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奇妙戦歴〜文化祭〜 作者:光夜

第25回   第三週1
 倉庫に閉じこめられて数時間が過ぎた。すでに日付は変わっている。幸い中の空気が冷える気配は無かった。体力を温存するために二人はじっと座り込んでいた。孝太はその間もここからの脱出方法を巡らせていた。
 
 「(さっき見た限りじゃああの扉に鍵や錠は無かった)」
 すぐ目の前にかまえる重い扉を睨んだ。先ほどほとんど開かない扉の隙間から錠がかかっているのかを確かめたがそれは向けられなかった。
 「(つう事は多分何かが引っ掛かっているんだな、それさえ取り除けば開くはずだ)」
 孝太の予想は当たっていた。外ではこの扉のレールの上に横に倒れた棒が扉の動きを止めている。昼間の扉騒動の時シンが不安定な方を下にして扉の横に立て掛けたのが夜の冷たい強風によりまた同じように棒は扉の横に倒れた。この棒なら少しでも退いてくれれば孝太の力でむりやり横に弾けそうなほどもろい代物。だが今はピッタリとレールにはまっており全く動く気配は無い。不幸なのはこのレールが溝のような造りだからである。これでは中に手を入れなければ外れる事は無い。
 「どうするかなあ」
 ふうと息を吐いて脱出の考えで緊張した体を横にして休めようと倒れこんだとき腹筋に力を入れて止めた。よく考えたらこの中は誇りだらけだった、倒れようものなら自分の周りやせっかく時間をかけて下に沈殿した埃がまた舞ってしまう。そう思い体を戻そうとした。
 「あのドア外せないの」
 同時に体を戻した孝太の横から唯が扉を指して訪ねた。自分なりの脱出方法を考えたのだが孝太はすぐに無理と否定した。
 「あの扉は外にレールがあんだ、そのレールに何かが引っ掛かっているから動かないんだぜ」
 大幅当たっていると思われる自分の予想を唯に聞かせた。すると唯は不満顔のまま言った。
 「だから、それならドアごと外せばいいじゃん」
 唯が口に押さえたハンカチを取り去って孝太にくいかかる。先ほど口から離したハンカチは埃でむせかえる唯に孝太が渡した物だった。今は埃も下に落ちているので唯はむせることは無い。
 「何聞いてんだよ、言っただろドアもレールも外だって。てことは反対のドアの隙間が開いたところでもう片方は内側の壁に隠れて触れないんだ」
 そう言って扉の横の壁を指す。扉が一枚の倉庫の場合、多くは扉より内か外側に壁があるのだ。不幸にもこの倉庫の壁は内側つまり扉は外、だから扉を外すには外から出ないと無理と言う事になる。
 「解ったか?」
 孝太が話し終えると唯は押し黙ってしまった。孝太の意見が正論なの事にくわえ、今ここで自分の意見で孝太の邪魔をしてはいけないと思ったからだ。
 「待ってろよ、今出る方法を考えてんだ」
 そう言って孝太はまた扉とのにらめっこを始めた。
 「絶対出してやる」
 呟くように一人そう言った。それを聞いた唯の顔にまた笑顔が戻った。今は孝太に任せよう、そう思い孝太を見守る事にした。
 更に数分が経過した、孝太と扉の葛藤はまだ続いている。
 「(意気込んではみたものの、脱出方法なんてこれっぽっちも浮かばねえ)」
 胡座をかいて貧乏揺すりをする。
 「(唯とも約束してんだ、あきらめるなんて出来るわけが無い。よく考えろ俺。ドアは外側にある、これを前提にしていくつかの考えを出そう)」
 孝太は自分と唯の出した考えを指折り数えた。
 「(扉を外す、力任せにこじ開ける、壁を外す、この三つか)」
 孝太は扉を見たあと自分の手を見た後伸ばした指の一本を折った。
 「(まず、思いつきで出したのが壁を外すだが、俺の希望的観測に過ぎないな。どう見たってあの壁は隣の壁とコンクリート一枚で完成させた物だ.と言う事は外すなんて考えは論外だな。残りは二つで唯が言ったのは扉を外すだが、前提にしたのは扉が外にあることだ。あんな重い物片方の手で持っただけじゃ均等に力が加わらないから持ち上げる事も不可能だな、外すと言うのは無理。最終手段もあるがこれは保留。よって)」
