ひとしきり涙を流したわたしはその後の話が聞きたくなった。
「おじさん、その後はどうなったの。」
風景に完璧に溶け込んでいたおじさんが、再び輪郭を取り戻す。
「あ〜」
素っ気無い声。
「・・・戻ってきたよ。」
「・・・へっ」
なんか気が抜けてしまったわたし。そんなわたしを見ておじさんはニタリ笑顔を顔に貼り付けたまま話を続ける。
「いや〜彼女というかあいつな。小学校の先生になって、この町に戻ってきたんだよ、約束通り。」
「お、おじさんは・・・・それでどうしたの。」
「おじさん?・・・ああ〜・・・偶然にも同じ小学校の教師だった。」
おじさん、したり顔。それ見てわたし、苦笑い。おじさんの話はまだ続く。
「でもな〜、大人になったら、相撲なんかもう取れないだろ。相撲よりも先に男女の関係に発展しちゃうしな。夜の相撲なら何度もやったけどね。」
「おじさ〜ん、それセクハラ。」二人とも馬鹿笑い。河川敷で馬鹿二人が大笑い。
「でな〜、おじさんと彼女は、そのまま結婚したんだよ。」
「へ〜、ハッピーエンドじゃん。」
急におじさんは立ち上がった。なにを〜。わたしは様子をうかがう。おじさんは半径1メートルの円をぐるぐると回りだす。どうしたんだ、おじさん。頭部になんか出来物でもできたか。変な目で見るわたしを尻目におじさんは、歌うように軽快に話を始める。
「二人はその後も仲良く暮らし、子供も二人生まれ、4人家族で幸せ幸せ〜。子供はすくすく育ち、親元のおじさんたちから無事、世の中へと羽ばたいてくれ、残ったおじさんたち夫婦も老後を満喫しました。」
おじさんを見上げながら、私は持っていたペットボトルをがぶ飲み。一気に半分近くまで飲み干してしまった。おかしい、けどなんか楽しい。おじさんはしばらく回った後、「よっこいしょ」と言う掛け声と共に座り直した。「よっこいしょ」に哀愁を感じる。そこがまた面白い。くるくる変わる空模様と同じようにおじさんの話も流れていく。
「老後の後にくるものは何だと思う、おねえちゃん。」
不意な質問に私は戸惑う。何も言えない私を尻目におじさんは話を続けた。
「彼女・・・もとい、わたしの妻はね。半年ぐらい前に急に気分が悪いといって床に崩れ落ちた。わたしはすぐさま病院に連れて行った。治療室の前のソファーで、ただ一人待ち続けるのは老体にも堪えた。治療の甲斐もあって、翌日には妻の笑顔を見ることができた。だが別室で医者に言われたことには愕然とした。」
はっとしてわたしはおじさんの顔を見つめる。でもおじさんの顔には悲壮感など漂ってなかった。むしろすっきりしていた。
「余命3ヶ月。最初は妻にこのことを伏せてはいたのだが、おじさんの嘘はすぐばれる。」
そう言って笑ったおじさんの笑い顔はなんだか胸が締め付けられた。あっ、また涙が出てきそう。
「それからは妻を色々と手伝ってあげた。食事やら、まあ、なんだ。色々とね。」
「・・・」
「そんな3ヶ月間もあっという間に過ぎていった。」
「・・・グスン・・・」
「最後の日は二人して過去のことをいっぱい語り合った。教師生活のころや、息子たちのこと、それに小学校時代のこともね。」
いつの間にか夕焼けに墨色が混じってきている。どこかでカラスの鳴き声もする。もうすぐ夜だ。
「妻自身、最後の時がきたのを感じたんだろう。わたしを枕もとに呼び寄せて、こんな洒落た事を言ったんだ。『あの河川敷でもう一回相撲とろうね』って。」
涙が止まらない。わたしの涙が止まらない。必死で目を擦っているわたしにおじさんはハンカチをくれた。・・・なんだ・・・ハンカチ持ってるんじゃん・・・
|
|