ガチャン。台所のほうで物音がした。「ひっ」朋美は息を飲んだ。誰かの手が薬缶に伸びる。宙に浮いた薬缶は台所の奥に姿を隠し、次の瞬間、清史とともに現れた。湯気がもうもうと立っている薬缶を右手に持っている清史は顔全体が歪み、もはや普通の精神状態とは思えなかった。「よお〜、元気か。」清史は立ったまま朋美を見下し話し掛けた。朋美は柱にもたれた状態で身を震わせていた。「何で俺に黙って引っ越そうとしたんだ。」清史は静かな声で話し掛けた。朋美は震えながらも必死で弁解しようとした。しかし言葉が見つからない。清史は急に部屋をゆっくり歩き出した。「俺たちはここに住んでたんだよな。ここに箪笥があってさ。・・・」その後も清史は色々な事を話した。今までの思い出。朋美を一目見て好きになったこと。他にもたくさん。しかしその全てが朋美の耳に入らなかった。朋美はいずれやってくるであろう死の恐怖にひたすら怯えていた。やがて清史はピタっと立ち止まると、朋美の方へ歩いてきた。身構えた朋美の髪の毛をむんずと掴み清史は顔を近づけた。「それがどういうことなんだ。」朋美の大きな瞳に清史の血走った目が移る。「説明しろ。」そう言いながら朋美を柱に叩きつけた。そのまま畳に転がる。朋美は痛さに顔を歪めた。清史はまたしても朋美の髪を持ち上げ「説明しろ。」と話し掛けた。朋美は泣きながらもようやく口を開いた。
その後は朋美が言い訳を言うたびに清史は壁に叩きつけたり、薬缶のお湯を掛けたりした。朋美は腫れ上がった顔で最後に一言こう言った。「・・・もうあなたとは会いたくなかったの。」次の瞬間、朋美の頭は柱に叩きつけられそのまま二度と起きて来る事はなかった。
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