眠りから覚めた私は、隣にいる緩い背広姿の見た目40代ぐらいの男に声をかけた。 「風、気持ちいいですよね。」 男は私の方を見上げうなずいた。ポマードで固められた男のヘアースタイルもこの風の前では形無しだ。それでも男は両手を使って、乱れに乱れた髪形を抑えつけ、整えようと懸命になっている。 「あっ、眼鏡飛びそうですよ。」 私はヘアースタイルを気にするあまり、男の眼鏡がお留守になっている事に気付き、小さなお節介をしてみた。東京のど真ん中じゃ言えない事も、ここでは存分に言える。男はそれに気付いたようで、次は両手を使って眼鏡を懸命に抑えつけた。ヘアースタイルの方は手の拘束から解き放たれ、髪は風に踊っている。 「ねえ、ねえ、ねえ」 声のする方向に顔を向けると、日焼け顔のけばけばしい女子高生が携帯で誰かに電話している。 「ねえ。ミサ、マジうけるんだけど。今のこの状況。もう、ありえない。・・・」 あぐらの姿勢で唾液を飛ばしながら長電話して、スカートはありえない風でパンツ丸見え。しかし本人はまったく気にする様子はない。ひらひらしたスカートの中が目に触り、思わずスカートの中を見てしまうと、カラフルなの毛糸パンツ。ここでもちゃんとしていた女子高生。私の視線に彼女は気付いたらしく、私と視線が交差すると鼻で笑っていた。 よくよく見るとあちこちに学生服を着た男女を見かける。 「そうか、今日は修学旅行だったんですね。」 先ほどの中年男性が、先ほどよりももっと私の近くに寄っている。どうやら私と話をしたいらしい。 「そうですねぇ。」 チビ、デブ、眼鏡の不快因子3拍子が揃った男が、その女子高生をターゲットに写真を取りまくっている。被写体はたくさんいるし、それに今のこの状況で被写体たちは襲ってこないにちがいない。彼の顔はもはや我々より一足早く天国に逝っている。 「今日はですね〜・・・福岡の方に行く途中だったんですよ。」 それは当たり前の事だ。今ここにいる全員が、福岡に行く予定だったのだ。中年男はそんなことにも気付かないまま話を続ける。 「実は私・・・自主退社しまして・・・今度福岡に行って一からやり直そうと思いまして。」 「はあ」 私が興味なさそうに気のない返事で返しても、中年男は気にも留めず話を続ける。 「ラーメン屋やるつもりだったんですょぉぉぉ〜」 と言いながら、中年男は風に運ばれ、遠くに行ってしまった。多分もう会うことはないだろう。あの中年男は、結局リストラされたのだろう。あの場を把握できない頭。会社でもお荷物だったに違いない。第2の人生をラーメンにささげたとしても、とてもじゃないが成功のレールには乗れなかっただろう。遠くに流されていく男を見ながら私は、そう感じていた。
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