僕の家には黒猫が一匹住み着いている。 毛並みが悪く、体も骨張って見えるその不摂生な黒猫は、尻尾だけはなぜか肉厚で長く、ピンと上を向いていた。 僕はその黒猫を単純に「クロ」と名付けるのも芸が無いと、「ノワール」という名で呼んでいた。
ノワールはごくたまに僕の前に姿を現した。 縁側で寝そべっているときや、玄関を出てすぐのところ。 朝起きてみると、布団の中に潜り込んでいたこともある。 ノワールが現れると、僕は決まって台所に行き、牛乳を皿に注いで、床に置いてやる。 ノワールもそのことを理解しているらしく、僕の後をついて回り、牛乳を床に置くと、焦りもせずに黙々と、牛乳を飲み干していく。 ・・・ナー と一声鳴くと、ノワールは空になった皿を残してどこかへ行ってしまう。 甘えもしない、暴れもしない。 そんなノワールはどこか僕と似ている気がする。
ここ1週間、ノワールの姿を見かけなかった。 ノワールのための牛乳は冷蔵庫にしまってある。 ノワールの皿は1週間食器棚に直したままになっている。 姿を見せないノワールが少し気にかかる。 僕は、家の中でノワールがいそうな場所を見て回ることにした。 床下、居間、寝室・・・ 隈無く探し、最後に残った屋根裏部屋をのぞき込む。 ノワールはそこにいた。
穴を掘っている間、屋根裏部屋にいたノワールを思い出していた。 目を閉じたまま、静かに身を横たえていたノワール。 体は硬く、冷たかった。 ピンと張った尻尾はクターッと地面にのびていた。 死んだノワールはただの黒猫に戻っていた。 ただ口から溢れていた血液は、黒く変色して、そこだけはノワールらしかった。 穴を掘り終え、ノワールを静かに寝かせる。 寝かせたらノワールを土で埋めていく。 土でノワールの体が隠れていく。 そういえば、ノワールの口の中には人間の小指が入っていた。 小指は僕のより一回り小さく、一目で子供のものだとわかった。 その子供は小指をどうしたんだろう。 友達に自慢しているのかな。 どうなんだろう。
それからまもなく近所で、子供の葬儀が行われたらしい。 噂では、死因は猫の呪いだとか言っているらしいが。 僕はノワールに会おうと空き地へと足を運んだ。 皿に牛乳を注ぎながら、僕は尋ねた。 「ノワール、あれは君がやったのかい。」 ・・・ナー ノワールが鳴いたような気がした。
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