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ふたりの回り道 作者:真樹

第2回   誤解
早希は数人の女子と授業の始まる前の休み時間に凄い剣幕で話しをしている。

「だいたいあの子いつだって遅刻ばっかりしていて朝練だってまともに来た事ないのよ」
「美優って宿題とかも、全然やってこないよ」
「あの子って、頭悪よ」
「そうそう、昔から胸の大きな子は頭悪いって言うし」
「男子って胸の大きな子にすぐ鼻の下伸ばしてなんだって言う事聞いちゃって、ほんとムカつくって感じ」「男子ってどうしてぶりっ子に弱いのかねぇー」そんな事を話していると美優が教室に入ってきた。すでに遅刻しているのにそれほどあわてた様子も無い。いつものように落ち着いて席に着き早希に「おはよ。宿題見せて」と言いう。早希は知らん顔を決め込んだ。

「宿題は自分でやるものよ」美優は立ち上がると小太郎の席まで言って何かを話してノートを借りて帰って来た。
「へへへ、ノート借りてきちゃった」遅刻して来た上、ちゃっかりと宿題を書き写している美優を怒り心頭で立ち上がって見下ろす早希。そこへ、先生が入ってきた。

「先生!槙原さんは宿題をやってきてません」早希は今ノートを書き写している美優を指差した。しかし、先生はこの指摘には耳を貸さずに言う。
「星野さん静かに。委員長さん、号令をかけて」
「はい、きりーつ!きょーつけ!れー!ちゃくせき!」それでも立ちっぱなしの早希に先生は「席について」と言いまだ宿題を書き写している美優をしかろうとしない。

「キー!!」と声にならない声をだし席に着いた早希。
「あっ、終った」とノートを返しに行く美優。それを、黙認する先生。
「先生、なんで美優が立って歩いているの注意しないんですか!」
「星野さん、大きな声を出さないで」と、また叱られた。授業の終った休み時間。早希達は、数人集まって授業の始まる前の事を話していた。

「なんで、先生は美優を叱らないの?」
「美優のフェロモンで神経細胞が破壊されているんだよ」
「先生も男だって事」
「それにしても水沢くんがノートを貸すなんて」早希はニコニコして話をしている美優に対して我慢の限界にいた。早希は美優にスタスタと近づき手を大きく振り上げた。そのまま、美優の頬をひっぱたく。

「きゃっ」と、弱弱しく美優は倒れこんだ。早希はそんなにおもいっきりひっぱたいた覚えは無かったが、教室は騒然となってしまった。
「早希が、美優をひっぱたいた!」
「早希!なんて事すんだー」
「槙原さん、大丈夫」
「ヒドイ事するなぁー」などと男子から罵声を浴びされる早希。もちろん、小太郎まで美優に同情している。一番最初に美優のところに駆け寄ってきたのは木下で、次に小太郎だった。

「怪我していない?」美優はメソメソと泣きまねをしている。男子は泣きまねを見抜く事はできない。早希は手を振り下ろしたままの体制で固まってしまっている。頭の中で「な、なんて子なの」と血が逆流していた。休み時間中、美優は男子に慰められ続け涙の出ていない目をハンカチで拭くマネをしている。そのハンカチがまたレースでできているときた。早希は自分のハンカチを取り出して美優のものと見比べた。早希のハンカチはただ白いだけの布。

「な、なんで、あそこまで男子を味方にできるの!」美優は早希に向かってあっかんべーをした。
「何よ!全然泣いてないくせに、みんな美優は泣きまねしているだけなんだ。私そんなに強くぶったんじゃないんだから!」男子は軽蔑の眼差を浴びせた。一番、ショックだったのは小太郎の一言。
「俺、暴力をふるう女の子は最低だと思うよ」早希にしてみたら、男子に媚びる美優の方が最低だった。足の指先から頭のてっぺんまでブルブルと震え出していた。次の授業の先生がやってきて、委員長の号令がかかり、美優を見た。なんと、ニコニコ顔をしているじゃなか。先生は美優を見ると鼻の下を伸ばしているように見えた。

「あの子ったら先生までフェロモンで操っているんだ」その日一日早希は怒っていた。放課後、もっと早希を怒らせる事があった。

「早希!聞いてよ。男子がクラスの女子の人気投票をしたらしいの。それで、美優が一番人気で、早希は最低だって!」
「ふん、男子の投票なんてどうでもいいわ」
「それがね。水沢くんも美優に入れたって!」それを聞いて早希はめまいがした。キリキリキリキリと怒りが沸いてきた。

「なんで、なんで、なんで!」

     *

放課後、部活で汗を流す早希。早希は、高飛びの助走に入っていた。今日はけっこうバーが高い。でも、ドンドン加速しバーに向かう早希。そして綺麗なフォームで背面飛びをする。長身でスリムな早希のフォームは超高校級だ。早希が女子の憧れの的なのはこの綺麗な体と並外れた運動神経のためかもしれない。

