教室から高いびきが聞こえて来る。それは物凄い音で廊下で歩いている教師がビックリして覗くくらいだった。現在三時間目の授業の最中だったがそんなことにはお構い無しと言わんばかりの孝太のいびきだった。 倉庫みたいな息の詰まるところに四時間近くも閉じ込められていれば確かに睡眠不足は認めるがもう少し節操を持ってもらいたい物だった。他の生徒や授業担当の教師も耳を押さえる始末だった。注意をしたいのは山々なのだが閉じ込められた責任は学校にあるので一蓮托生と言うか今日だけは孝太と唯に注意が出来なかった。と言う事で孝太の隣で気持ちよく寝息を立てているのが唯だった。孝太ほど五月蝿い(孝太以上に五月蝿いいびきがあるのだろうか)事も無く静かだった。逆にそのいびきでも起きない唯の神経を感心した。 「これでは授業になりませんね」ローゼンがさも当然のようにシンに言った。「そうだな、と言うかお前五月蝿くないのか隣で」ローゼンは無言で肩をすくめた。どうやら少し五月蝿いようだった。 午前中の授業の間孝太はずっと眠っていた、やっと起きたのは丁度四時間目の授業が終わった時、昼休みの時間となった。 「ふわ〜ぁ、あー、寝たりない」あくびの次に伸びをして孝太は机に突っ伏した。ボーっとしているのも退屈なだけなので机に手を入れると布に包まれた箱、弁当を取り出した。 「あれ、珍しいね孝太がお弁当って」隣で既に弁当を食べている唯が言った。いつも購買ばかりを利用している孝太は普段弁当を作らない。食堂も使わない方なのでもっぱらパンで済ませている。 「まあな、たまには自分で作らねえと腕が落ちるしな」言って、口にご飯を運んで咀嚼した。「それよりも斑鳩と葵がいねえな、どうしたんだ?」孝太は二人の机を見たあと教室を見渡した。よく見ればローゼンの姿も無い。 「あの二人なら今日は別な所で食べるってこれおいて行ったよ――はい」そう言って一枚の紙切れを孝太に渡した。「これは」そこには葵の字で『今日はシン君と別な所でお昼を食べるね』と書いてある。「起きた時に私の机の上に置いてあったの」起きた時、孝太はそこに反応した。 「って事は唯も今しがた起きたのか」 「うん、やっぱり今日寝たのが遅かったからね、孝太が起きる十分ぐらい前かな」 「なるほど、まあそれはいいや。大方あの二人は部室で食ってんだろうな」予想を立てて今度はおかずの野菜を口に運ぶ。隣から箱の蓋を閉じる音が聞こえた。唯が弁当を食べ終わったのだ。気にせず孝太は昼食の箸を進める。唯はその箱をしまう事もせず何考えていた。少しの沈黙。孝太も、食べているだけでは隣の唯が手持ち無沙汰なのを気にして何か話そうと考えた。 「あ、そうだ唯」、「あのね、孝太」二人の声が重なった。また沈黙。「唯、おまえから」孝太が言った。「孝太の方が早かったから孝太からでいいよ」唯が遠慮がちに言うとそうかと孝太が気づいた事を口にした。 「俺のは別にどうこう言うことじゃなくて、ローゼンはどこ行ったかなと」孝太が頭を掻いて言うと「あ、そうだった、はいこれも」唯が思い出したようにポケットからもう一枚の紙を渡してきた。孝太はそれを受け取って中を見た。
『今日は早退します、言い訳よろしくおねがいします。 by ローゼン』
孝太は紙をくしゃっと丸めると「どこまでも都合の良い奴め」そう呟いた。そして息を一つはいてから「唯、お前はメール受信機か」そう言った。 「そういうつもりは、無いけど」唯は腕を組んだあと人差し指を顎に当ててう〜んっとうなった。埒があかないので孝太は「で、お前の用はなんなんだ?俺に聞きたい事でも」言いながら弁当に向き直り箸を動かそうとしたが唯からの返事がいつまで経っても返ってこないので孝太は弁当を見るのを止めた。「どうしたんだ」唯は言いにくそうに口を動かしていた。 「孝太・・・その、倉庫で言ったこと、あれ・・・その」だんだん唯の顔が染まってきている。孝太は溜め息を一つ出すと箸を置いた。 「唯、あんな所で俺は冗談を言うほどお気楽じゃないぜ」 「そうかも・・・しれない。けど」 更に何か言おうとしたが孝太の声が重なった。 「なら良いだろう、そういうことで」孝太がそのまま弁当の続きを食べ始めてしまった。唯もそれ以上言う事が出来ずに弁当箱をしまった。 「ごちそうさん」孝太も食べ終わり弁当箱をしまうと孝太は立ち上がった。 「さて、と。食後の楽しみといくか唯」 「え、どこに」 孝太はイタズラっぽく言うと一言「部室」と答えた。
|
|