 孝太は最後の指を見た。
 「(最終的には力任せにこじ開ける、か)」
 何度も考え辿り着いたのは力任せと言う事だった。これでいこうと思い体を動かそうとした時隣から今まで黙っていた唯が声をかけてきた。
 「どうした、寒いのか」
 孝太が尋ねると唯は首を横に振った。
 「ねえ孝太、もしこのまま出られなかったらどうしよう」
 孝太は耳を疑った。出られなかったら、どう考えてもそれはありえなかった。
 「出られなかったらって・・・大丈夫だ、そんことはありえないぜ唯。少なくとも助けは来る。それに」
 口に出すかどうか少し考えてから唯に向き直った。
「それに、俺がここから出してやるって言っただろ」
 ポンと唯に頭に手を置いた。
「そ、そうだよね、大丈夫だよね!」
 孝太に言われて唯は少しだけ元気が出たようだ、だが顔から不安が完全に消える事は無かった。孝太は唯に置いた手はそのままに反対の左手で頭を掻いた、確かに自分達でこの扉が開けられないとしても明日、と言っても日付は変わっているので今日か。今日の朝にでも誰かが錠を閉めに来るはずだ。その時に助けを求めればいい、そう考えていた。だがさっきまでの唯は少し冷静さを失っていた、この狭い空間と出られないと言う言葉が重なっていっそうの不安をあおっている。これは回りの情報を断ち切られどうする事の出来ない状況下での精神の破壊と言われる感覚遮断症という病気と似ている。唯は孝太がいる事によって不安を紛らわしているのでこれ以上の悪化は起こらないだろう。
 「(普段強気な唯がここまで怖がるなんてな、ある意味驚いた)」
 今の唯を見て孝太は更に冷静になろうと思った。左手を自分の頭から離し天井を見た。
 「(俺が怖がったら終わりだ)」
 頭がそうつげている、普段と違うこの状況は剣道で精神力を鍛えている孝太にも至難の業だった。
 「(主将ならこんな状況でもめげないんだろうな)」
 天井には憧れの顔が浮かんだように見えた。一瞬心が揺らいだ。だが次の瞬間はっと我に返り左手で自分の額を殴る、この行動に唯は驚いた表情を見せた。
「(たく、何他人に頼ってんだ俺は。いない人間を考えた所で何が変わるってんだ、くだらない希望は自滅するぜ)」
 自分に言い聞かせるように孝太はブツブツ唱えるように言った。その光景が唯の不安を誘った。だが孝太はすぐに唯を見た、飛び込んできたのは額を赤くして笑っている顔だった。
「大丈夫だ、ここから絶対に出してやる」
 今度ははっきりとそう言って扉を見た今目の前にあるのは突破可能なもろい壁に見えた。孝太は右手で唯の頭が動いたのを察知した。いつの間にか唯は孝太の制服の裾を握っている。
「唯?」
 その光景を不思議そうに孝太は見た。だがそれ以上考えなかった、これで唯の不安が消えるなら、と。扉に目を移した孝太は先ほど消去法で出した選択を取ろうと考えた。
 「唯、少し待っていてくれ」
 孝太は唯の手を解いて立ち上がった。
 「孝太・・・?」
 唯は何をするのかと孝太の行動をうかがった。隙間風が入らないようにと孝太が完全に閉じた扉に手を掛け横へと力を入れる。すぐに硬い音がして扉の動きは止まった。その開いた隙間から冷たい風が入って来たのを感じ唯は見を硬くした。
 「少し寒いが、我慢していてくれよ」
 そう言ってその隙間に両手を入れドアの進む方向に体を持って来た。右足を壁に押し付け軽く深呼吸のあと一気に力を入れた。だが動く気配が無い、孝太の手が小さく小刻みに震え始めた。唯は孝太の苦しそうな顔を見て自然と体を立たせた。
 「あ・・・」
 一分くらいだろうか、孝太は力を緩める事無く続けた結果として手の隙間から赤い物がにじみ出てきた。多分手入れの悪い扉のどこかで切ったのだろう。だが孝太は力を緩めようとしなかった。
 「くっそ!」
 孝太の口から苦し紛れの言葉がつむがれた。
 「孝太・・・もういいよ」
 唯が呟いて一歩近づいた。だがその声は小さく孝太の声にかき消された。尚も孝太は力を加えていく。その都度赤い血が扉を伝っていく、伝いきれなかった血は手のひらの側面からぽたぽたと雨漏りのように落ちてコンクリートの床に広がる。「まだ開かねえか」