「星野さん。ステキ!」と、見ている女子達は、思わず立ち上がって手を叩いた。早希は女子からの人望もあり、女子陸上部のキャプテンとなるだろうと思われていた。陸上部は男子と女子の二つがあるのではなく、陸上部として同じクラブだった。しかし、男女を別々にした方がいいと陸上部が男子と女子となる際、女子のキャプテンを選出することになっていた。それに、男子からのクレームが入ったのだ。
「星野さんは乱暴で怒りっぽいから槙原さんの方が適任かと」それに対して女子の意見は「槙原さんは朝練に遅刻するし、授業態度も良くなく、星野さんとは仲が悪いのはみんな槙原さんがその原因を作っている」と言うのだ。男子からは「槙原さんの家庭の事情があるので遅刻するのはしかたがない。星野さんと仲が悪いのは星野さんの僻み根性で槙原さんに責任はない」とまっこうから対立した。陸上部の現キャプテンの小太郎は男女の間にできた亀裂をどうにかしなければと悩むのだった。そして、この会議の最後に部長として決断に迫られた。

「分ったよ。俺、早希と別れるから」
「えっ、会議の議題と関係ないじゃん」驚いたのは木下だった。
「俺が早希と付き合っているからこんな事になってしまっているんだと思うんだ。俺が早希と別れれば問題は解決するんじゃないかな」小太郎がそんな事をいいだしたから会議は中断した。男女に部活を分ける話はもうしばらくお預けとなりそうだ。

     *

そんな会議をしている時、グランドではトラックにハードルが並べられていた。その練習は女子のハードル走で準備運動をしてコースに付くのは美優他、女子数名だ。美優がスタートラインに腰を下ろすと、ツカツカと練習に参加するのは早希。部室の窓からそれを見ていた小太郎と木下は部室の扉からグランドへ向かった。

「すごい事になってきた。完全に早希ちゃんと美優ちゃんはライバルになったぞ」と、嬉しそうにはしゃぐ木下。
「ハードルは槙原さんは苦手な競技なんだ」
「早希ちゃんの方が勝つってこと、バンビの足を持つ早希ちゃんだもんな」女子達は固唾をのんで見守っていた。一年生の部員がスターターに位置して大声を上げる。

「位置について、よーい、スタート」の掛け声でいっせいにスタートした。バンビの足を持つ早希は綺麗なフォームでハードルをなんなく飛び越えて走り抜ける。ハードルを倒したりと後続の女子はまったく相手になっていない。

「やっぱり、実力からすると早希の方が上かもしれないな」と、女子キャプテンの可能性を持ち出す小太郎だ。
「でも、美優ちゃんも追いついてきているぞ」なんと、早希の後方にぴったりと美優がつけている。
「こりゃー、凄いよ。あんまり練習にでてこないのにいい勝負しているじゃん」早希が最後のハードルを飛び越えた。すぐに美優も飛び越えた。直線に入ってから、美優が追いつきだした。
「直線だと、美優ちゃんの威力発揮だな。美優ちゃんガンバレ!」木下は完全に美優を応援していた。そして、ゴールラインにふたり揃って入った。
「また、同着?」美優はニコニコして小太郎を見た。後から飛び入りした早希は「ふん」とそっぽを向きグランドを去っていく。

      *

次の日の朝。小太郎は家を出た。朝練にむかう登校時間はAM6:00。学校まで走って20分の道程。授業は、AM9:00。2時間ほどバッチリ練習できる。朝の空気は旨い、朝靄と小鳥のさえずりを聞いていると清々しい気持ちになる。今日も一日頑張ろうと思える。昨日、早希と美優のハードル走を思い出した。「槙原美優ちゃんが、ちゃんと朝練に出れるようになったらキャプテンを任せられるな」と、独り言を言う。女子には人気の高い早希だし、自分の彼女だからとひいきしているように思われそうと、感じている。小太郎は身体を徐々に温めるため軽いジョギングからリズミカルにスピードを上げた。朝靄のなかに人影が見えてきた。その人影は小太郎を見つけたのか近寄って来る様子だ。

「おはようございます」
「美優?」早希なら
「よー」と言ってくる。
「えへへ、そんなに驚かないでください。私だってたまには朝練でれますから」
「美優ちゃんって父子家庭だったんだよな。家事をしてから学校に来ているんだよね」
「そうなんですけど、あまり人に言わないでください。恥ずかしいですから」
「そんな恥ずかしがる事じゃないよ。両親が離婚するなんて最近じゃ多い事だし」
「でも、私ん家は離婚じゃ無くって死別ですから」
「えっ、ゴメン。お母さん、亡くなったんだ」美優は嘘をついた。母の不倫で離婚したなんて恥ずかしくて言えなかった。
「一緒に学校までジョギングしよう」
「はい」と小太郎と並んで学校へ向かう美優。ニコニコとほんとうに嬉しそうな笑顔を小太郎に見せる美優。フェロモンビームがモロに小太郎のハートを貫いていた。大きな胸の谷間も小太郎にしっかりと焼付けさせていた。

