厳しい寒さが遠のいたとはいえ、インナーの上にもう一枚厚手のセーターでも羽織りたくなるこの季節。何かと甘いもので体重増加していたわたしは、運動も兼ねて河川敷を自転車で散歩してみることにした。と同時に春を味わうためにも。家のカギをしっかり閉めて再度確認。サドルにまたがりペダルを踏みしめて、いざ行かん河川敷。
おいしい臭い立ち込める夕方の商店街を無事に通過した後、幾多の街角を右へ左へ。少しずつ川の泥臭いようななんとも懐かしい匂いがしてくる。ああ〜春は近い。重い体に鞭打って自転車をこぎ付ける。買い物に来ている人や路肩に出ている商品の棚、そして自動車。それを体を使いながら抜いていくわたし。体全体から内に溜まっていた汗が一気に噴出す。それもまた心地良い。でも他人からは見目が悪い。そうして着々と進んでいったわたしは、ゆっくりとブレーキを落とし、最後の角をゆるりと曲がる。開けた先には、緑一杯の河川敷、川の臭い、ぽつぽつと散歩している人。薄い雲が真っ青な空を行ったり来たりしている。期待していたとおりの春の様相にわたしの心は晴れ晴れして少し興奮していた。
河川敷の整備されたアスファルトの上を自転車を押しつつ、景色を楽しむ。風流すぎて何か一句詠みたい気分だ。「川流れ〜雲も流れて〜わたしもね〜」・・・・意味不明すぎて解釈は付けず。しばらく歩いていると、川縁の草むらの所でおじさんが一人草を毟っている。春にそぐわない落ち着いた茶色や黒で服をまとめて、これまた春にそぐわないおじさんの頭の毛髪は、すでに露な大地を剥き出しにしていた。もしかして、自分の頭髪に対する深層心理でのコンプレックスがおじさんを知らぬ間に草むしりへと駆り立ててるのか。そう思うと、私はなんだかこのおじさんと無性に話がしたくなってきた。「おじさん、草と髪は大事にね〜」ってね。という訳でわたしは自転車にカギをかけたのち、伸び放題の草むらを駆けていった。
わたしが現れたことにおじさんはなんだかビックリしている様子だった。当たり前か。見知らぬ人がいきなり目の前に現れりゃ、誰だって驚いてしまうもんだ。
「おじさん、何でそこで一人で草むしりしてんの。おじさん、どう見たって市の人には見えないし。」
早速思っていたことを口にしたわたし。なんだかきょとんとしていたおじさんは、さらにきょとんとした様子で「あの〜、もう一回言ってもらえませんか。」と返してきた。なるほど。わたしは再度同じ質問を繰り返した。きょとんとしていたおじさんも、2度目の質問で事態が飲み込めたのか、2度ほど肯き、にたりとこちらを見て笑った。わたしはその笑顔でなぜか反射的に自分の髪を押さえてしまった。おじさんの頭髪コンプレックスをわたしにぶつけないでね、なんて。おじさんは持っていた草の固まりと鎌を無造作に下に落とすと、なんだか顔を喜ばしそうにしわしわにさせていた。「おねえちゃん、いい質問だ。」わたしが言うのもなんだが、訳が分かんない。
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