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ルージュorノワール 作者:mkonkon

第2回  
 「へい、らっしゃい。」
威勢の良い掛け声。
隅々まで掃除され、職人の心意気光る店内。
カウンターにはいつも通りの知った顔。
軽い挨拶を交わした、麻生衛はいつもの席に座る。
「今日はなにから、行きやしょか。」
大将の声に
「うん、おまかせで。」
言い終わった後、この店に初めてきた時のことを思いだし麻生は、一人クスリと笑った。
あの時は会社の上司に連れられ、初めての本格的な寿司屋に舞い上がってしまった自分がいた。
そのときの最初の言葉も「おまかせで」だったはずだ。
「いきなり、おまかせはないだろう。好きなものを頼め。」
上司の言葉に「じゃあ、・・・ト、・・・トロで」と、注文して頭を叩かれたことは今でも覚えている。
「へい、キスの握りです。」
目の前に出されたキスを口に頬張る。
あの時の上司は数年前に消息を絶ったまま、今現在も家には戻っていないらしい。
ギャンブル好きで、多額の借金を抱えていたらしく、ゴタゴタに巻き込まれたのか、それとも逃げたのか、そこら辺は今となってはわからない。
ただ、今の自分を見てみると、こうして寿司を食べられるくらいの生活というものは、安定したものがあってのことなのだと、しみじみと感じることができる。
「へい、ヒラメの握りです。」



 「大将、例のあれ、頼むよ。」
酔いが回り、顔を赤らめた麻生の言葉に大将はうなずいた。
最初食べたときは、何とも言えない味であったが、今では病み付きになった味。
この店の裏メニュー。
大将は奥から引っ張り出してきた赤い切り身を包丁で切っていき、その切り身を網に乗せ表面を軽くあぶる。
「大将、これ今日も教えてくれないの。」
「そうですね・・・」
曖昧な返事を残したまま、網に集中する大将。
「そういえば、大将のところに来てた見習いの子は?」
麻生は少し呂律の回らなくなった口調で話しかける。
「ああ〜、あいつですか。活きは良かったですしね・・・」
・・・・・・



 娘の樹理が寿司屋から帰ってきた自分に話しかける。
「お父さん、くさい・・・」
奥の部屋に入ると妻の加世子が布団に入っている。
「加世子、ただいま。」
返事がない。
とうとう返事もしなくなったか・・・
肩を落とし、自分の部屋に入る。
なぜか目の前には、さっきまで寝ていたはずの妻の姿。
下に目を向けぎょっとする。
自分のお腹に包丁が刺さっている。
しかも無数に刺された傷口からは、鮮血が吹き出している。
「・・・おっ・・・おっ・・・」
あまりの驚きに声にならない。
妻はそんな私を見て笑った。



 「・・・あそ・・・あそうさ・・・麻生さん、・・・起きてください。」
少しは酔いが抜けたらしい。
さっき見ていたのは夢だったのか。
・・・気分が悪い。
目を覚ました麻生は、ぼんやりした視界で周りを見渡した。
「・・・ここはどこだ。」
目の前を煌々と照らすライトが眩しい。
「俺は・・・どうなってるんだ?」
「やっと気がつきましたか。」
目だけを横に向けるとそこには一人の男が立っていた。
手袋、作業着姿に、黒いゴーグル。
そして手には・・・・・・チェンソー?
「今からことの事情を端的に説明します。」
「・・・なんのことだ。」
「麻生衛、あなたは・・・○○精肉店に売られました。」
「どういうことだ。」
麻生は体を動かそうとした。
だが、両手に手錠をかけられている上に、どういうわけか体が痺れて動きがとれない。
「衛さんの肉体は、加世子さんの借金の肩代わりとしてこちらに、売却されたということです。金額は2000万。捻出できる額ではございません。当店としましては、このまま”肉”という形でこれを買わせていただきました。・・・寿司屋には仲介料としまして、・・・」
見れば、その男のそばに、大将の姿がある。
「・・・お、おい、大将・・・」
「・・・麻生さん・・・俺はよ・・・金も何だが、特に”肉”が欲しいんだよ。」
陽気に喋る大将に、麻生は顔を真っ赤にし猛り狂う。
「・・・ふ、ふざけるな。」
麻生のかすれた声に大将は目を細める。
「美味しかったでしょう、最後の肉は。」
麻生は愕然とした。
まさか・・・
「そう・・・あれ人肉ですよ。」
男が持っていたチェンソーの刃が回り出した。
「や、やめてくれ。」
麻生は体の力をふり絞って言う。
「あなたの嘗ての上司も最後はそんなこと言ってましたよ。」



 「ここの寿司、以前部長に連れて来られた店なんだ。」
「へ〜」
「らっしゃい。今日は何にいたしやすか。」
「例の”肉”お願いします。」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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