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真夏の幻影 作者:真樹

第3回   真夏の幻影(3)
真夏の幻影(3)

でも、ホテルに戻ると今日は誰もキャンプ場には泊まっていないって言うんだ。
そりゃそうかもしれない。
道が寸断されて、誰もここへは来れないはずなのだし、まして、バイクで来れようはずは
なかったんだ。

それで、従業員と一緒に無断で宿泊をしていると思われるバイクの男性の所へ向った。
夕暮れになってしまっていたので、懐中電灯で照らすとテントは確かにそこにあってね。
「あっ、本当だ。無断宿泊ですね」
従業員は宿泊台帳を持ってきていたんで、彼のテントの前で宿泊帳に名前を書いてもらっ
たんだ。
「すみません。あのホテルでここを管理しているなんて思いもしなかったもんで誰もいな
いし明日にはちゃんと料金を支払うつもりでいたんですよ」
と、彼は頭をペコペコと下げ早朝に出発するからと、料金をその場で支払った。
でも、道は寸断されていてバイクは通れないはずなんだ。

「おかしいですね。あの男。バイクでどうやってここへ来たんでしょうね」
夜にもう一度、見回りに行ってみましょう。
わたしも、ホテルに戻ってから、食事をして彼が何かを食べているかと少量の食事などを
あげようと、パックにカレーライスを詰めて見回りに行ったんだよ。

「まさか、男性はそこにいなかったとかですか」と、女子大生が男の話に疑問を投げかけ
た。
「いや、彼はそこにいたんだ。それで、カレーライスをあげると、ちゃんとそれも食べて
いろいろ話もしたんだよ」
「佐渡には何をしに来たんだね」と問いかけると、彼は言った。
「探しモノがありましてね。あちこちを探し回っているんですよ」と、言うんだ。

ホテルから懐中電灯の光がこちらに向って来ていた。
まだ、それほど確信にせまった話をしているわけでもないが、女子大生の間に悲鳴が聞か
れた。
「なんだか、怖くなってきたわ」
「おいおい、まだ、怖い話はしていないよ。これからこれから」と、男性は言った。
丘から遊歩道があり、日中には大勢の小学生が食事をした作り付けのテーブルと椅子があ
る場所から光はこちらに向って来ていた。

バイクの男性は早朝に出発すると言っていた。
朝の6時頃、バイクのエンジンのかかる音がしたんで、わたしはホテルからこの場所にや
ってきたんだ。
バイクの青年は、大きな声でわたしに挨拶をして言った。
「あっ、昨日のカレーライス本当に美味しかったです。ご馳走さまでした。それじゃー、
僕は探しモノにでかけますんで」
「気をつけて行くんだよ。その先は道が寸断しているからね」
「そうですか、岩を超えて行かないとならないかな。アハハハ」と、彼はふざけたように
笑って言った。
バイクはその坂を下って行ったんだよ。
この先は海岸で遊歩道があるんだ。
寸断されている道はこの上でね。
なるほど、海岸線をやってきたんだ。
と、その時分かった。
「あっ、そうですか、道は他にあったんですね」
「その道って言うのは、贄の河原に続いている道でね」
「これを見てください」と、急に声がしたんで、女性達の悲鳴が上がった。

ホテルの従業員が台帳を持って見せに来ていたのだった。
これが、心霊スポットガイドの佐渡の贄の河原で石を拾った男性3人の名前です。
懐中電灯でその場所を見せてもらった。
台帳には岡村岩雄とある。
男性3人の中の最後まで石を持っていた男性の名が岡村岩雄だった。

「えっ、そのバイクの男性がその人だったんですか」
わたしは遊歩道に向ったとばかり思ってバイクの後を追いかけたんですよ。
ところが、バイクのタイヤの後は砂浜へ向って一直線に走っていましてね。
わたしは、そんな馬鹿なと、思ってその轍を一生懸命に追いかけていったんですよ。
気づくと、轍はきゅうに途切れていましてね。
前を見ても後を見ても、バイクがUタウンした形跡はまったくなかったんです。
そう言った後、少しの沈黙が続いていた。
焚き火の薪がパチパチと音を立てているだけだった。

台風は時速20km/hのゆっくりしたスピードで依然勢力を保ったまま北北東に進んで
いた。
中心気圧955ヘクトパスカル最大瞬間風速60m/sのままで、沖縄で1人九州では2
人の犠牲者を出していた。
店先のシャッターが風にあおられ吹き飛ばされ、土砂崩れも数カ所おこしていた。
風も雨も両方を兼ね備え、スピードがゆっくりなため長居をする雨風を堪えなければなら
なかった。

遠く離れている佐渡ヶ島までその影響があった。
台風の雲は日本列島を多い尽くす様に広がり、生暖かい風を送っていた。
「皆さん、今夜はまだ台風の影響は少ないようですけが、明日・明後日に台風はやって来
るでしょうから、もし、宿泊を希望される場合、ホテルに空きがありますので、この台帳
に記入しておいてくださいませ」
と、従業員は問題の台帳を置いてホテルへ戻って行った。

