「さて、ここですね」路地裏、今ローゼンが立っているのは廃ビル街だった。前回バブル全盛期に作り損ねた廃ビルとは違った。大通りを隔てて表通りの店の隙間を入った所にそこはあった。まるで何人も立ち寄らせない、視界に入らない雰囲気、それがこの廃ビル街だった。一直線上に細い道を挟んで左右に五、六階建ての中が丸見えの鉄骨作りが視界に入った。こんな所に誰がいるのだろう。そう思わざるを得ない雰囲気の中確かにローゼンは目的とする人物をとらえていた。迷う事無くコートを翻しアタッシュケース片手に歩き出した。長くそれでいて短い廃ビルの露店。入った所から三つ目の廃ビルの前で止まった。「見つけました」呟いて入り口に足を踏み入れようとした。だが、一歩踏み出して歩を止めた。「はて?これは・・・・」目に一瞬光が反射したのだ。微かに、だがそれでいて鏡を思わせる反射の光が絶対の命中率を生み出すローゼンの絶対の武器である目に入って来た。なるほど、口にしてその口が微笑みの強さを増した。まるで確実に獲物が視界に入った常態での狩りを楽しんでいる肉食獣の微笑み。 「小細工ですね」手の平を廃ビルの入り口に向けその目で的を絞っていく、昼間の光の吸収を押さえて小さく絞られた目が更に小さく細くなりその目が何かを捉えた。 「(見えた)」手首をスナップだけで返し、がしゃん、とコートの袖から仕込みホルダー付きの小型銃が飛び出した。そのまま狙い定めた所に銃口をむけ引き金を引いた。丁度入り口の中心から右にずれた所だった。 「ビンゴ」弾丸は入り口の手前数センチ付近で止まっていた、浮いているようにも見える。弾丸を中心にガラスが割れるようにひびが入り始める。ローゼンは更に一歩踏み出して弾丸を押し込んだ。コトンと地面に弾丸が落ちるとひびが更に大きくなり音も無く粉々に何かが散った。雪の様に散っていく欠片は空間に熔けるように消えていった。 「こんな事をしても、無意味なのに」呆れた口でローゼンは何事も無かったように中へと入っていった。この廃ビルはこれと言って広くは無かった。入るとすぐに階段があり上への入り口が口を開けていた。 「粗末なつくりですね、完成しても人は入らないでしょう」建築にうといローゼンでもそれは予想できた。十畳一間の空間、壁際に階段、それが五つ重なっているだけだった。当たり前のようにローゼンは階段を上がっていく。今のローゼンに微笑みは無い。獲物を目の前にしたときいきなり飛びつくかもしれないという考えから自分を抑えていた。 「二階ですか」誰もいないと気づいたが日当たりが路地裏とは思えないほど良好だったので窓まで歩いてみた。 「こう言う造りなら人も入るかもしれませんね」廃ビルに前言撤回という感じで呟き三階へと上っていく。途中階段が軋んだが気にする風も無くローゼンは上りつづけた。 「ここでしょうか」三階へ上がった時下とは違う雰囲気を感じ壁際を見た。正面の壁が両端しか出来ておらず中心から二メートルは向かいのビルが見えた。ローゼンは目ざとくそこの違和感を感じ取る。「(はて、壁の向こうにまだスペースが・・・)」見つけたのは向かいが見える壁の奥にはまだ五メートルほど余裕があった。 「・・・・」ゆっくりと壁の手前まで歩いた。やはり何も無いように見える、違和感は向かいのビルからではない。更に一歩踏み出した、壁の内側に入った所だった。 「なるほど・・・・」ローゼンはいつ取り出したのか愛銃を片手に微笑んでいた、壁を通過した時からだった。違和感の正体は何の事は無い。その『目的の一部』を向かいのビルを見ながら視界の端にとらえた。左だ。獣のような人形のような怪物はそこに立っていた。微笑を恐笑に変え悪魔の目でタイラントを見た。 「グゥゥゥゥゥゥゥ・・・・!」ローゼンが武器をかまえるのと同様にタイラントも腕を振り上げた。「死ね」ローゼンが引き金を引こうとしたとき後ろから声がかかった。 「やめろタイラント、おまえもだ」二人は動きを止めタイラントは腕を下げた。ローゼンもいつもの微笑で振り返り立っている人物、イリスに声をかけた。その顔からは考えが読み取れない。 「ここでしたか」ローゼンがとぼけた事を言うとイリスは何を今更と言うように息をはいた。だがその横から不満の声が上がった。 「イリス、ナゼ、トメタ」タイラントが壁越しから言った。「おや、随分と人語が発達しましたね」皮肉をこめて言うとタイラントはローゼンを睨んだ。