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作者:mkonkon

第2回   2
 朋美のアパートを出た清史は真っ暗になった通りを呆然と歩いていた。しかし心は煮え滾るような熱さで破裂寸前だった。「俺のどこに不満があったんだ。」勢いに任せて電信柱を蹴り上げても一向に苛立ちは消えない。鬱憤を抱え込んだままの清史はポケットに手を突っ込み、つま先を引きづりながらまた歩を進めた。そうしてただひたすら路地を歩いているといつのまにか見たこともない路地に入っていた。それでも気付かずに、入り組んだ住宅街を押し黙って歩いていると、「これ、そこの兄さん。」清史は不意に掛けられた声に周りを見渡した。「これこれ、兄さんここだよここ。」見ると電信柱の灯りの下で老婆がこちらを見ていた。横の看板には「何でも占います。」と汚い字で書かれている。「占いの婆が俺になんか用かよ。」荒み切っていた清史は老婆相手に脅すように声を荒げていた。「ひひっ、あんた、彼女に振られたでしょう。」 怯むことなく老婆が不快な笑いと共に出した言葉は清史の頭の中の何かを切ってしまっていた。「くそ婆に何が分かるか。」拳を固めた清史は老婆を殴りにかかる。逆上した清史の拳が老婆に襲い掛かる。「あたった。」拳が老婆の顔にめり込んだのを感じた後、清史の記憶はぷっつりと途絶えてしまった。

 気が付くと清史はボロボロのソファーでぐっすりと眠っていた。目を覚ました当初はまだ意識もはっきりしてなかったと思う。頭痛と眩暈でくらくらし、目の前の景色が歪んで見えていた。「よっこいしょ。」清史はフラフラになりながらも懸命に体を起こした。辛そうに起き上がり辺りを見渡す。闇の中で電灯が点す明りにほっと安堵した。気が付くと目の前の机に缶コーヒーが一缶置かれていた。ブラック無糖。微かに躊躇うが、清史は缶のプルタブを持ち上げ、一気にコーヒーを飲み干す。コーヒーの苦さが口に広がっていく。「美味かったかい。」はっと横を振り向くと殴りかかった老婆が電信柱にもたれ掛かっていた。「このコーヒー、ばあさんが買ってきてくれたのか。」頭が少し冷えた清史はばつが悪そうに訊いてみた。老婆は黙ったまま、清史の前にある古びたパイプ椅子に腰掛けた。「おまえさん、振られるっていうのはどういうことか分かるかい。」唐突な質問に清史は答えを詰まらせた。とはいえ考えてみても問題の意図することが分からなければ分かるものでもないが。「分からない。」清史の答えに老婆はまた気味の悪い声で笑った。「まあそれが当たり前じゃろう。」老婆は再度息を吸い込むと、「赤い糸が切れたからじゃよ。」と顔に似合わない乙女チックなことを言ってのけた。

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Novel Editor