 そう言って更に力を入れようとしたとき孝太の制服がまた引っ張られた。
 「唯、もう少しだからなすぐに」
 力を入れながらの声は唯の声にかき消された。
 「もういいよ孝太っ!・・・・孝太がそんなになるまでやる事無いよ、助けを待てばいいじゃない!お願いだから、もう止めてよ……孝太……」
 唯は叫び声にも聞こえる大声で孝太に叫んだあと引っ張る力を強めた。その必死な声に孝太は力を抜いてしまった。孝太が自分の手を見ると確かに血が出ていた。両手とも血が着いていたが痛みは左手だけだった、左とを上にして引っ張ったからその下の右手に滴ったのだろうと孝太は考えた。だがそんなキズよりも今は唯の事が第一だった。俯いている唯に声をかける、孝太に見せた唯の顔からはとめどなく涙が流れていた。
 「(唯が泣いている・・・・初めて見た)」
 孝太はそれを見るとその場から動けなかった。
 「と、とりあえず座るか」
 やっと出た言葉がそれだった。孝太は唯と一緒に扉から離れた所に座った。その間ずっと唯は孝太の制服を掴んだままだった。孝太は持っていた布切れで切れた左手を巻きつけ残りの部分で乾ききっていない血を拭った。
 「ほら、涙ふけよ」
 そうして孝太は唯に別なハンカチを取り出した。それにしても何でこんなにもっているんだ。唯はハンカチを受け取り涙に当てた。
 「ありがとう」
 そう言った。手持ち無沙汰となった孝太はぼんやりと壁を眺めた。自然と思い浮かぶのは先ほどの必死に訴える唯の顔だった。
 「(まさかここで唯の涙を見ようとは・・・)」
 普段元気がとりえとばかり思い込んでいた孝太は、唯のそういった弱い姿を見たことがない。状況が状況だけに唯が泣くのも解るが孝太にとってこれは不意打ち以外の何者でもない。その証拠に今も孝太はまともに唯の顔を見れなかった。少し冷静になろうと孝太は深呼吸する、唯の顔を見た後なのかこの場の隔離された雰囲気の所為なのかともかく今落ち着かなければいろんな意味で暴走しかねないからだ。それほどまで孝太は唯の涙に当てられている。そんな孝太を気遣ってか先ほど閉め忘れた扉の隙間から冷たい風が入って来た。唯には寒い風も今の孝太には暑くなった体温を下げるには丁度いい風となった。
 「うう・・・」
 唯は風にあたり震えた。
 「そうだな、扉閉めねえと」
 そう言って孝太は立ち上がる、この時ばかりは唯も制服の裾を離してくれた。扉に手を掛けようとした時孝太は扉の淵を見た。そこは下から何かで削られたように尖った部分が下を向いている。
 「(ああ、ここに左手が被さっていたのか)」
 そう考えながら孝太は扉に手を掛ける。再び扉は閉められた。
 「(さて、マジでどう出るかな)」
 唯の隣へ戻りながら孝太は考える、孝太が座ると唯はまた裾を握った。少し頭を掻いた。
 「唯、俺動きにくいんだけど・・・」
 一応今の状況を説明する孝太。
 「だって、怖いし」
 そう言って唯は孝太の顔を見上げた。涙こそ流していないもののまだ顔には沈んだ表情が見て取れた。
 「・・・そうか」
 孝太はそれ以上何も言う事無く壁に向き直った。
 「(やばい、唯の弱い顔を見て当てられちまった。落ち着け俺、クールダウン、クールダウンだこんな所で問題を起すわけには)」
 孝太は爆発させたい衝動を押さえながら必死に脱出手段を考えた。と言ってもそれは上辺だけで既に隣にいる唯が気になって衝動を押さえるのがやっとだった。こままではまずい、孝太は気を紛らわすために会話へ持ち込むことを決めた、そうすれば唯の不安も少しは解消されるはずだ。だが肝心のその内容が浮かばなかった。 「(俺ってこんなに話せない奴だったのか)」
 こんな状況で自分の新しい面を発見してしまった孝太だった。



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Novel Editor by BS CGI Rental
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