、だがな顔が赤いと脅しも説得力にかけるぞ斑鳩」首だけ後を向けると真後ろにあるシンの顔はとんでもない所を見垂れたという羞恥の表情だった。悔しそうな声を上げると音も無く鞘に収める。「入って来い」そう言われて孝太は唯を連れて中へ入って来た。
 「いやあ、目覚めの脳味噌に物凄い衝撃映像だったな今のは」言いながら孝太は手近な椅子に座った。離れた所では葵が紅潮したまま黙っていた。「まだ言うか」シンは柄に手をかけたが止めた。どう見てもタイミングが悪かっただけでむきになる必要は無いからだ。
 「ねえ、孝太。何があったの?」孝太が壁になって見えなかった唯は今あったことの事情を知らない。孝太は唯を手招きすると唯は素直に従い隣に座った。「耳かせ」本人がいるのに耳を貸せとは本当に孝太はイタズラが好きなようだ。小声で唯に今あったことを説明し始める。「ドアを開けると―――が―――って、それで―――」孝太が説明するとそれにあわせて唯の声のトーンもあがっていく。「うん・・・え?・・・ええ?・・・えええええ!」説明が進むに連れ唯の声が高く驚いた調子になっていくに連れてシンと葵もまた顔色を濃くしていく。
 「もう勝手にしろ」シンは腹を据えたのかどかっと椅子に腰をおろした。話し終えると唯は二人を向いた。二人ともなにを言われても動じないぞという顔になっている。
 「二人とも、健康維持のためにヨガのポーズをしていて元に戻らなくなったの!?」
 「なんじゃそりゃアアアアアア!!」思わずシンは立ち上がって裏手でびしっと突っ込みを入れた。その状態のまま時が止まる。しばらくして孝太が小さく噴出した。それはやがて大きな笑いになっていった。
 「あっはっはっはっはっ!」
 「笑うな!」シンは思わず突っ込んでしまった事に対して顔を赤くして怒っているがその光景も滑稽な事この上ない。
 「唯のボケはいまいちだったが、おまえが突っ込むのは予想外だったぜ。ははははは」孝太は未だに笑いながら腹を抱えている。普段シンが見せないような事をした結果だった。
 「孝太、笑いすぎだよ。ごめんね二人とも、孝太にボケてみろって言われたから」
 「いや、水野は悪くないよ。原因は孝太にあるんだから」言って間違いだという事に気づいた。
 「多分原因は二人だと思う」笑っている孝太を抜いて三人は黙った。孝太の笑い声を聞きながらシンははあと息を漏らした。
 「今度は誰も来ない所でしようね・・・」葵は解決にもならない事を言ったがシンは追求する事も無く「そうだな」と返事を返した。仕方が無く顔を上げるとこちらをじっと見ている唯が目に入った。先ほどとは違い無表情。いや、無表情の中に目が子供の見るような感覚を与えてきた「羨ましい」そういう感情が。
 「どうした水野?」不思議に思いシンは声をかけるが返事は無い。「唯?」今度は葵が声をかけると「・・・・え、何?」と少し慌てた感じで返事をした。「ボーっとしていたよ」そう言うと「え、そうだった?」と唯は他人事のように言って孝太の笑いを止めに入った。
 「どうしたんだ」
 「さあ、解らない」二人は顔を見合わせて疑問を口にした。
 「所で孝太、ローゼンはどうした。いつもならひょっこりと現れてきそうなのに」質問をされ孝太はようやく笑うのを止めた。
 「あ〜よく笑ったな、こんなに笑ったのは久し振りだ。で、ローゼンなら帰ったようだ」
 「またか」
 「ああ、唯にこいつを渡してな」そう言いながらポケットから先ほど拝見したローゼンの手紙をシンに渡した。孝太が握った事で少ししわになっていたが気にせず中を開き見るとなるほどとシンは言った。「都合の良いやつめ」孝太と似たような事を言った。「ま、いいか」さして興味なさそうにシンは紙を折りたたんで机に置いた。孝太はと言うとシンがメモを呼んでいる間に壁に立て掛けたある看板に興味を持ちそちらの移動していた。
 「ああ、それな。昨日文字と絵の下書きまで終わったんだ」
 「へえ、よく出来ているな」孝太は看板を上から下に見た。と言っても実際は横から見るのだが。
 「と言う事は、この絵を塗ればお終だな」絵の部分を指で撫でながらシンを見た。そうだなと答えた後「そこは孝太と水野の担当だ」そう言った。
 「俺?」
 「私?」
 二人は同時に自分を指差した。そのとおりなのでシンは頷く。「昨日は倉庫に閉じ込められていたからな、看板作りも立派な共同作業だ、公平に色は塗ろうと葵と相談して絵の部分だけ取っておいた」
 「後で塗ろうね」葵も笑顔でそう言うと唯は素直に頷いたが孝太は「面倒くさいな」そう言って頭を掻いた。看板に興味がなくなったところで孝太は椅子に座り持って来ていた斑匡を肩にかける。
 「そうだな、塗り絵は放課後にするとして、最近静かだな」
 「何だ、唐突に」
