(4)最終回 水平線の向う
辛いこと、苦しいこと、何もかもがうまくいかないこと。人間努力したらなんでもできる なんてそんなことはない。どんなに努力したって、どんなに苦労したって、どうにもなら ないことの方が、ずっと多い。
一度、失敗してしまった者にとっては、それを、取り戻すなんてことはできない。無くし てしまった恋も、亡くしてしまった恋人も、失くしてしまった夢も、取り戻すことは不可 能なことなのだと、加奈は海を見に来て思っていた。
車椅子に乗って一緒に海を見に来ている花菱勇気が隣にいる。海風が強く頬にあたる。ま だ夏には早い海には人気はあまりない。少し大きな声をださないと隣にいるのに話もよく 聞き取れないほどの風だ。
「加奈。僕も車椅子のままだけど、高校に行けることになったんだよ」 「えっ、どこの高校?」 「加奈と同じクラス…」
カモメの泣き声がうるさく、風も強いから語尾がしっかりと聞き取れなかったけど、勇気 が、加奈と同じクラスになると言っている。それに、加奈はすごく驚いていた。勇気は両 親と車でこの海岸にやってきた。加奈はいつものように自転車で時間の待ち合わせをして この海岸で、勇気の到着を待っていたのだ。
勇気が海岸にやってきてそろそろ一時間ほどが経とうとしている頃に、海岸をランニング している男性が加奈たちの方へ近寄ってきた。男性は大きく手を振っている。
それは、加奈を踏み切りから助け出してくれた大学生で、今度、加奈たちの学校に教育実 習でやってくる青年だった。加奈にとっては命の恩人でもあるわけだ。彼の名前は安田吉 兵と言う。さわやかな青年で、勇気の両親とも親しく話しをしていた。
* * *
そして、久しぶりに加奈や登校した。 「よう。自殺未遂少女なんだってな」 「今度、自殺する時は邪魔がはいらないように見張ってやるから、屋上から飛び降りるよ うな時は呼んでくれよ」 「電車に飛び込むんだったら、絶対にテストの日の朝に頼むぜ!」
そんな心無いからかいを受けだす加奈だった。加奈が自殺するほど悩んだりしたことなん か、虐めをする奴らには分らない。男子も女子もあまり加奈には優しく接してくれるもの はいないようだった。数日間はいやいやながらも、登校していた。花菱勇気がやって来る のだと、信じずっと待っていたのだが、勇気はやってこない。
実習生の大学生もやっぱり、やってこない。加奈は数日後から登校拒否をし、家に閉じこ もりぎみな生活に入っていった。 自室にこもり、膝を抱えテレビを見るでもなく、ずっと一日中何かを思いつめている事ば かりだった。
「勇気くんどうしたんだろう。病院に行ってみよう」 その日、加奈は学校ではなく、病院に行くことにした。勇気は退院しているはずなのだが 退院したら、連絡をくれるはずだったのだが、連絡もない。携帯にメールを送っても返信 が戻ってこなくなって数日が経過していたからだ。
加奈は面会の用紙を書くためにナースステーションによって、自分も顔見知りの看護婦を 探し声をかけた。
「あの、花菱さんは?」 「あっ!」
看護婦さんは、奥に逃げて入っていったように思えた。年配の看護婦さんがやってきて、 じっと加奈の目を見てから言った。
「気をしっかりと持って聞いてね」 「えっ?」 「花菱勇気くんは、一昨日の朝方に、お亡くなりになったんです」
加奈は耳を疑った。一緒の学校に通えると思っていたし、勇気の目は裕一の目なのだし、 目を移植して一月もしない内に亡くなってしまうなんて信じれるはずがないと。
加奈の目は宙を泳いでいた。 「それで、勇気くんのお葬式はいつやるんですか?どこで、やるんですか?勇気くんの家 を教えてください」 「ここに、メモがあってね。花菱さんはもし、あなたが訪ねてきたら、葬式の日時や場所 住所を教えないで欲しいと書いてあるの。ほんとうにごめんなさい」
加奈は看護婦さんの言う意味が理解できなかった。その足で、安田吉兵のアパートへ向っ た。 「生きるんだ。ぜったいに命を粗末にしちゃ駄目だ」と、言ってくれた安田になら、そん なことを相談できると思ったからだ。先日一緒に海岸に立って親しく話をした花菱勇気の 事だから、ぜったいに相談に乗ってくれると信じていた。
アパートに着くと彼の部屋はもぬけの殻。彼の部屋が一階であったから、窓から中が覗け たから、引越しをしてしまっていることは一目瞭然だった。 こうなると、加奈にはどうしようもできなくなってしまっていた。
カンカンカンカンカンカンと、うるさく鳴り続ける踏み切りの警報音が頭の中でなり始め ていた。でも、今度は邪魔されたくない。踏み切りに飛び込むのは駄目だと感じた。屋上 から飛び降りるのもクラスの虐めにあってそれがきっかけと思われるのも嫌だったから、 加奈は海へ行く事にした。
自転車でいつもの海岸に走っていった。やっぱり、風は強く吹いていた。 「バカヤロウーーー」 「みんな、死んじゃえーーーー」
加奈は靴を片方、蹴り飛ばし、もう片方も蹴り飛ばした。 そのまま、裸足で波間に駆けて入っていく。海の水は凍えるほど冷たく、すぐに胸のあた りまで波がかかって、すぐに足が届かなくなった。頭まで海水につかってしまった。
うねる海面に加奈の髪飾りが浮き上がってきた。
その日の夜に加奈の両親は警察に捜索願いを出したが、加奈の行方は分らなかった。 二日目の朝に加奈の靴が発見されたが、加奈の消息は手がかりすらなかった。海上を捜索 し始めたのは加奈が行方不明になってから二日目の昼からだった。その日は加奈を発見す ることはできず翌日に遺体で発見されるのだった。
安田吉兵は加奈が遺体で発見された事をニュースで聞いた。すぐに加奈の家におもむいた のだったが、両親は安田の焼香を断った。安田が加奈の学校へ実習生として来なかったの も加奈の自殺の原因だったからだ。
「せっかく助けてもらった命でしたが、申し訳ありません。あなたを責めるつもりはまっ たくありませんが、なぜ、学校に来られないようになったのでしょう?」 「わたしの父が亡くなりまして、教職から家業を継ぐ事になりまして…」 「いろいろと、事情がおありになるのですね。でも、わたしたちの娘は学校で虐めに合い まして、登校拒否までしてしまって、わたしたちには娘の命を守ることができなかったと 言う親失格なので、安田様を責めることなどできませんが、もう、何の関係もない方と思 い焼香はご遠慮ください」 「加奈の事はあなた様の記憶から完全に消してください。わたしたちのお願いです。」
加奈の両親は安田に深々と頭を下げた。安田はあの海岸に行った。
「馬鹿野郎ぉぉーーーー」と水平線に向って叫んだ。
(おわり)
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