「へい、らっしゃい。」 威勢の良い掛け声。 隅々まで掃除され、職人の心意気光る店内。 カウンターにはいつも通りの知った顔。 軽い挨拶を交わした、麻生衛はいつもの席に座る。 「今日はなにから、行きやしょか。」 大将の声に 「うん、おまかせで。」 言い終わった後、この店に初めてきた時のことを思いだし麻生は、一人クスリと笑った。 あの時は会社の上司に連れられ、初めての本格的な寿司屋に舞い上がってしまった自分がいた。 そのときの最初の言葉も「おまかせで」だったはずだ。 「いきなり、おまかせはないだろう。好きなものを頼め。」 上司の言葉に「じゃあ、・・・ト、・・・トロで」と、注文して頭を叩かれたことは今でも覚えている。 「へい、キスの握りです。」 目の前に出されたキスを口に頬張る。 あの時の上司は数年前に消息を絶ったまま、今現在も家には戻っていないらしい。 ギャンブル好きで、多額の借金を抱えていたらしく、ゴタゴタに巻き込まれたのか、それとも逃げたのか、そこら辺は今となってはわからない。 ただ、今の自分を見てみると、こうして寿司を食べられるくらいの生活というものは、安定したものがあってのことなのだと、しみじみと感じることができる。 「へい、ヒラメの握りです。」
「大将、例のあれ、頼むよ。」 酔いが回り、顔を赤らめた麻生の言葉に大将はうなずいた。 最初食べたときは、何とも言えない味であったが、今では病み付きになった味。 この店の裏メニュー。 大将は奥から引っ張り出してきた赤い切り身を包丁で切っていき、その切り身を網に乗せ表面を軽くあぶる。 「大将、これ今日も教えてくれないの。」 「そうですね・・・」 曖昧な返事を残したまま、網に集中する大将。 「そういえば、大将のところに来てた見習いの子は?」 麻生は少し呂律の回らなくなった口調で話しかける。 「ああ〜、あいつですか。活きは良かったですしね・・・」 ・・・・・・
娘の樹理が寿司屋から帰ってきた自分に話しかける。 「お父さん、くさい・・・」 奥の部屋に入ると妻の加世子が布団に入っている。 「加世子、ただいま。」 返事がない。 とうとう返事もしなくなったか・・・ 肩を落とし、自分の部屋に入る。 なぜか目の前には、さっきまで寝ていたはずの妻の姿。 下に目を向けぎょっとする。 自分のお腹に包丁が刺さっている。 しかも無数に刺された傷口からは、鮮血が吹き出している。 「・・・おっ・・・おっ・・・」 あまりの驚きに声にならない。 妻はそんな私を見て笑った。
「・・・あそ・・・あそうさ・・・麻生さん、・・・起きてください。」 少しは酔いが抜けたらしい。 さっき見ていたのは夢だったのか。 ・・・気分が悪い。 目を覚ました麻生は、ぼんやりした視界で周りを見渡した。 「・・・ここはどこだ。」 目の前を煌々と照らすライトが眩しい。 「俺は・・・どうなってるんだ?」 「やっと気がつきましたか。」 目だけを横に向けるとそこには一人の男が立っていた。 手袋、作業着姿に、黒いゴーグル。 そして手には・・・・・・チェンソー? 「今からことの事情を端的に説明します。」 「・・・なんのことだ。」 「麻生衛、あなたは・・・○○精肉店に売られました。」 「どういうことだ。」 麻生は体を動かそうとした。 だが、両手に手錠をかけられている上に、どういうわけか体が痺れて動きがとれない。 「衛さんの肉体は、加世子さんの借金の肩代わりとしてこちらに、売却されたということです。金額は2000万。捻出できる額ではございません。当店としましては、このまま”肉”という形でこれを買わせていただきました。・・・寿司屋には仲介料としまして、・・・」 見れば、その男のそばに、大将の姿がある。 「・・・お、おい、大将・・・」 「・・・麻生さん・・・俺はよ・・・金も何だが、特に”肉”が欲しいんだよ。」 陽気に喋る大将に、麻生は顔を真っ赤にし猛り狂う。 「・・・ふ、ふざけるな。」 麻生のかすれた声に大将は目を細める。 「美味しかったでしょう、最後の肉は。」 麻生は愕然とした。 まさか・・・ 「そう・・・あれ人肉ですよ。」 男が持っていたチェンソーの刃が回り出した。 「や、やめてくれ。」 麻生は体の力をふり絞って言う。 「あなたの嘗ての上司も最後はそんなこと言ってましたよ。」
「ここの寿司、以前部長に連れて来られた店なんだ。」 「へ〜」 「らっしゃい。今日は何にいたしやすか。」 「例の”肉”お願いします。」
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