小人の家
戦争終結後何も食べ物がないころの話です。 男は妻を戦争で亡くし、病弱な娘を連れて渡り歩いていた。 男も片腕を空爆で無くし、まともに働くことができない。 そんな父娘を長屋に住まわせてくれた。 足と動く片手で内職をして生計を立てていたがいつも食べるものが買えるわけでもなく、 娘は元気にはなれないでいた。
そんなある日、娘が39度もの高熱をだしてうなされだした。 娘は何かを言っている。 いったい何を言っているのか見当がつかない。 食べた物はみんな吐いてしまうし、まったく飲む事すらできない。
病院に連れて行こうにも男にはそんなお金は無い。 脱脂綿に水を含ませて口にあてがって水分を補給するのが精一杯で、日に日に衰えて行く のが目に見える。 もう、死を待っている状態なんじゃないか。
深夜になって、もう限界の気がしてお金も無いのに病院に連れて行った。 先生は男を叱りつけたが、助けて欲しいその気持ちだけで、何を言われても、じっと我慢 していた。
極度の脱水症状の上高熱が続いているのでそっちの方も心配だと言う。 点滴を打って安静にしていれば助かるだろうと言われ、ホットしているのも束の間。
また、何やら口走っている。
「こびとのおうち」 「小人の家?」 「いったい何の事だか」 「きっと、夢でも見ているんじゃないか?」
うなされて話す事に耳を傾けていた。
男の家は、長屋の真中で、隣りのオヤジは、酒飲みで年中怒鳴っている。 反対側の隣人も怒鳴っているオヤジにウルサイと、怒鳴る。 明日食べる米を買うにも米は売っていない。 戦争が何もかもを奪ってしまっていた。
娘はそんな長屋の押し入れの中に小人が住んでいるって言う。
「小人さん達がいなくなっちゃう」 「なにか食べ物をやらないと出て行っちゃう」 「ネルと、ミルと、ズルがいちゃう」
そんな事をずっと言っていた娘だったが、看病むなしく娘は、亡くなってしまった。 病院では、手をつくしたというが、あまりにも処置が遅すぎたと言う。 男は落胆した。
「俺が殺してしまったも同然だ!」
男は病院にはらうお金など持っていなかったが、男の落胆振りが尋常じゃなかったから、 病院側はそれ以上何も言えなかった。
空は雷雲に覆われ、突風と共に大粒の雨を降らせた。 雷が鳴り渡り大粒の雹がバラバラと振り撒かれた。
雷雨と雹に打たれながら男は長屋に帰って来た。 もう、ずぶ濡れになっているのにそのままでいる。 唇は紫色に変色し、ブルブルと震えだしていた。 だが、男は着替えるわけでもなくたった一つしかない押入れの襖を開けるのだった。
娘が言っていた押入の中の小人の家のことを思い出したからだ。 そっと、襖を開けて見ると5cmほどの玄関らしき扉がある。 その扉に向い男は言った。 「娘がお前等のことを死ぬまで心配していたんで、こいつでも食ってくれ」 と、ポケットの中からカビの生えたパンを取り出して、玄関の前に置いた。
襖を閉めながら様子と見ていた。 やっぱり、小人など出てこない。
仕事をするだけの丈夫な身体も持っていない。 娘を亡くした悲しみもあり、生きていく気力も無くなってしまった。
「いっそ首でも吊るか。」
鴨居に帯をかけ首を通した。 そして台から飛び降りた。 翌日の新聞に首吊り自殺の病弱な中年男の記事が載っていた。 娘の死がこの男の自殺の原因だろうと。 その記事は数行で終わり、誰の目にもとまらないほどの小さなものだった。
(おわり)
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