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奇妙戦歴〜文化祭〜 作者:光夜

第10回   第一週7
 夕暮れ時、店のドアにかけられた鈴が来客を告げた。客は棚に目もくれずカウンターへと歩み寄った、その気配を感じ店主である老人は読んでいたであろう新聞からチラリと目を客へ向けた。
 「ほお」
 感心したようなそれでいて呆れたような声を出した後新聞を折りたたみカウンターへ置いて身体を客へ向けた。
 「ここの雰囲気は人を遠ざけるために作ったのですかご老人」
 遠慮の無い声と共にカウンターへ荷物を置く。
 「ここは商品を置くところだ、勝手に物をおかれちゃ困るよ」
 「質問は無視ですか?相変わらず僕には厳しいですね、東雲(しののめ)さん」
 威嚇のように普段つけたことの無い「さん」を語尾につけた。
 「エージェント同士の接触は減給の対象ということを知らんのかお前さんは」
 質問うんぬんはもうどうでもいい様だ、値踏みするように互いを見つめる。
 「私は別に構いません」
 「ワシが構う、老後の軍資金は多い方が良いからのう」
 フンと今度は客の置いたアタッシュケースを見る。
 「見ない間に随分と得物を増やしたようじゃなローゼン、昔は懐に四丁程度だったくせに・・・」
 「昔の事は良いです、それよりもどう言うつもりですか?」
 名前を呼ばれたことも相成ってか不機嫌そうに尋ねる。それほどまでに互いを認識したくないようだ。
 「何のことかな?」
 「とぼけないで下さい、かなり前にここの買い物客におまけで「鍵」を渡したでしょう、どう言うつもりですかあれは私たちが保管していた物ですよ。上に知られたらどうなるか解っているのですかあなたは」
 「確かに、あれは良い目をした少年に渡した。それはお前も知っているだろう。なあに信用の置ける少年だ」
 「良く御存知で、確かに彼らの監視に当たって彼らは信用の置ける人物だという事は自分でもわかっています。ですからあの鍵を渡したのは答えとしては不正解に値します。既に箱は開けられているでしょうから彼らの使用方法を信じるしか在りません」
 ローゼンの答えに老人は長く伸びた白い眉毛に隠れた目を覗かせた。まるで不思議な光景を見るように。
 「主はそれでいいのか?今すぐに回収する事も出来るだろう」
 「ええ、ですが私がエージェントとしてする仕事はダイムの抹消です。確かに彼らが間違えてマスターを暴走させれば私の管轄に入りますが今のところそれはありません。よって彼らの使用方法を問う事は出来ない」
 ローゼンはあくまで仕事と言い放つ。その答えが面白かったのか老人は低く笑った。
 「ほほ、主らしい答えじゃな。わしが育てただけはある」
 「何を言うんです。あなたは私を三ヶ月程度しか育ててないじゃないですかその後の寮生活であなたは一度も顔を出してはくれず私は厳しい訓練に入っていましたよ」
 思い出すのも厭らしく、ローゼンは老人を殺意の目で見る。
 「それは済まなかったな、いや許せ。それよりも主、未だにダイムなどと言っているのか?そんなものエージェント同士の会話ではすでに隠語にもなっておらんぞ、いい加減正式名で呼んだらどうだ」
 「お断ります、私は建物の下で日々人を脅かすような事をする研究者ではありませんからね、ダイムで十分です。何なら信用の置ける友人がつけたコアとでも言いましょうか」
 強気な声は仕事であっても組織には属さないと言い放っている。老人の目が興味深そうに見つめている。
 「ほ、それは面白い。確かに入れはコア(核)とも呼べぬわけではないが、よもやそんな発想をする人間がいたとはな。ワイツが訊いたら喜ぶだろう。もしかしたら組織に引き抜くかも知れんぞ」
 ローゼンの目が驚きに変わる。今の今まで忘れていた思い出したくも無い名前が耳に入ってきたからだ。おまけにシンを引き抜くなどと戯言まで聞かされた、そんなことあってはならない。
 「彼女の事はどうでもいい、あんな何処の馬の骨とも判らない能力者など目障りです」
 そう言ってケースに手をかけた。
 「なんじゃ、もう帰るのか?」
 「ええ、あなたの考えを聞きに着ただけですから。答えとしてはただの道楽のようですけれど、どうやら正しかったようです」
 そうだろう、と言っているかのように笑い声が聞こえた。それを聞いて踵を返す。老人は店を出て行こうとする青年を止めない。彼らの間に引き止めるなんていう無駄な行動は含まれてはいないから。
 ローゼンは入り口の近くで足を止め棚に少しだけ目を向けた。そこには数多くのトランプが置かれている。ただ置かれている位置は子供では届きにくいところにある。
 「トランプは下の段の方が見栄えがいいですよ」
 振り返らずぶっきらぼうにそう告げると東雲は「そりゃどうも」と新聞を読み始めた。
 入って来たときと同じように店の鈴が鳴り客の帰りを告げた、もう会う事も無いだろうというニュアンスもこめて。
 「全く、どう言う考えをしているのでしょう彼は」
 夕日に向かって溜め息をはくとこの店の看板にとまっている鳩を見た。
 「組織の伝書鳩ですね、まったく地下組織のくせに空を介する者が伝言するなんてなんて矛盾でしょう。」
 鳩に愚痴をこぼしてみたが首を捻っただけだった。当然鳩ではなく鳩の足についている通信機に向かって喋っている。さすがに紙を運ばせるなんてところまでは古くは無いようだ。
 「まあいいです、減給でしたら私だけにしてくださいね。今回勝手に接触したのはこちらですから」
 そう言うと通信機が回線を切った音がしたあと鳩が飛んでいった。
 「夕焼けに鳩は似合いませんね・・・・」
 ローゼンは学校へと歩き出した、運がよければ彼らに会えるだろうから。
 「これからまた忙しそうですね」
 そういうローゼンは笑っていた。夕日が目に入ったのか目を細めている。
 「あ、ローゼン君だ」
 遠くから葵の声が聞こえた、後ろには当然あとの三人がいる。それを見てまた笑った。
 マイペースにでもどこか急いだ感じで仲間の下へと歩んだ。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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