■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

水平線に向かって 作者:真樹

第2回   第二話 涙の雨
■第二話 涙の雨

加奈は拓哉の事で泣かなかった。でも、高校に入学してすぐに新しい彼ができた。
彼は社会人で、酒屋さんで仕事をしていた。仕事が忙しく、たまに一緒に映画を見に行く
くらいしか遊べなかった。彼は働き者で、酒屋さんを継ぐつもりでいた。軽トラックに沢
山のビールや日本酒を乗せて配達に行く。がっしりした体格で頼りがいのある人。
軽トラックは信号で止まり、信号は青に変わった。配達先の地図をちらっと見た彼。次の
瞬間、信号無視をして来た大型のダンプが軽トラックを弾き飛ばしていた。

加奈はバイトでこの酒屋さんの店番をしていた。酒屋さんと言っても、店の作りはコンビ
ニそのもので、かわいらしいユニフォームの加奈はレジに立っていた。その時、彼の訃報
を聞かされたのだった。お店のご主人と奥さんは、血相を変えて病院に向かった。

「加奈ちゃん。申し訳ないけど、お店はこのまま営業するから、帰ってくるまでレジを頼
んだよ。他のバイトの人が来たら、裕一の死に顔を見に病院に来て」と、息子と付き合っ
ていることを知っているご主人が言った。付き合っている彼が事故で亡くなったと言うの
に駆けつける事ができないもどかしさが、加奈の心を締め付けていた。時間ばかりが、過
ぎ去っていく。

拓哉とあんな別れをして、次にできたバイト先で働く彼も亡くしてしまった。加奈が好き
になる人はなぜか加奈から離れていってしまう。お葬式の時も、親族ではない加奈は後ろ
の方でずっと立っていた。誰も裕一と付き合っていた彼女の事を気にかけてもくれない。
親戚の人たちが忙しく動いている時に立ち尽くしているだけの加奈。なんとも情けない。

「あの子、誰?」
「裕一が付き合っていたらしいよ」
「高校生?」
「なんだか、落ち込んじゃっているんじゃない?」
「将来の若奥様だったって、考えるとそりゃ落ち込むわね」

そんな言葉も加奈を傷つけた。喪服の加奈はいたたまれなくなり、親戚の座る席に向かっ
て深々とお辞儀をして、弔問を終え、帰る事にした。加奈は涙をこらえていた。拓哉と別
れた時だって、絶対に泣かなかった。フラフラと歩いて帰る加奈だった。

何もかも無くしてしまった。
愛も心も…望みも、大事な友人も。

ふと立ち止まると、踏み切りの前だった。カンカンカンカンと警報が鳴り出し、遮断機が
下りてくる。電車が警笛を鳴らしながら向かってくる。

「死んじゃおう、わたし」

加奈は、黄色と黒の竹竿をくぐり、踏み切りの中に入った。遮断機の前で待っていた数人
の人々の驚きの声が聞こえた。電車の窓の明りが物凄いスピードで走り過ぎていく。
「誰かー!誰かー!救急車を呼んでくれ」
加奈は自殺しようとして踏み切りに飛び込んだが、居合わせた男性に引っ張り出され、命
を取り留めていた。でも、電車に接触していたらしく、大怪我をしていた。救急車とパト
カーが赤色回転灯がチカチカしている。

病院に担ぎ込まれ、緊急手術が行われ、加奈の両親も駆けつけてきた。警察官に自殺未遂
であることを知らされ、助けてくれた男性にお礼を言ったりしていた。数時間が過ぎ、加
奈は病室で目を覚ました。ぼんやり、窓の外を眺めていた。

「あたしは、これからずっと一人で生きていかなきゃならないの」と、窓から見える星空
にそうささやいた。

「そんなことはないさ」
「だ、誰?」
「忘れたかい、僕だよ」
「ま、まさか!」
「一緒に行こう。こっちだよ」

彼は裕一だった。配達途中の酒屋さんの格好のままの裕一だ。頭にねじり鉢巻をして、濃
い紺の酒屋さんの前掛けをした格好。今、裕一のお通夜が行われている最中だ。加奈を迎
えに来ている裕一は、酒屋さんの格好から、タキシードに代わっていた。

「裕一さん。わたしもそっちの世界に一緒に行く」
「おいで、こっちに加奈も来てくれたら、寂しくないよ」

加奈は喪服を着ていたが、裕一と合わせるように、ドレスに代わっていた。まるで、新郎
新婦のようなふたりだ。一面が光輝き、真っ白な世界へと続いている。

「なんて眩しいのここ?」
「ここは光りの世界だからね」
「あたしも死んだのね」
「そうさ。ここは天国なんだからね」
「やっと本当の愛を手に入れたの、絶対に無くしたくないもの。裕一と一緒にわたしも行
くわ」
加奈と裕一は手と手を合わせた。しかし、どうしのか急に暗くなってきた。
「嫌!誰かが手を引いている感じがする」
誰かが遠くで呼んでいる。暗い世界から誰かの手が伸びて、加奈の手を握っている。
「加奈!加奈!!」
「加奈ちゃん!行っちゃ駄目よ」
その声は、加奈の両親の声だ。病院に駆けつけてきた両親は、手術が終って病室に寝かさ
れている加奈の手を握って呼び続けていたのだ。

「いや、いやだよ。帰りたくない。死なせて、死にたいよ。お父さん。お母さん…」

加奈は、いやいやをして、裕一にしがみついている。
明るい神々しい世界に、雨雲でもやってくるように、一粒、二粒と、雨が降ってきた。

「嫌!このまま、死なせて」
顔に雫が、雨がどんどん降って来る。
「死ぬな。死ぬな。加奈!俺の娘の加奈」
「誰?誰なの」
「お前の、お父さんだよ。お前の幸せな姿を見るまでは、お前を死なせはしない。一目で
いいから、お前のウェディング姿を見せてくれ」
「お父さんなの?」
「お母さんもここにいるわ」
「塩っぱいわ。この雨」

雨はどしゃぶりになって、加奈の顔を濡らしている。裕一もびっしょりに濡れていた。
タキシードは白から黒に変わっていた。光輝く世界は暗黒に変わっていた。びっしょりに
濡れた裕一も輝きを無くし、闇の中に吸い込まれていく。

「加奈、もう行かなくちゃならない。さよなら、加奈」

ポツリ、ポツリと加奈の頬を濡らすのは、両親の涙だった。
雨と思ったのは、涙だった。
「誰かがあたしの為に泣いている」
加奈をほんとうに愛し、加奈の事を心配しているのは両親だった。

目が醒めると病院にいた。
横を見てハッとした。
両親は加奈の手を握ったまま、うたた寝をしていた。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections