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a sense of beauty 作者:mkonkon

第1回   1
 ある日、世界中の名立たる芸術家たちが、ポアロというその当時世界最高の芸術性を持つと言われた男の建てたエキシミラ宮殿に集まった。ヨーロッパ各地、中国、インド、果てはアメリカ大陸のインディアンまでもが、自分たちの文化の誇りと驕りをもってこの地にやって来ていた。誰もが自分たちの芸術性を信じて止まない人たちばかりであった。
 しかし、ポアロのエキシミラ宮殿を一目見ると皆一様に驚きと感動の入り混じった複雑な表情を顔に浮かべ、身を硬くしたままエキシミラの玄関口で立ち尽くしていた。エキシミラは外壁、宮殿内ともに絢爛豪華な装飾が施されているが、その装飾自体金持ちの道楽を詰め込んだような下卑た卑しさは微塵も感じられず、凛とした高潔さを匂わせていた。訪れた芸術家たちは自分たちが信じていた芸術性が揺らぐのを感じていた。そんな激しいカルチャーショックを味わった高名な芸術家たちをポアロは自ら丁重に出迎え、奥に広がる応接間へと案内していった。廊下を進んでいく間も皆目線は天井、壁、床、装飾品とすべてを見渡し、ポアロに付き添われながらも幽鬼のように歩を進めるのがやっとであった。やがて、応接間に並べられた椅子が一杯になると、椅子に座ったポアロは2度手を叩き、その音に反応し柱の影から現れた使用人に「この方たちに食事の用意を」と囁いた。
 目の前に出てきた料理を芸術家たちは静かに平らげていく。フォークとナイフ、箸、手とその晩餐には確かに各々の国で取られている習慣、そして文化が息づいている。ポアロは皆と同じように静かに食しながらも、時折顔を上げ晩餐の様子を眺めては怪しげな笑みを口元に浮かべた。晩餐はデザートが出てくる頃には誰もがちょうど良い満腹感を味わっていた。目の前にはそれぞれの国のデザートが置かれ、皆それを黙々と口に入れていく。そうして最後の一人がスプーンを皿の上に置くと、少し経って一斉にテーブルの上が片付けられ、後には真っ白なテーブルクロスが置かれているだけの状態になった。
 「皆さん、唐突に訊きますが、最高の芸術作品とは何だと思いますか。」ポアロの声が部屋全体に響き渡る。皆一様にポアロの方を見つめ、様々な表情を浮かべる。ポアロは続けざまに言った。「ここにお集まりの皆さんは少なからずとも国を代表する芸術家でいらっしゃるはず。ここでもう一度同じ質問をします。最高の芸術作品とは何だと思いますか。」先程よりも大きな声が部屋を反射する。芸術家たちは口篭もったまま先程と同じようにポアロの様子を窺っていた。ポアロはそれから一言も発せずに、ただ黙って芸術家たちの顔を眺めるだけだった。
 応接間を流れる長い沈黙は静かで、不気味で、辛いものだった。だからといってこの状況を打ち破るほどの打開策を持ち合わせている訳でもなく、皆ただ押し黙ることしかできなかったのである。それからまたしばらく経ち、テーブルに月の明かりが差し込んできた頃に座っていた芸術家の内の一人が静かに挙手をした。上げた腕を月明かりが照らし、その景色もまた美しい。挙手をしたのはギリシアのリーデルスという70近い老人だった。リーデルスは椅子から立ち上がると、遠くを見るような眼で静かに話し始めた。

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Novel Editor