学校帰りのAIとYUIは並んで歩いていた。 後ろからベンツが追いつき、窓が開くとYUIに向かって声をかける初老の紳士の顔が見えた。 「結衣。今夜は早く帰るから、ママに言っておいてくれるかい」 「あっ、パパ。今日はお仕事早く終るのね」 AIは、そんな会話を聞きながら、YUIの事を考えていた。 大手企業の重役さんのお父さんがAIの目に映った。
そんなYUIにはボディーガードが必要なのじゃないだろうかと、AIは考えた。 お金持ちの令嬢は誘拐されて、身代金を要求されるのは、アメリカでは一般的な犯罪で、日本も治安が良いとは言えない世の中になってきたから、きっと、YUIのような少女は誘拐の危険がいつでもあるのだろうと、考えてしまう。
「ねぇー、AIったら何、ボケラーってしてんの?」 「えっ?」 「うちのパパかっこいいでしょう。YUIの自慢のパパなのよ」 「ほんと、かっこいいお父様」
YUIには悪いけど、AIのお父様はもっと、カッコイイの。 あまり、家にいないけど、頼りがいのある背中と、サラリーマンじゃ無くって、いつも何かを考え込んでいるような、ちょっと影のある横顔が最高。
何よりも、誘拐されて身代金を要求されるようなお金持ちではないって事が、一番いい。 もし、AIがYUIのような家柄に生まれていたとしたら、きっと、息が詰まって死んでしまっていると思うの。
YUIは家に帰れば、お稽古ごとが日替わりでまっていて、塾や教室をはしごしているって言う。 「わたしが、YUIだったら、ぜったいに家出しているって」と、いつもAIはYUIに心の中で叫んでいるだってば。 ふたりを残してベンツは走り去った。
「品川33の5080」 「AIったら何言ってるの」 「クセって奴。番号をすぐにひかえちゃうんだ」 「変。ぜったいに変。それって、中2の女の子のする事じゃないってば!!」
そうかなぁー。ドライブなんかしていると、お母様もお父様も、前や後ろを走っている車の番号を何気に口にしているから、AIにとって極自然な事で、何の不思議な点もなかった。 幼い頃の、AIにしてみたら、そんな両親がカッコ良く目に焼きついていたの。
「YUIって、うちの両親を見たことないから、そんな風に言うんだって、AIのお父様やお母様って、ほんとカックイーんだから」 AIはYUIに変と言われ、真っ赤になるほどむきになって、YUIに自分の両親を会わせたくなってきた。 AIは両親が何をしているのか、実際のところ分っていなかった。 数回、仕事場に連れて行かれたことがあった。 共働きの両親は、小さな頃のAIを事務所に連れて行き仕事をしていた事があった。 でも、中学生になったAIを事務所に連れて行く必要もなく、今ではほとんど仕事場にAIが行く事がなくなっていたけど、自宅から遠くない事務所だから、YUIを連れて行こうと思った。
閑静な住宅街の角地にオフィスビルが建っている。 ビルの一階はラーメン屋さんになっていて、ガラス張りの入り口から事務所に入る階段が丸見えになっている。AIが来たのを見つけたラーメン屋さんの奥さんが出てきた。 「あら、AIちゃん珍しい…」 「あっ、こんにちわ」 ラーメン屋さんの奥さんは小さな頃よくAIを預かってくれたので、よく知っていた。 「今、パパもママも留守じゃないかしら、さっき、一緒に出て行ったものね」 AIはせっかく連れて来たYUIの方を見ながらがっかりした表情をした。 「ごめんね。ふたりとも留守だって…」
「お友達?」 「同じクラスのYUIちゃん」 「はじめまして」 「まぁー、しっかりしたお嬢ちゃんだこと、ちゃんと挨拶できるんだ」 「そりゃそうよ。YUIちゃんは大手企業の重役のお嬢様なんだから」
AIのその言葉を店の奥にいた客が聞き漏らさなかった。 割り箸をぴしゃりとカウンターに置き、ふたりの少女の話に耳を傾けていた。 「お店に入って待ったらいいじゃない」 「う〜ん。YUIちゃんはお稽古ごとが家で待ってるから、事務所を見せたらすぐに帰る事にするって」 「そ、そうだね。お稽古ごとがいっぱいじゃ大変だ」 「それじゃー」
AIとYUIは事務所に入る階段を駆け上っていった。 店の奥の客はしゃがれた声で代金を置き後を追うように店から出て行った。 「何だね。あのお客ったら、ふたりを追いかけて出て行ったみたいだね」 「ま、まさか」 店の主人が言う。 奥さんが外を見た時にはもうお客の姿は無かった。 カウンターを拭きながら奥さんもちょうど食べ終わったのだろうと、ラーメン皿を片付けた。 灰皿にタバコが消されずに残っていたが、コップの水をかけて火を消した。 「吸わないんだったら、火をつけなきゃいいのに」 奥さんは、それ以上考える事はなかった。
事務所の入り口には、三上探偵事務所と書かれている。 それは、AIの名前が三上愛だと言うことだ。 「AIの苗字」 「当たり前じゃない。わたしの両親がやっている事務所だもん」 「探偵…」 「そうよ。わたしんちは探偵をしているんだ」 AIにとって、それは自慢だった。 探偵をしているってことがカッコ良く思えていたから。
でも、YUIはそれほど感動もなく。口をぽかんと開いている。 事務所の前で、きどっているAI。 しらけているYUI。 夢見る少女は探偵がどんな仕事なのかまったく理解していなかった。 得意になっているAIは事務所の中にある探偵の七つ道具などが、スパイ大作戦の秘密兵器のように思え、それも、YUIに見せたくなった。 ヘアピンを髪の毛から抜きとり、鍵穴に差し込むAI。 「何、何してんのよ」 「中に入るんだって」 「止めなってAIちゃん。それって、泥棒だよ」 「このまま、YUIを返すわけにはいかないってば、中もちょっとだけ見せてあげるってば」 「いいよ。そんなこと」
ちょっと、迷惑なYUIだが、そんなことに、おかまいなしのAI。 鍵を開けようとしているふたりを狙っている男の事にはまったく気付かない。 男は、ゆっくりとふたりに近づいていく。
|
|