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ふたりの回り道 作者:真樹

第1回   ふたりはライバル
星野早希  小太郎が好きな一途な女の子
槙原美優  複雑な家庭の早希から小太郎を奪おうとしている女の子
水沢小太郎 ふたりの所属する陸上部のキャプテン
木下有二  美優が好きな男子部員

      *

美優は早希の家に遊びに来ていた。早希の部屋は女の子らしく綺麗に片付いる。美優は突然やってきたので早希が急に綺麗にすることはできないから、いつも、整理整頓された部屋に違いない。それは早希の性格を現しているようだ。そして、机の上に写真立てが伏せてあった。それを手にして見ると、同級生の水沢小太郎の写真が写真立てに入っていた。美優は心臓の鼓動を早くさせた。

「水沢くんの写真…」その時に早希が階段を上って来る足音がしたから、あわてて写真立てを伏せたから、そこにあった目覚まし時計を床に落としてしまった。電池が外れ、コロコロとベットの下に転がっていく、美優は気付かれないように目覚まし時計をもとに戻そうとあわてて電池を拾って、目覚まし時計に電池を差込み、知らん顔をした。

「美優、何かした?」
「う〜ん。何も?」
「あっ!」

机の上に伏せてあった写真立てを早希は慌てて、引き出しに中に隠した。

「見た?」
「えっ?」
「見なかったんならいいけど…」

早希は小太郎と付き合っている事が美優にばれたってかまわないとは思ったが、美優が見なかったと言うし、写真の事はそこまでにしておいた。

美優と早希は、同じクラスの隣同士の席に座っているし、部活も同じ陸上部員だから、美優が急に遊びに来たからといって、何も変なことはない。普通に部活の帰りに一緒に帰って「今日、寄ってもいい?」と、理由を聞く必要も無い事のように思えた。

「あの子お友達?」と、急な友達の来訪に早希の母は、お菓子もないしと、困った調子だったが、美優は、「ちょっと寄っただけですぐに帰りますから」と、いつもの調子で、早希の母に「若くて綺麗なお母様で、羨ましいわ」とか、「まるで、ちょっと歳の離れた姉妹みたいっていわれませんか?」とか、調子のいいことを言って早希の母をその気にさせた。若いと言われて嬉しくなった、早希の母は、近所のケーキ屋さんにケーキを買いに行ってしまった。

早希は『あの子お友達?』と母に聞かれたとき、心の中で「友達じゃないよ」と言っていた。それでも美優は、ちょっとのはずが日暮れまでいてしまった。

「そろそろ帰る」と、美優が玄関に立つと、早希の父が帰宅した。早希がおねだりしていた洋服を父が買って帰ってきたようで、学校では見せない早希の嬉しい顔を、美優は見逃さなかった。実は美優は早希の家とはまったく逆方向で、帰りがけにちょっと寄ったという事ではなく、ずいぶんと回り道をした事になる。暮れかかる夕食時に、一家団らんの早希の家を後にして、美優は、目に涙を零すまいと長いまつげに、くい止めていた。

「早希……幸せそうね」

ゆっくりと、美優は我が家に向かって歩きだした。早希はベットに腰掛、机の中に隠した写真立ての写真を見て言う。

「小太郎。わたしは美優と仲良しになれそうもないよ」

ベットの下には美優が落とした目覚まし時計の乾電池が転がっていた。美優の入れた目覚まし時計の乾電池は古いモノだった。

     *

美優は家に帰って来た。鍵穴に鍵を入れ、ドアノブを回した。鍵が開いていた。

「あれ?お父さん帰って来てるのかな?」
「あ、美優、お帰り」
「ただいま…」

外は、すでに暗く、家々の窓に電灯が、次々と付く。

「さ、今日はお父さんが、夕ご飯の仕度をするから、テレビでも見てなさい」と父。
「一緒に、作ろう!買い物もしてきたんだね。お父さん」

美優は父娘の二人暮し。美優は部屋に戻って、机について、早希の部屋を思い出していた。女の子らしいカーテン。家具、ベット。そんなものに嫉妬などは、湧かなかった。一番、美優が、胸を締め付けられたのは、机の上にあった。写真立てだ。その写真に写っていたのは、同級生の男の子の水沢小太郎。水沢小太郎は、美優が入部している陸上部のキャプテンであり、密かに憧れている男の子でもある。そして、早希がその小太郎の写真を自分の机の上に飾っているってことが、どう言う事なのか、美優は一生懸命に考えていた。