「やめろと言っている」イリスはもう一度静止をかけた。 「ローゼン、お前の用は俺にあるはずだ。それとタイラント。お前は上に行け」イリスは攻撃的な口で言うとタイラントは不服そうな声を出しながら壁を登っていった。しばしの沈黙。「タイラント、随分と元気になりましたね」ローゼンが目的の前の詮索を始めた。 「まあな、この前やられたキズは結構深かったが」言われてローゼンは夏休みに起こった廃ビルの戦いを思い出す。「逝き残りが役に立ったな」イリスはそう言った。タイラントはダイムの部分に傷を受けた。だが先ほどのタイラントはダイムの再生どころか大きく変わっていたのをローゼンは見逃さない。 「逝き残りとは」 「お前がそれを聞くか、まあいい。簡単に言えば復活して間もない古い命の事だ」 「ややこしいですね、統一してダイムは駄目ですか?」 「断わる、これは俺にとって命以外の何者でもない」そう言って額の黒いダイムを指さす。イリスが言っている古い命とは四子神公園に眠っていた古いダイムの事だ。 「そうですか、それでその古い命とやらを生贄にでも」 「みたいなものかな、砕いて。アイツに食わせた。どうせ蘇生しても人間ごときに遣られるなら最強の糧にしたほうがいいからな」話を聞きながらローゼンは壁に移動して寄りかかった。 「その結果が、ダイムの進化ですか、いえ進化という言葉は語弊でした、あなたは以前研究室からタイラントと同じ型番の物を盗んだでしょう、今の彼はそれですね」 「そういうことだ、前のタイラントはあいつに食わした」 なんとイリスはタイラントを食わしたといった。シン達でさえ適わなかったタイラントを今のタイラントと似たあの生き物はいとも簡単に食べたというのだろうか。 「ついでにいい素材も一緒に持ってきたからな、こちらの戦力は結構強いぞ。それでも空気に触れると弱体するのは結構いるがなそれは必然だろうローゼン=フェルド」 「フルネームは止めてもらいたい。・・・・・・では新たな強化型のダイムが数十体いるのですねそのホワイトダイムも含めて」以前ローゼンと会話した老人はダイムは隠語の時代遅れと言った。ならばこのホワイトダイムもローゼンがたった今つけた名前だろう。 「ホワイトダイムかそのままだな。俺としてはどんな名前でも構わないがな。あいつらは以前のタイラントの欠片を持っていたからな、同じタイプのヒューマノイドタイプは同じように反応しちまう。だから俺は残りの強化型を根こそぎ持ってきたんだよ。あれなら個人の意志があるからな、同一の思考は抜き取る事が出来る」そう言うとイリスもローゼンの反対側の壁にもたれかかった。質問には答えない。ローゼンもそれで構わないのかイリスをじっと見ているだけだ。 「で、あの人間二人はどうしている」 沈黙の後イリスが始めて質問をした。それも敵対しているあの二人の事を。 「斑鳩君と藤原君、そうですね今は元気ですよ。この前まで病院のベッドで寝ていましたけど二日で退院しました」 「化け物かそいつ等は、回復力だけならタイラントと同等か?」 「まさか、負けん気だけがとりえですよあの二人は、近くにいるとそれが伝わってきます、それに怪我だってたいしたこともありませんでしたし」 イリスはまた怪訝な表情をした。 「近く?どう言う事だ、お前みたいな輩が奴等の近くにいるのか」 「ええ、学校の転校生としてね」 まるで初めて別な国言葉を聞いたような顔でローゼンを見る入りす、頭で理解するとおかしそうにイリスが笑い出した。 「あはははは、組織の輩が学校に通っている!?お笑いだな、お前歳を考えろよこの世界の何処に二十過ぎた学生がいる」大声で笑った。どうやらローゼン年上説はシンの予想が当たったらしい。 「でも、そのおかげで時間が出来ました。この場所だってつい今しがた着きとめましたよ。それに願書さえ出せば二十歳を過ぎても試験は受けられますし学生にもなれますよ」イリスは笑いを小さくして言った。 「そのようだな、暗示をかけてもお前見たいのにはすぐに見つかる。お前等美術家にでもなったどうだよ」 「意味が良く理解できませんが?」 「他意は無い、誰も入ってこない雰囲気と誰も来ないように暗示をかけた空間に堂々としかも入り口の結界を壊す勢いで入って来たんだ。思考回路のスムーズさは美術家向きだ」 「ならキミは出来の悪い作品ばかりを作る陶芸家ですか」 「破壊思想の塊ならそうだろう。無理にでも失敗作は作るな」 「でしょうね、ああそうだ。