ラクダイ魔女
頭に鉢巻をし、パソコンの画面を睨みつけ冷や汗を書きながら、じっと動かない童話作家のアリンがいる。原稿を取りに来ている編集の人がいらつきながら待っている。時折、腕時計を見たり、頭を抱え貧乏ゆすりをしたりする。
「先生、占め切りなんですよ。今日が!」 「知ってるわ」 「知ってたら、仕上げておいてもらわないと」 「そんなこと言われたって…」
売れっ子童話作家として沢山の読者が連載を待っているって言うのに、まったく何も浮かばない。これを、スランプって言うのだろう。
ソファーに腰掛け壁にかかった絵を見た。 それは、魔法使いの小人達が、魔法を練習しているところを人間に見付かってしまうと言う、自分の書いた童話の挿絵だった。
「魔法使いかー、魔法使いだったらスランプも何も無しで、魔法で童話も書いちゃうんだろうなぁー」
そう思った瞬間、あたりに白いモヤがかかり、何もかもが止まってしまった。 カリンは気が動転していた。 「何、何、何が起こったの?」
その時、誰かがカリンの頭をデコボコした木の根っこの杖でポカリと叩いた。 その叩き方は、愛しげに優しくポカリと叩き、カリンはそれほど痛さは感じなかった。 どこから、叩かれたのか、キョロキョロと見回すと、自分の顔の前に電話帳ほどの大きさのお爺さんが飛んでいた。
「あんた誰?」
小さなお爺さんは、三角の帽子に真っ白な髭が胸より下まで生えて、高僧の着るローブをまとっている。見覚えがあるようなないような。
「あっ」と、壁の絵を見た。そこに描かれている魔法使いの小人達の先生。自分の書いた童話の登場人物の魔法使いの老人、その人だ。
「夢でもみているんだろうか?」 カリンは頬っぺたをつねってみた。 「痛たたたーー」 「まだ、分からんのか!」 「え?」 「お前が、魔法の国から人間界に来て童話作家をしていると聞いて様子を見に来たんだ」 「???」 「記憶がないのか?ホレ!お前の記憶だ。受け取れ!」と、老人が木の根っこでできた杖をふると、その杖の先から、シャボン玉がフワフワと浮いて、カリンの方へやってくる。
「何、このシャボン玉…」 シャボン玉は、フワフワとカリンの顔の周りを行ったり来たりしているうちにパチンと割れた。
「あっ、わたしったら……」 「思い出したかね。カリン」 「プサン先生!!」
カリンは、何もかもを思い出した。 自分が魔法の修行が嫌になって、人間界で童話作家として、気楽に暮したいと人間になったことまで、全部思い出したのでした。
「相変わらずだな」
先生にそう言われると恥ずかしくて穴があったら入りたくなる。 あれもダメ、これもダメって、何もかもがダメで、魔法の修行が大変だからって、逃げ出して人間になったんだった。
「本当にダメな奴」 と、杖で頭をコンコンと突っつかれた。 プサン先生の叩き方は、ダメな子ほど可愛いと言う叩き方で、愛情が溢れていた。
「先生、どうしようー、童話作家ってのも大変だし、魔法の修行も辛いし…」 「シャボン玉にでもなってみるか?フワフワと漂っていればいいだけじゃからな」 と、カリンが「いやっ」と、言うより前にプサン先生は杖を一振りした。
カリンは、一瞬のうちにフワフワと浮かぶシャボン玉に変えられてしまった。 虹色の綺麗な模様が、キラキラと輝くシャボン玉。 でも、割れてしまったら死んでしまう。 シャボン玉と言えども、ほんとうに大変。 落ち無い様に、気も抜けない。フワフワ浮いているだけってのも、疲れる。
「先生、助けてーー、割れたら死んじゃうわ」 「世の中楽な事なんか何も無いんだじゃよ。犬も猫もネズミでさえ大変なんじゃ。星も星なりに大変なんじゃよ」 先生は、また木の根っこの杖を一振りすると、シャボン玉は元のカリンの姿に戻された。
「あぁー、元に戻って良かった」 「魔法使いに戻る気にはならんかね?」 「あわわわ、人間界で童話を頑張って書きます」 そう言うと、プサン先生はニッコリと笑ってウンウンと頷く。 それは、優しく、愛しい者を見る笑顔だった。 カリンはそのまま何かに包まれるように目をつぶった。
「先生、先生、起きてくださいよ」と、言うのはさっきまで待っていた編集の人だ。 「あれ、寝ちゃったみたい。ゴメンして」 きっと、編集の人が怒鳴りちらすものと思って、うつむきながら、編集の人を見上げた。 ところが、編集の人は怒鳴るどころか、ニコニコ顔で、カリンに言う。
「先生、なかなかこの魔法使いのお話面白いですよ」 「えっ?」 カリンは夢を見ながら、童話を一編書き終えていたようだった。 「ちょっと、それ貸して」と、編集の人が持っていたプリントアウトした原稿を奪いとり読み返した。
「これって、わたしの事…」 と、カリンは心の中で叫んでいた。 顔はもう真っ赤になって恥ずかしくてしかたがない。 原稿をビリビリに破り捨てたくなった。 でも、そうされる前に編集の人がその原稿を奪い返していた。
「ダメですよ。この原稿は編集部に持って帰るんですから」と、さっさと帰っていった。 残されたカリンはもう死んでしまいたいくらい恥ずかしかった。 「あの童話が出版されたら、わたしの恥がみんなに知らされてしまうわ」 頭を抱えるカリンであった。
魔法使いだった時の記憶が戻って魔法が使えるようになっても、やっぱり、ラクダイ魔女はラクダイ魔女でした。 「プサン先生!助けてーー」
ラクダイ魔女カリンの叫び声がコダマするだけでした。
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