『白いミルク』
朝、目覚めた僕はミルクをカップに注いだ。
いつもはそのままグイっと一息に飲み干すのだが、
なぜかそのようにする気にはなれなかった。
窓の外には冬晴れの日差しが降り注いでいるのに、
僕の心の中はまだ前夜の闇を引きずっているようだ。
僕はミルクをキッチンに置き去りにすると
自分の部屋へと戻り、机の引き出しを捜した。
ない、ない、みつからない。ない、ない、あった。
それは机の引き出しの一番奥底に眠っていた。
小学生の頃に使っていた習字のための墨汁。
僕はそれを嬉々として握り締め、キッチンヘ向かった。
ミルクを前にして、僕は墨汁の容器のフタを空けた。
けれど、僕は空けてはならないものを空けてしまったかのような罪悪感に怯み
「ミルクに墨汁なんて入れてしまったら、もう飲めなくなるよな。」と
朝の冷えたキッチンでミルクを見つめながら僕はつぶやいた。
我に帰った僕は墨汁にフタをして、再び机の奥の引き出しへ隠すようにしまった。
代わりに戸棚からインスタントコーヒーのビンを取り出して、フタを空けた。
そしてコーヒーの粉にお湯を注ぎ、置き去りにしたミルクを注ぐ。
黒いコーヒーの中に白いミルクが渦巻いていった。
その渦に吸い込まれるような感覚がなんとも心地よかった。
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