 孝太の何気ない一言にシンは首をかしげた。「コアの事だよ」孝太は言った。
 「ローゼンがマスター・コアを斑鳩に預けてから何事も無いじゃないか、おかしくないか」孝太は先週の苦戦以来いつ何処に敵が出てきてもいいように斑匡と自分を鍛えた。だがローゼンが箱を渡して以来ほぼ一週間過ぎたが何も怒らない事に少々不満を持っていた。
 「俺は、コアが出てきて事件が起きて欲しいとは思わない。思わないけどこのままじゃおちおち文化祭も楽しめないだろう」
 「なるほど」シンは納得したように言った。「確かにそうだが慌てる必要は無いだろう」シンは孝太になだめるように言った。
 「だけどな、文化祭まで時間が無い。もし本番中にでもコアが出現したらゆっくり楽しむ暇も無いだろう」力を入れて孝太は言うが。
 「なんだ、結局遊びたいんだ」唯に突っ込まれた孝太、言葉を詰まらせたがそれも一瞬だった。「そうじゃない、夏休みから今日まで俺もこの戦いに見を投じてきた」それを聞いてシンも頷く。「俺は自分の決めた事だから今更投げ出す気は無い」じゃあなんで、唯が聞くと孝太は唯に向いて「お前のためだよ」そう言った。意外な言葉に唯は呆気に取られた顔をした。「俺と斑鳩は好きで遣っている事だ。でも唯と葵は違うだろ、戦う必要は無いはずだ」孝太が意外なほどまともな事を言ったのでシンは思わず「確かに・・・」そう呟いた。「よく考えれば唯と葵が時たま危険な目に会うのは俺たちに付いてくるからだろう。俺が怪我をするのはいい。けどそれに巻き込まれて唯まで被害を受ける必要は無いだろう」
 「・・・・孝太」シンは何かを考える仕草の後葵を見た。「やだよ」同時に葵はそう言った。突然の返事にシンはあけた口が閉まらなくなった。
 「シン君が言いたい事は解るよ、もう着いてくるなって言うんでしょ?」その通りだと答える。「いいの、私も好きで二人に着いて行っているんだからシン君が気にすること無いよ」
 「でも、葵」
 何か言おうとするシンの口を葵が制した。
 「別な所で帰りを待っているのは思っている以上に心配になるの。だから私は近くにいたいの、確かに危険もあるけどそんなの気にしていたら大事な人と一緒になんていれないよ、それじゃあだめ?」葵の言葉が終わるとシンは言おうとした言葉を飲み込んだ。葵の言葉が自分を第一に心配している事がわかったから。
 「そうか・・・・わかったよ。そういう事なら一緒にいてくれ、葵」
 「うん、言われずとも」
 なぜか孝太の熱い意見をよそに二人だけで盛り上がっていた。孝太はそれを見てこの二人は放っておこうと決めた。「孝太」と、横から唯の声が聞こえた。
 「孝太、私も待つことなんてしないよ」孝太は葵と同じ意見を言う唯にお前もか、と言った。
 「葵と同じことを言うつもりは無いよ。でも、孝太からはまだはっきり聞いてないからこのまま孝太が帰ってこないなんてことになったら私一生怨むから」
 「おいおい、死んだ人間を怨むなよ」孝太はなぜ自分が死んだあとのことを話しているのかと思ったが唯の言葉が引っ掛かった。「唯、はっきり聞いてないって何をだ?俺、何か言ったか?」孝太は思い出す仕草をしていたが思い出せず唯も「孝太が自分で思い出して」と答えを教える事も無かった。
 「孝太」突然シンの声が聞こえてきてそちらを見た。葵がそばで腕を組んでいるのが見え頭を掻いた。「なんだ」と、ぶっきらぼうに答えた。
 「心配は無いだろう、唯はお前が守ればいい、それに一週間もコアが出てこなかった事に関しては正直ありがたかった」
 「どうしてだよ」未だに不機嫌な孝太が返事をした。「コアが出てこないなら俺はその間にこいつを鍛えられたからな」そう言って刀を取り出した。少し鞘から抜いてみせると以前見たときよりも刀の色の光が増していたように見えた。
 「随分綺麗になったな。磨いだのか?」
 「いや、マスター・コアの影響だ」そう言って机にコロンとクリスタルに似たコアを取り出す。「以前こいつの名前が無いって言ったな」孝太は記憶をたぐりながら思い出す。
 「言った」
 「そのおかげでこの刀は色々な力を吸収する事が出来る。先日までこの刀にはコアの欠片が埋め込まれていたんだがこれをもって帰ったその日に欠片が反応して刀に力を与えたんだ」シンは簡潔にまとめると孝太は不機嫌な顔を解いた。
 「よく解らないな、もう少し詳しく教えてくれ」孝太が細かい説明を求めると「解った、何処から話そうか」



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Novel Editor by BS CGI Rental
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