     *

ふたりはジョギングをしながらいろいろとおしゃべりをして学校まで到着した。校門から校庭のグランドを横切って陸上部の部室に鞄を置いて練習に入った。更衣室は男女別々だから手を振って別れユニフォームに着替え小太郎一人グランドに出た。グランドに美優はまだ出て来ていない。他の部員もまだ誰も来ていない。校庭は、サッカー部の連中が2・3人いるくらいだ。小太郎が自主練をしていると、美優は部室からグランドにでてきた。

「水沢くん、これ」スポーツドリンクをくれた。
「ありがとう。美優」オヤジスタイルでそれを飲み干すと。
「はい」とタオルを渡された。顔中汗でビッショリだったのとそのタオルが冷されたタオルだったのがとっても気持ちよく。

「あー、ありがとう」と小太郎は万面の笑みを浮かべた。それを見た美優が本当に嬉しそうに笑った。こんなシチュエーションの時に運悪く、早希が現れるのだ。

「楽しそうね」
「さ、早希…」
「美優とほんとうに仲がいいのね」皮肉たっぷり。
「早希」
「これって、不倫?」
「何言ってんだよ。早希」
「美優の母親は不倫で離婚したからこう言うのって得意なんだよね」
「お母さん亡くなったんじゃ…」
「違う違う、嘘よ。美優のお母さんはちゃんと生きているよ。自分の親をそう簡単に死んだことにしちゃ駄目だわ」
「美優、それほんと」美優はうつむいていた。
「私、美優とお母さんと一緒に歩いているところ最近見たわよ。美優のお母さんって夜のお仕事している人なんだよね。きっと、それで美優ったらフェロモンバリバリなのよ。血は争えないって言うじゃない」
「水沢くん。嘘ついてごめんなさい」美優はいたたまれなくなって逃げ出してしまった。
「馬鹿!」と小太郎は早希を叩いた。
「何で私を!」
「早希の今の顔はシンデレラの醜い姉の顔そのものだよ」
「シンデレラの姉ですって、じゃー、美優はシンデレラ?そうじゃないわ。美優は嘘つきの狼少年の少女版よ」
「俺、早希のこと見損なったよ」
「あー!もう、知らないわ。あの子は男子の前と女子の前じゃ全然態度が違う子なのよ。どうして、そんな事も分らないの?」
「分らないね。何か証拠でもあるんだったら出せよ」証拠と言われ早希は遅刻した理由を言った。
「証拠ならあるわよ。美優が、目覚まし時計の乾電池を古いのに入れ替えてたからよ。美優がいきなり遊びに来て、乾電池を入れ替えたのよ。指紋の鑑定でもしたらいっぱつで犯人が美優だって分るわ。目覚ましが鳴らなくても少しの遅刻で済んだのが、美優の誤算だったようね。私には分るのよ。あの子が私から小太郎を奪い取ろうとしていることが!」と、まくしたてた。

「バカバカしい。もう、朝練の時間は終わりだ」そう言い残し小太郎は教室に向かった。
「どうして、私の言う事を信じてくれないのよ!」教室にもどると、早希の隣の席は美優だ。美優は早希に言う。
「よくもあんな事を言ったな。あんたの人生滅茶苦茶にしてやるから!」美優の目から炎が見えた気がした。早希は美優がどんな事を考えているのか分らなかった。まさか、同級生の女子が本当に人生を滅茶苦茶にするようなマネをするとは考えも付かなかった。自分の母親の事を悪く言ったことも拍車を付けたのだが、母のいない家庭で自分の不幸と早希の幸せな家庭を比べるとその憎しみの対象が早希に向けられるのだった。

     *

放課後、早希は教室から出て部活に向かった。三階の階段を下りようとした時、誰かに突き飛ばされた。十数段、階下に転落した。後ろを見たが誰が押したのか顔を見る事はできなかった。そのまま、意識は無くなった。気が付いた時には病院に運ばれていた。両親が見舞いに来ていて心配そうに顔を覗き込んでいる。

「早希ちゃん」その呼びかけで気が付いた。
「私、どうしてここに?」
「階段から落ちたのよ」
「あっ、誰かに突き飛ばされたのよ」
「誰かって?」
「見ていない…」
「痛い、いたたた」
「早希ちゃん、足が骨折しているよ」
「えっ、陸上の大会がもうじきなのに…」
「残念だけど、大会にはでられそうも無いって先生が…」
「そんな!」
「早希ちゃん。まずはケガを治さないと」早希は美優の言葉を思い起こしていた「あんたの人生滅茶苦茶にしてやるから!」と美優が言った。

「美優だ。美優が私を突き飛ばしたんだ!美優しかいない」
「美優って、こないだ家に来たお友達?」
「美優は友達なんかじゃないよ」
「でも、あの子、そんな事する子には思えないけど…」
「あぁー、ママまであの子に騙されているの」
「だって、あの子ったら『若くて綺麗なお母様で羨ましいわ』とか言ってくれたし、そんな酷い事する子には全然見えないもの」
「みんな騙されているのよ」

     つづく

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Novel Editor by BS CGI Rental
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