少し話は戻るが、僕が大学生になってまだ間もないころ、僕には一人の友人がいた。 名前は鈴木。 学部の新歓で鈴木は僕に声をかけてきた。 「君、どこから来たの」 「・・・」 鈴木は僕のことを気に入っていたらしい。 なんどか、鈴木の家に行ったことがある。 ぼろぼろで小さな2階建てアパートの1階に部屋はあった。 そのころの僕は、親元を離れられず、自宅から大学へと通っていたので、ぼろぼろのアパートにせよ、鈴木が結構羨ましかった。 カップラーメンをご馳走してもらったり、たまに泊まったり、僕は鈴木を結構楽しんでいた。
ある日の放課後、大学の中庭で僕は告白されていた。 その女が後に僕の妻となるのだが、とにかく告白された僕は、適当な返事でその場を濁して去った。 その夜、鈴木の家に上がった僕は鈴木に今日あった出来事の話をしてやった。 鈴木は台所の方を向いたまま一言、「知ってるよ」とだけ。 もくもくと料理をしている鈴木に、僕はどこか”闇”を感じていた。
今日の料理は茶碗蒸しだった。 「おお、珍しいな。茶碗蒸しなんて」 僕は取って付けたような言葉で喋り、鈴木の様子を窺った。 「・・・この二つの茶碗蒸しの内、一つには猛毒のユリ根が使ってある。」 突然、鈴木はそのようなことを言ってきた。 僕が黙ったままでいると、鈴木は僕の方に茶碗蒸しを一つ置いた。 「おまえの方に、そのユリ根が入っている。」 僕は茶碗蒸しを手に取ると、勢いよくかき込んだ。 卵ごとユリ根を飲み干した僕は、空の陶器を机に叩き付けた。 「何が言いたいんだ、鈴木。」 そのとき僕の怒った顔に鈴木は悲しい笑顔を見せていた。 穏やかで、 切なくて、 悲しくて、 鈴木は茶碗蒸しを飲み干すとそのまま外へ出て行った。
その後の鈴木の消息はわからない。 鈴木の住んでいたアパートは老朽化により取り壊され、後には小奇麗な一軒家が建った。 僕の家だ。 あの日起こった出来事は、僕自身の中でもよく分からない。 ただ言える事は、鈴木が僕の中に何らかの影響を及ぼしている、ということだ。 それは、例え、鈴木が死んでいたにしろ、生きていたにしろである。
|
|