「早希は、小太郎と付合っているんだろうか?」その写真のことを思い浮かべていた。
「付合っているんだったら一緒に写っているはずなのに、写っているのは、小太郎一人だけ」もっと写真の事を思い出していた。

「あの写真はいつ撮ったんだろう?」
「一年生の時の体育祭の時の写真?」
「一年生の時は、美優は早希とクラス違ったし、小太郎と早希は同じクラス」
「そうか、体育祭なら家族の人が写真を撮ってくれるかもしれないな」
「早希のお父さんとかお母さんが撮った写真なら、家族の人が見てもあの男の子の写真ってことで済むのかもしれない」と、美優は自問自答を繰り返して、一つの結論を付けた。

「小太郎に聞いてみよう」

     *

次の日の朝。美優は、早起きだ。5時にはもう朝ごはんの用意をしている。でも家事をあれこれとしてから学校に向かうので、早朝の部活になかなか参加できないでいた。その日は、父が美優のために家事を手伝ってくれていた。だから朝練に今日は遅刻しなかった。美優がなんで、朝練に遅刻するのか理由を知らない。更衣室で、早希とあった。

「美優。今日は遅刻しなかったのね」

朝練を欠かさない早希が言う。

「う、うん。」両親が離婚していて、父の朝食を作ったり、家事をしているなんて、どうしても言えなかった。早希みたいな幸せな家庭じゃないって、言ったところで自分が惨めになるだけ。ふたりが、話をしていると、男子更衣室のシャワールームから小太郎が、パンツ一丁と、タオルをかけただけで、何かを探して出てきたのに出っくわしてしまった。

「キャー」と叫ぶのは早希。美優は、いつも父があんなカッコウでうろついている時は、シャンプーとか石鹸を探している時だって直感して、小太郎に駆けよって、シャンプーと石鹸をとってやった。

「あ、ありがとう。助かったよ」と、顔を赤くしながら、逃げる様にシャワールームに戻って行く、小太郎。
「やっぱり!へへへ」美優は、ニッコリとした。

      *

授業も終り、部活もほとんどカリキュラムを終えた頃、部室の裏側に小太郎と早希が連れ立って向かうのを発見した。

「あっ、小太郎と早希だ」なんだか怪しいと思い影に隠れて成り行きを見守っている美優だった。
「ね。小太郎!なんであんな格好で出てきたの?」
「そんなこと言ったって…」
「恥ずかしいじゃないのよ」
「早希たちがいるなんて知らなかったから…」
「それに美優に馴れ馴れしいわ」
「妬いてんの?」
「あんな子としゃべらないで。こないだだって急にわたしン家に来て沢山ケーキとか食べて行ったわ」早希と小太郎は付き合っているようだ。それにあんな事まで言っている。美優はすごく悔しく思った。

「あんな子と仲良くしたら、もう別れるから」と、小太郎を一人残して去って行った。美優は、目の前が真っ暗になってしまった。
「早希があんな事を言うなんて信じれない」美優は、残された小太郎にぶつかる様に駆け寄って行って、「ごめんなさい」と、目を見つめて何も言えなかった。動転している小太郎も、美優の目を見つめて何も言えないでいた。