ここに来た目的を言っていませんでしたね」 いきなり話を戻されイリスは都合のいいやつと言う目を向けた。既に口元は固く結ばれている。ここからの内容しだいでは事件が勃発しかねない状態だ。 「話を聞いてくれますか?」 「戦いに入るならそれなりの空間を用意するが」 結構ですと言ってローゼンは数ヶ月前の話を始めた。「話はこの国の学生達が夏休みを過ごしている時ですね、そのときは私も彼らと知り合った後なので問題は無いです。あ、彼らとは君の敵ですよ。それで彼らがどこかに遊びに出かける見たいでしたので僕も影ながら着いていったんですよ。しかしどうもバスで行くらしく走る羽目に――――」 「いいから、内容を言え、内容を!」痺れを切らしたイリスは話が長くなりそうなのを回避するために話の重要部分だけをローゼンに求めたが彼にその意志は無い。 「ま、きいてくださいよ。それで彼らの後を着いていくとですね目的地は海でしてね、楽しそうに泳いだりイベントに参加していたんですよ。僕は影で見ていたんですけど」だんだん苛々してきたイリスが震えだした。有無を言わさず攻撃してきそうな勢いだった。 「で、その時トラブルが合ったんですよ。ダイムの残りが海に流れていたらしく結局楽しいバカンスが戦闘になったんですよ」 やっと本題が見えてきたイリスは苛立たしげに溜め息を吐いた。 「と、言ってもそのダイムは彼らがパッパッと倒したのでどうでも良いんですが。あ、これは皮肉ですね。そのとき」 皮肉を宣言した所でイリスはキレかけた。だが次のローゼンの言葉で動きを止めることになった。 「そのとき見つけたんですよ。木箱を」 木箱、それを聞いたイリスの目が見開いた。「どこだ」そう呟いた気がした。 「たまたま、海岸に流れ着いたのを私が拾ったんですよ、もちろん本部にも連絡しましたよあの人達はあの失敗作を物凄く重要視していますから」木箱、この前ローゼンがシンに託したあの木箱の事か、中には確か。 「だが鍵はどうした、あれは手では開かないぞ。鍵は行方が判らないと「あいつら」が」 あいつら、イリスは誰の事をいっているのだろう。 「良く御存知で、ですがそれも見つけました」 「!」 「腹立たしくも、身内が持っていましてね。実は行方不明では無くて単に悪用されないようにどこぞのバカが盗んだんですね。で道楽か何の運命かそれも彼らが持っていますよ、それも結構可愛い娘がね」 「お前の趣味など聞いていない。「それも」と言ったな、まさかそれをお前・・・・」 イリスは最悪の状況が頭をよぎった。 「はい、二つとも彼らに渡しましたよ、残念ですね強化型で居場所を知られないように準備をしたというのに極めつけの大本が彼らの手にあるのならばそれも意味をなさなくなる。今のあなたは後手の後手に回っていますよ」 「きさま!」飛び掛ろうとしたときローゼンは手で静止を促した。「まだ何かあるのか、あれがお前等に渡ったのならキサマをここで始末するこれ以上厄介者が増えるのはごめんだ」 「僕はそう簡単には逝きませんよ。確かにあれには膨大なエネルギーが含まれていますからあなた方が使えばかなりの戦力になるでしょう。私たちの手のとどかに領域まで。ですが、ほら」そう言って下を見ると警察が何人か集まっていた。 「なぜ」そういう顔でイリスは下を見た。「ほら、さっき結界を破ったときサイレンサー使わなかったでしょう。ここの暗示は誰かが入ると自動で解けるみたいですからね、銃撃音を響かせて人を集めさせてもらいましたよイリス」 余裕綽々と言った顔でローゼンが笑った。自分の失態に奥歯を噛むイリス。 「貴様の話が長かったのはそういうことか、はめられた」口ではそう言っているが顔がまだ笑っていた。「タイラント」名前を呼ぶと階段の向こうからうめき声が聞こえて来た。 「俺たちは別な所へ隠れるが、こうなれば容赦は無い。こちらも総動員で貴様等を狙う事にしよう」 「構いませんよ。あ、でも文化祭も近いのでその後という事は」更にふざけた事を言うとイリスはワナワナと口を動かした後「もういい!」と何処かへ消えしまった。 「やれやれ、これは大変ですね」対して大変ではなさそうにローゼンもその場から消えていった。その日の夜ニュースでは路地裏で『ヤクザの抗争か』そういうテロップが流れる事になる。
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