月明りの空は地上の闇を照らしていたが、雲が早く流れ不気味だ。
焚き火に照らされた数十人の顔が凍り付いていた。
台帳に名前を記入するものはいなかった。
その場所にいる全員、明朝にはキャンプ地を離れ佐渡から帰る事にしているようだ。
「全員、今日でお別れのようだね」
中年の一人が台帳を持ち、話始めた。

【嵐の海】
「あの晩、わたし達は佐渡から新潟に向う連絡船に乗る予定だったんです」
「ジェットホイールじゃなくてですか」と、梅とまっちゃんの声がした。
「そうか、連絡船ってまだ運行されているんですね」
「それほど急いでいるわけでもないから、のんびりと海を渡る時などは連絡船をいまでも
使っているよ。数年に一度、佐渡に来る人達と違ってわたし達には日常の事ですからね」

中年の男性の一人は、佐渡の人らしかった。
でも、海がいつもと違う感じがしたので、一便遅らせる事にしたそうだ。
「ほんとうに乗らないんですね」
「ああ、次の便で行くよ」
「変だなぁー何かありましたか」
「いや、何もないけど、ただ、気が進まないんだ」

友人は台風が来る前に新潟に渡ってしまった方がいいと考えていた。
だから、一便遅らせると言うわたしの提案に乗らなかった。
友人の乗った便が出港して、10分も経たないと言うのに、次の便の欠航が決まった。

わたしは、港の人に理由を聞いた。
「それが、台風のスピードが急激に速まって佐渡に向ってきているんですよ」
「今でた便はどうなる」
「引き返して来るかと思いますけど……」
と、なぜかいい返事をしない。

【海坊主】
佐渡汽船の遭難事故の記事が乗ったのは、翌日の新聞の事だった。
たかだかの距離なのだが、嵐の海は人知を遥に越えたところにあったと言える。
その新聞を読みながら、わたしは町の食堂で飯を食べていた。

「おたく、どうしてあの船に乗らなかったのかね」
漁師にそう尋ねられた時、わたしは話しをするべきか迷っていた。
そんな事を言っても信じてもらえない気がした。
でも、愛想のいいオヤジだったの言ってみた。
「船の舳先に変な奴がしがみ付いていたんですよ」
「そいつぁー、海坊主だ」
「えっ」
「漁師仲間でも何人もそいつを見た奴がいる。そいつに取り付かれたら船は必ず沈むって
な。あんたそいつに気が付いてよかったよ」
わたしは、飲みかけの酒をグビリと飲んで、その話しをしてよかったものか考えていた。

「おたく、海坊主の事をもっと早く言ってやれば、もっと沢山の人が助かったのに……」
そう、漁師に言われそうで怖くなったのだ。
ところが、漁師は違う事を言った。
「その話しはもう誰にも言うなよ。あんたの命があぶねー」

そう言われたのだ。
「おじさん、今、海坊主の話しをしているじゃないですか」
「あれから、何十年も黙ってきたんだ。もう、よかろう」
ピシャッ、ピシャッと、びしょ濡れの足音が近づいてきた。

「まさか、海坊主」
暗がりの中に海岸から円陣を組んでいるキャンプ場に何やらが登って来る。
全員、そちらの方に注目していた。
外灯に照らされると、確かに坊主頭の大男がフラフラと登ってくるのだ。
「おじさんを殺しに来たの」
キャーっと、女子大生の悲鳴が上がった。

【百物語】
目はやけにギョロギョロしていて、鼻は穴だけが開いているようだ。
口からは無造作に牙が数本飛び出していた。
それらは、無規則に動き回りあれが牙だとは思えなかった。
身長はでかく、体は細くてさほどの力を持っているようには思えない。
フラフラした様子からも足元はおぼつかず、顔の恐ろしさから、体付きがややか細い。
キャンプ場の外灯に照らされ、円陣に近づいてくる海坊主。

信じる信じないと言う彼等の中から、海坊主を誰かの悪戯だと思った男性が立ちあがって
海坊主に近づいて行く。
「誰がやってんだか知らないけど、そんなの怖く無いぜ」
海坊主は黙って男の言葉を聞いている。

その後で、やはり男性数人のはしゃぐ声がした。
「あったぞ。あった。贄の河原がさぁー。そんで、石を持ってきた」
円陣の話は途切れたままだった。
蒸し暑い風が吹いて来る。
体から汗が吹き出して来そうな熱風だ。

「どうやら、妖気が集まり始めているようだ。ここまで離してしまっては百物語を語り続
ける必要があるようだ」
「まだ、怖い話しをしなければならないの」

妖怪、怪談、幽霊の話を百話しなければ、妖怪に取り殺されてしまうと言う百の縛だ。
耳無し法一の話のように、朝の日が刺し込むまでの時間内に物語を百話を語り続けなけれ
ばならないと言う。

あたりは霧が立ち込めてきていた。
立ち上がって円陣から離れて行く者もいた。
でも、夏の暑い夜は怪談に限ると、その先を聞きたい者達は怖いモノ見たさもあり、その
場を離れなかった。

何人目の語りなのか暗がりから囁く声は誰のものやら分からない。
ただ、それが女性の語りである事は声で分かった。

(つづく)

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Novel Editor by BS CGI Rental
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