「美優、部活辞めます」それだけを言って逃げて帰った。

その後姿をただ呆然と見送るだけの小太郎だった。

     *

美優と早希は、机が隣同士。早希は長身でスリム。男勝りの勝気な女の子だ。美優は小柄でぽっちゃり型。美優も早希も陸上部の部員だった。ところが、小太郎のことでその仲がこじれてしまっていた。小太郎は、美優の退部を認めていなかった。退部の理由が自分だったから。早希と小太郎は、高校に入ってからずっと陸上部でもお互いに助け合い協力しあって一緒に努力して来た大事な友人だ。美優は、いつもニコニコしていて辛いとか、苦しいとか言わない頑張りやさん。一緒にいるだけで気が休まる存在だ。

その日、小太郎は一通りの練習を終え、グランドに座り込んで汗を拭いていた。早希も一汗かいてやって来た。隣りに崩れ落ちる様に座り込んできた。

「貸して!」と、いつもの様に何も考えずに小太郎の使っていたタオルで汗を拭く。
「なぁ、美優の事なんだけど…」
「なによ」
「仲直りできないの」
「ねぇー、小太郎って美優の事。好き?」
「そんな言い方する、早希って好きじゃないよ」
「ふん!」そう言うと早希は立ち上がって、部室へ戻っていった。
「まったく、女って何考えているんだか…」
小太郎には理解できなかった。

     *

小太郎と部活の仲間の木下は部室から校舎の裏に回ると校舎の裏庭で練習をしている美優を見つけた。

「あれ、美優ちゃんだよ」
「グランドじゃなくって、裏庭で練習?」
「みんなに見られてるとやりにくい事もあるんだろうね」
「女の子にはいろいろあるんだろうね」
「俺、美優って頑張り屋で好きなんだ」木下がそう言うと、小太郎がうなずいて言う。

「なんか陰があるけど芯が強そうで家庭的な感じもするし悪くは無いって思うよ」
「でもおまえには早希ちゃんがいるぜ」
「そ、そりゃそうだけど…」
「付き合っているんだから、浮気は駄目駄目」小太郎はシブシブな顔をして、美優を見ていた。

男子ふたりが練習を見ているのに気付かず美優は練習を続けている。

     *

数日後の朝練。早希は高飛びの助走に入っていた。けっこうバーが高い。でも、早希はドンドン加速して綺麗なフォームで平面飛びをする。長身な早希の身体は綺麗で超高校級な完璧なフォームでバーを越えていった。

「早希さん。すごい!」と、練習を見つめていた大勢の部員が、思わず手を叩いて喜んでいる。期待の超新人。陸上会のカリスマとも囁かれる早希だ。小太郎が早希の練習を見ながら汗を拭いていると、木下が隣に座ってきた。

「今朝も、美優ちゃんは来ていないのか?」
「あぁー」
「退部は認めないって言ったんだろう?」
「まあな。早希があんな事言ったからって、部活を辞める理由にはならないし」
「だいたい、小太郎が悪いんだしな」木下がその時、グランドの端に美優の姿を見つけた。

「小太郎、あれあれ、美優ちゃんじゃないか!」大喜びをする木下。100m走のラインについている早希を眺めながら、美優は近づいてくる。早希の他に6人がすでにスタートラインについていた。

「なんだろう。美優ちゃん、早希ちゃんと競争でもするつもりかな」早希の隣のスターターに足を掛け、一年生のスタートの合図をふたりで同時に見た。

「位置について、用意」腰を上げる。スタートラインについているのは、美優と早希を入れて全員で8人の女子。

「スタート!」100m競争が始まった。木下は美優を応援している。

「小太郎は、早希ちゃんを応援しろよ」ニヤニヤしながら言う木下だ。
「なんでだよ」と、少し怒り口調で小太郎が言う。
「あー、悪い悪い!お前ら危機だったな」
「おれは、美優ちゃんを選ぶけどな」木下がボソッと言う。
「家庭的で、優しいし、料理とか上手そうだし」女子8人がスタートを切った。見る見る早希がトップに踊り出た。続けて美優が後続の団子状態から早希をマークしていく。

「早い!早い!二人とも早い」小太郎は、木下のことも忘れてゴールラインの所に駆け出していた。そして、二人がゴールする位置に水平に順位を確認するべく姿勢を低くして凝視した。一年生の部員がストップウォッチを振り止める。グランドを蹴る足音が流れて行く。

