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忘れ得ぬ人 作者:愛田雅

第33回  
ブルルッ

うぅ・・・、寒い。雨が降る中、夜遅く、女が一人で家へと帰るって、文章にしただけでも、寒くなる。自分で自分の首をしめてしまったなぁ。

最近は、朝と夜が寒くて、雨が降ると余計に寒く感じてしまう。雪にならなければ良いけど。早く家に帰って、暖まろう。温かいご馳走が、きっと私を待ってくれているはず。

手袋がないから、傘を持つ手が、とても寒い。左手と右手とでは、温かさが随分違う。傘を持っている右手は、とても冷たくて、氷のよう。指先も赤くなっているし。それに比べて、左手はポケットに入れているから、ぽかぽかしている。本当は、よくないことなんだけど。

明日から、手袋デビューでもしようかな?

あっ!

かばんをふと見ると、後ろの方がぬれている。傘の外に出ていた部分が、ぬれてしまっている。防水ってわけじゃないけど、大事なものが入っているかといえば・・・財布でしょ、携帯は、ぬれてないところだからセーフでしょ、定期入れにポーチに・・・致命的なことではないか。

でも、このかばん、お気に入りなのに。しみにならなければいいけれど。今差している傘が、かばんに入れっぱなしだった、折りたたみの傘だから、あまり大きくなくて。

あぁ・・・、心まで寒くなってしまった。早く帰るに限るなぁ。買ったばかりのお気に入りのかばんが、ぬれるなんて・・・。早く乾かさなくちゃ。

すぅ・・・

今、私の前を誰かが横切っていった。

あれは・・・、まさか!

信じられないけれど、信じたい。そんな私が、無意識にその影を追っていった。

きっと、きっとそうだ。あれは、きっと、あの人に違いない。って、そう思いたい。そうよ、きっと、あの人よ。

確信がもてないのに、私は、その影を探した。

一瞬だけ、私の前に現れた、あの人・・・高梨さん。私の家の近所に住んでいるのかしら?模しそうだとしたら、なぜ、今まで偶然にでも逢えなかったの?

一瞬しか見なかった影を私は追い続けた。冷たい雨の中を。

辺りを見回してみても、もうすでにその影はなく、人気もなかった。だけど、諦めきれない。きっと、近くにいるはず。そう思うと、自然と足が動いていた。

高梨さん・・・、逢いたい。もう何年も逢っていないけれど、すごく逢いたい。

その気持ちだけが、私を動かしていた。早く家に帰ろうとしていた私を、家に帰さなかった。

どこに行っても、誰もいない。影すらない。

「高梨さん!」

雨で声がかき消されながらも、呼んでみた。もちろん、返事はない。ただ、雨音だけが、こだまするだけだ。

もう、どこかへ行ってしまったの?

諦めかけたけれど、これを逃したら、本当に一生逢えないかも知れない。そう思うと、また、自然と足が動いた。

かばんがぬれていることも忘れ、一心不乱に高梨さんを探し続けた。路地裏も、公園も、近場は、探し尽くした。

それでも、高梨さんの姿はなかった。

ザーッ

大きな雨音に、ふと我に帰った。

もう、諦めるべきなんだ。そうだ、もう帰ろう。

やっと、冷静な自分になれた。本当に、冷静なのかはわからないけれど。そこには、落胆した自分が、いた。

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Novel Editor