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12-ケンカ 作者:夏麻

第1回   12-ケンカ(木島 美夏×菅原 卓也)

 どんなにお互い必要な存在でもたまには要らなくなる。
 邪魔になって棄てようかと思う時もある…でも、後で気が付くんだ。やっぱり大切なんだ、と。


「うるさいな、卓也のそーゆうシツコイ所いやなの!!」
 久しぶりに怒鳴ってしまった相手は、あたしの最愛の恋人だった。
お互い好きで付き合ったのに、月に一回はどちらかが必ず怒りを表わす。…此処2、3ヶ月あたしの番は回ってきてなかったのに。
 言い過ぎた、と気が付き我に返る…がこういう時の彼は撤回させる時間は寸分もくれないのだ。
「あーそうかよ。俺もうんざりだ。」
 彼の怒鳴り声が辺りに散らばる。こうなってしまえば、もう終わりだ。
今日の所は仲直りも、続きのケンカさえせず、そこで打ち切り。あたしの予想では、このケンカを放棄するのはあたしで…
「〜あたしだって!!…今日はもう帰る。」
 怒ったあたしが フンッ と顔を歪め、先を歩き始める。その後ろをバツの悪そうな顔でついてくる彼…これがいつもの情景だ。
「俺も今日は帰るわ。」
 彼の気配が、あたしの後方から消えた。「〜え?」
いつもなら、嫌な雰囲気が流れてる中…それでも彼はあたしの後ろをついてくる。
夜道が心配だから…と、バカみたいにまるで忠犬ハチ公気取り。
何で…今日は来ないの?
 不安が一気に溢れ出てきた。
さっきまで怒ってた、あの感情は既に消え去っていて今頭の中に何度も浮かぶ文字は『別れ』の二文字。
 『嫌』と言っても、『ウンザリ』と言われても絶対に別れなんて存在する事は無いと過信していた。
 だけど…別れなんて自分で考えている事よりもあっけなく来るのかもしれない。
急に不安が涙となって瞳から零れた。
「たく…やぁ。」
 ズル…という音と共に、あたしは思いっきり鼻水を吸い上げた。
「ゴメンね…別れたくないよぉ。」
 たかがケンカぐらいで、何て思うかも知れないけど…あたしにとってはやっぱり別れは未だ早すぎるんだ。
 何十回としているケンカに、初めて恐怖を感じた。
「だーれが別れるんだよ。」
 後方から、ぶっきらぼうな言葉。涙でボロボロの顔を見られたくなくて、あたしは振り返る事は出来なかった。
「美夏がしつこいっつーから今日は帰ろうとしたのに…何で泣いてるんだよ。」
 ポンッ…頭に置かれた手が、ゆっくりと撫でるのが分かった。
急な彼の優しさに、悔しくも口から小さな泣き声が漏れた。
「ほい、仲直りの粗品。」
 そう言って差し出された彼の右手は、しっかりと棒のついた飴を持っていた。
あたしは震える手でそれを受け取る。
「〜ごめんね、卓也。」
 情けない声で、彼への謝罪を零した。
「はいはい、俺もゴメンな。」
 彼よりもずっとずっと子どものあたしを、上手にあやして涙を止めさせる。
その彼の黄金の右手を、一生離したくないって…心の底から思った。
この気持ちを思い出すためのケンカなら良いかな。…なんて、まだそんな甘い事を思っていたり、する。
 このことは、彼には秘密だよ。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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