「どっちだ!」
「ほとんど同着!」
「胸の差で美優ちゃんの勝ちだ」駆け寄ってきた木下の言葉に小太郎は絶句した。
「何処見てんだお前は!」
「確かに美優ちゃんの方が早希ちゃんより胸は大きいけど。早希ちゃんが小さいのかもしれないな。でも、胸の差で判定が決まることはないかぁー。あははぁー」そんな男子の会話を嫌そうに聞いている早希。美優はふたりに近寄る。

「ヘヘヘ!水沢くん。もう少し部活を続けることにしたわ」と、ステキな笑顔を見せる。
「なんて、ぶりっ子なの」キリキリする早希だ。ストップウォッチの針を美優に見せると小躍りした。確かに美優の自己ベストだ。

「やったな。凄いや美優!」小太郎は部長の立場で褒め称えた。
「嬉しい!」と、抱き着いてくる美優だ。火照った胸が小太郎の腕に当たる。美優の汗が生暖かい。それよりなにより柔らかかった。早希は、膝に両手を置き小太郎達のことを睨み付けていた。同着なら一緒に喜んでよさそうなものなのだが、それより、小太郎と話をする美優が憎らしくてしかたない。それも、胸の差だなんて、男子ふたりが言っている事が何より悔しくてしかたがない。

「ふん!あんたなんか大嫌い!」と、早希は更衣室に向かって行ってしまった。
「何怒ってんのかなぁー、早希ちゃん」と、首を傾げる木下。その日の放課後の練習もギクシャクしたままの早希と小太郎だった。小太郎は釈然としないままシャワールームから出ると、美優が待っていた。どうやら一緒に下校しようと待っているらしい。すでに、外は夕闇が迫ってきている。

「水沢くん!一緒に帰ろ!」と、いつも通り明るい。階段の横に置いておいたスポーツバックを美優は小太郎に手渡した。
「ありがとう」と、バックを受け取って校門に向かった。校門から出るまでうつむいて付いて来ていた美優が、小太郎の手を取ってきた。しばらくは、そのまま手を繋いで歩いていた。美優と手を繋ぐのは嬉しかった。早希のように美人じゃないけど、何かと気が付くし早希みたいにつんけんしないし、小柄なのが可愛いと思った。それから、長身の小太郎が上から覗くと胸が大きい。谷間が覗いていた。ゴクリと生唾を飲み込んでしまう。

「ねっ、水沢くん…あたしね」美優は何かを迷っているようだった。小太郎と美優が手を繋いで校門に向かうところを早希が立ちふさいだ。
「あっ、早希」ドキッとして美優が言う。
「それって、二人が付合っているって事?」握った手を指差す早希だった。
「あっ、これ!」飛び退くように手を振り払って離れる美優だ。
「どうしてなの!」ねじ寄る早希だ。
「わたしと付き合っているのに、何とか言いなさいよ!」不倫現場を見られてしまった、小太郎と美優の気持ちだ。早希は両目に涙をためていた。その涙を凝視する以外になにも言えないでいる。校舎から木下と男子たちがわいわい言いながら向かって来る。小太郎と美優、早希の3人を見つけるや、駆け寄ってくる。早希は踵を返して帰っていった。小太郎は、早希を追いかけたかったが、木下に呼び止められて機を失ってしまった。

「小太郎!女の子を泣かすなんて良くないな」
「うるさい!」
「良くない!良くない!」取り巻きが騒ぎたてる。
「行きましょう」と、歩き始める美優だ。

小太郎の気持ちは、それどころじゃなかった。一歩も前に進めないでいる。その気持ちを見透かしてか、美優が言う。

「やっぱり、早希のことが好きなのね」美優は駆け出した。
「さよなら、水沢くん!」今日はもう帰ろうと、美優は敗北感でいっぱいだった。早希から、小太郎を奪い取ろうと思ったのだが、人の心はそう容易く変えられないと分った。

        つづく

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Novel Editor by BS CGI Rental
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