ブルルッ
うぅ・・・、寒い。雨が降る中、夜遅く、女が一人で家へと帰るって、文章にしただけでも、寒くなる。自分で自分の首をしめてしまったなぁ。
最近は、朝と夜が寒くて、雨が降ると余計に寒く感じてしまう。雪にならなければ良いけど。早く家に帰って、暖まろう。温かいご馳走が、きっと私を待ってくれているはず。
手袋がないから、傘を持つ手が、とても寒い。左手と右手とでは、温かさが随分違う。傘を持っている右手は、とても冷たくて、氷のよう。指先も赤くなっているし。それに比べて、左手はポケットに入れているから、ぽかぽかしている。本当は、よくないことなんだけど。
明日から、手袋デビューでもしようかな?
あっ!
かばんをふと見ると、後ろの方がぬれている。傘の外に出ていた部分が、ぬれてしまっている。防水ってわけじゃないけど、大事なものが入っているかといえば・・・財布でしょ、携帯は、ぬれてないところだからセーフでしょ、定期入れにポーチに・・・致命的なことではないか。
でも、このかばん、お気に入りなのに。しみにならなければいいけれど。今差している傘が、かばんに入れっぱなしだった、折りたたみの傘だから、あまり大きくなくて。
あぁ・・・、心まで寒くなってしまった。早く帰るに限るなぁ。買ったばかりのお気に入りのかばんが、ぬれるなんて・・・。早く乾かさなくちゃ。
すぅ・・・
今、私の前を誰かが横切っていった。
あれは・・・、まさか!
信じられないけれど、信じたい。そんな私が、無意識にその影を追っていった。
きっと、きっとそうだ。あれは、きっと、あの人に違いない。って、そう思いたい。そうよ、きっと、あの人よ。
確信がもてないのに、私は、その影を探した。
一瞬だけ、私の前に現れた、あの人・・・高梨さん。私の家の近所に住んでいるのかしら?模しそうだとしたら、なぜ、今まで偶然にでも逢えなかったの?
一瞬しか見なかった影を私は追い続けた。冷たい雨の中を。
辺りを見回してみても、もうすでにその影はなく、人気もなかった。だけど、諦めきれない。きっと、近くにいるはず。そう思うと、自然と足が動いていた。
高梨さん・・・、逢いたい。もう何年も逢っていないけれど、すごく逢いたい。
その気持ちだけが、私を動かしていた。早く家に帰ろうとしていた私を、家に帰さなかった。
どこに行っても、誰もいない。影すらない。
「高梨さん!」
雨で声がかき消されながらも、呼んでみた。もちろん、返事はない。ただ、雨音だけが、こだまするだけだ。
もう、どこかへ行ってしまったの?
諦めかけたけれど、これを逃したら、本当に一生逢えないかも知れない。そう思うと、また、自然と足が動いた。
かばんがぬれていることも忘れ、一心不乱に高梨さんを探し続けた。路地裏も、公園も、近場は、探し尽くした。
それでも、高梨さんの姿はなかった。
ザーッ
大きな雨音に、ふと我に帰った。
もう、諦めるべきなんだ。そうだ、もう帰ろう。
やっと、冷静な自分になれた。本当に、冷静なのかはわからないけれど。そこには、落胆した自分が、いた。
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