「遅いね二人とも」 その言葉にシンは時計を見た。六時半過ぎだった。看板作業に入って一時間、シンは看板に目を向けた。既に文字の色塗りは終了していた。その端に書かれた葵特性の絵は手つかずにしてある、これは孝太と唯の分だった。 「確かに遅いな」 葵の顔に向き直りながら言った。既に部活は終わっているはずなのに二人は一向に現れない、長引いていると言う可能性も考えた。だがそれも三十分以上も前の考えになる。 「唯はとっくに部活も終わったって言うし、孝太も」 「そうだな、あの二人が何も言わずに帰るのは考えにくいし」 顎に手を当てて考えた。 三十分前、いつまで経っても帰ってこない二人を心配してそれぞれの部活の顧問の所まで聞きに行ったがどちらも既に部活は終わっていたと言う。校舎中探したが二人の影は何処にも無い、仕方なくこの部屋に戻ってきたのは今から十五分前だった。当然戻っても二人はいなかった。 「所で葵、倉庫の錠と鍵はどうした。今は持っていないみたいだけど」 「そうだった、さっき唯の部室まで行って帰ってくるときに職員室に寄ってきたの」 ポンと手を叩いてそう言った。 「そうか、その時に返したのか」 シンが納得した時葵がう〜ん、と考えた。 「所が鍵を渡してくれた先生がもう帰っちゃったみたいで仕方が無いから机において来ちゃった」 もちろんメモは残しておいたよと付け加えた。 「解った、鍵は返したんだな、錠の方もその時倉庫にかけに行ったと」 椅子に深く座りシンは天井を見た。鍵の話はこれで終わりとしてシンはもう一度二人が何処へ行ったのか考え始めようとした時葵の呼ぶ声が聞こえた。 「どうした葵、まだ何か」 シンが葵を見ると、なにやら言いにくそうに人差し指同士を突いている。 「ええとね、その」 何が言いにくいのか口ごもってしまう。シンはそんな姿を見て少し笑ってしまった。 「何か言いにくい事か」 そう聞くと葵は首を横に振る。 「その、錠の方は他の先生に頼んでおいたの」 「なるほど、でもなんで自分で閉めに行かなかったんだ」 尋ねると葵は小さく何かを口にした。 「暗くて怖かったから」 そう聞こえて来た。 「ははは、なるほど葵らしいな」 立ち上がり葵の隣まで来て座りなおした。 「そういう事か、なら錠はその先生に任せておけばいいだろうな。今ごろかけに行っているよ」 うんと返事を返した。 「それよりも二人はまだ帰ってこないのか、もう七時近いのに」 また時計に目を向ける、そのあと入り口を見たが人が近づいてくる気配は一向に無い。トラブルに巻き込まれた、シンはそうも考えたが孝太がいるのだからそれは一番ありえないことだった。 「本当に帰っちゃったのかな」 葵が一番の可能性を口にした。シンはそれを聞いて唸った。 「まさか本当にそうなのか」 なんだか口に出すと本当に帰ったのではないのかと真実味が帯びてきた二人は黙り込んでしまった。 しばらく沈黙が続いた。外は既に日もおちているだろう、耳には時計の秒針の進む音と密室からくる独特の空気が軋む感覚がした。かたっ、と入り口から音がした。 「(なんだ、風か)」 二人そろって振り向いたが人の気配は無い。ふうと息を吐いて向き直った。この息の後しばらく二人は時計の音を聞く事となった。 更に時間が経過した。短針は九の上まで来ている。 「遅すぎる」 シンが怒ったように口を開き長かった沈黙を終わらせた。 「だよね、どう考えも遅すぎるよね二人とも」 葵もおかしいと考え始めたがすこし落ち着かない様子で言った。だがそれ以上何も言えなくなった二人はまた黙り込む。だが今度の沈黙は長くなかった。 「確かに」 「確かに、孝太なら面倒くさがって帰ったと言う事も考えられる。明日になって『わりい、面倒になって帰っちまった』そんな風に言いそうな気がする」 椅子に背を預けていった。 「でも、水野も一緒なんだろう。あの責任感のある水野が孝太と一緒に黙って帰ったとは」 そこまで言って隣から葵が言った。 「でも、唯の場合孝太に言い包められたのかも、あの娘孝太の言葉に逆らえない所あるから」 「だろうな、孝太の奴口は達者だからな、一緒に帰ったと言う事も考えられる」 なんだか予想が結論になっている気がしてきた二人はおもむろに立ち上がった。看板をシンが壁のところに立てかけると葵が持ってきてくれた鞄を受け取った。 「帰るか」 「帰ろうか」 二人で部屋を出た。廊下を歩きながら廊下の窓から外を見た、やはり既に日は暮れている。 「あ〜あ、もうこんな時間だよ、早く帰らないと」 下駄箱で靴を履き替えた二人は足早に校門を出た。
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