風を体に受けながら、少しの間ぼんやりする。その少しの間にも、繰り返し繰り返し十字を切りながら下に降りていく人や、真っ黒い悪臭を放つ物体に乗って遊んでいる人など、色々な人が私を通り過ぎていった。
・・・もうすぐ終わりか。
そう思うと少し涙が出る。涙は風に運ばれ、遠くに散る。この涙が何の種類の涙であったかは、後の私でもわからないに違いない。様々な感情が絶妙にブレンドされ、抽出された涙である。その分思い入れが強い。 流れる涙の行方を目で追っているうちに、涙は彼方へと消え去り、代わって一人、女が下りてきた。女はいかにも幸薄そうで、幸薄い女に憑き物といえば赤ちゃん。赤ちゃんを大事そうに抱えていた。私はなんだか気になる彼女に会うために空を掻き分け、彼女の元に寄っていった。 「あの大丈夫ですか。」 声をかけた私に彼女は驚いていた。よくよく見ると彼女は結構整った顔をしていた。その顔がなんだか微妙な感じになっている。 「何の御用でしょうか。」 少し壊れかけているが、まだ大丈夫なようだ。 「今日はまったく災難でしたねぇ」 「・・・そうですね。」 「まったくこれを引き起こした張本人に会ってみたいものですね。」 陽気に話す私とは裏腹に彼女の顔は、時間が経つにつれ一層沈んだものになっていく。 「この風、気持ちいいですよね。」 「・・・」 「もうすぐ地面ですね。」 「・・・」 「実はですね・・・」 「・・・」 「この事故起こした張本人、私。」 「・・・ ・・・へっ!」 彼女の顔は呆けていた。私は続けて話す。 「なんていうか。ほら、空、飛びたいでしょう。だから飛行機が高度1万m超えたところで屋根、ふっ飛ばしまして、」 「・・・」 「みんなシートベルト付けてないから、ロケットみたいにですね。ポーンと、ポーンと。行っちゃいましたねぇ」 そう言い放った私は、すっきりした顔で彼女の顔色を窺った。一応事実を伝えたつもりだったが、彼女は真に受け取らなかったらしい。大笑いしていた。 「あなた、最高。なに、そのブラックジョークは」 私は苦笑いで「本当なんだけどな」とつぶやいたが、彼女は私の方をバンバン叩いた。赤ちゃんが上空へ舞い上がる。 「もうすぐ地面ね。」 私は、私の話の最中に精神がぶっ壊れてしまった彼女をしっかり抱きしめ囁いた。 「赤ちゃんはいいのかい。」 上にぶっ飛んでしまった赤ちゃんを見上げた彼女は私にいった。 「地面近いしね。」
どうやら降り立つ場所は、どこかの都市らしい。すごい勢いで陸地が迫ってくる。 誰かが叫んでいる。 「最後に万歳しよう。」 「それ乗った。」 宙に浮いている我々はここにきて意気投合しあったようだ。皆、宙を泳ぎお互いに集まると輪になった。幾重にも連なる輪。男も女も、学生もおじいちゃんも。皆、輪。万歳三唱の中心にあの中年男がいた。向こうもこちらに気付いたようだ。 「おお、あんたか。また会えたな。」 中年男は私に親指を立ててこっちに招いている。私は横にいる彼女に「どうする。」と訊いてみた。答えはすぐだった。 「いいんじゃない。」 円の中心に立つと中年男は、私の肩に馴れ馴れしく手を回した。 「おお、新しい彼女ゲットか、やるね。」 「おじちゃんもやるねぇ」 みんな笑顔の中で中年男の万歳三唱が始まった。 「逝きますぞ〜 せえので、逝きますからね。」 「早くやっちゃってよ。おじさん。」 「よし、逝くぞ〜せえの・・・」
私の近くで子供がつぶやいた。 「あっ、おうちにぶつかる。」
(了)
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