思い出しながらしゃべる純は時々、目を閉じた。 本当に本の中だけのことだと思っていたような現象が、自分に起こっていたのだということを、今更再確認するかのように。 話を終えて均実を見ると、彼女は腕を組んだまま床の一点をじっと見ている。 何かを考え込む時、彼女はいつもそうしていた。今も自分のした信じがたい話を、理解しようとしてくれているのだろう。 大事な親友だ。だがそれを自分は…… 「ごめんね、ヒト。」 純は顔を上げない均実にそう言った。 自分が均実をこちらの世界に連れてきたのだ。 まったく自分とは関係のない世界。自分が小さかったころ、強く帰りたいと望んだのは、今までと自分が存在している場所が違うという、漠然としてだが大きな不安があったからだ。 異世界にくるというのは、それだけで怖いことだと純は思っていた。 ゆっくり均実は顔をあげて、純の顔をみた。そして何かおかしかったのか、数瞬おいてから、噴き出すように小さく笑った。 「ヒト?」 「……純ちゃんの話を信じるなら、純ちゃんは私の命の恩人ってことでしょ? 何で謝るの?」 「え、だって……」 「あの時、雷に打たれて御陀仏するよりも、かなり面白い一年を私、こっちで過ごしたと思うよ。こちらにこれて良かったとも思う。いろんなことができたしね。 だから謝ることなんてないし、責任を感じる必要もないでしょ?」 さらりとそう言われ、純は何もいえなかった。 均実がこういう冷静な、というか第三者の目で物事を捉えるのは知っていたが、何でそんなこと言えるのか。 自分は日本に行ってしまったとき、どうしても、何度も帰りたいと思った。 だがここまであっさりと、こちらにこれて良かったなどといえるものだろうか。 呆然と均実の顔を見つめた。均実は笑みをそのままで……いや、もっと大きくした。 「あ〜、責任感じてたんだ。 やっぱりね。純ちゃん変なところで真面目だから。」 うんうんと頷きながらそういう均実を、純は信じられないように見ていた。 ……それだけなの? 自分の意思でないのに、そうしなかったら死んでいたとはいえ、無理矢理こちらの世界に連れて来られたのに。 「助けてくれてありがとう。ま、亮さんに拾われなくて路頭をさ迷ってたら、もしかすると純ちゃんを恨んだかも知んないけど? お腹減った〜って。 はは、純ちゃん。亮さんに感謝しなよ?」 「え、うん。」 純は呆気にとられつつも、そう答えた。 「……そんなことよりさ、亮さんの婚約者が純ちゃんだったなんて、凄い偶然だよね。この広い世界でまた会えるってだけでも確率的には零に近いだろうにさ。」 「う、うん。そうだね。」 どうやらそちらのほうが、均実は重大なことと考えているらしい。 そんなことって……。自分が異世界に来てしまったことは、本当にどうでもいいことなのだろうか。 自分が日本に言ったのは、止むを得ずとはいえ自分の意思だった。だから帰りたいと何度も思ったが、それは自分の責任だった。だが均実は違う。 『門』のことを話して、こちらに連れてきたのが自分であることを知れば、均実は怒るんじゃないか。恨まれても仕方ないと覚悟していた自分はなんだったのだろう。 だが均実はそこで表情を真剣なものに変えた。 一瞬だが、確かに部屋の中の音が消えた。 テレビの消音をしたみたいに、音だけが聞こえなくなったようだ。 お、怒るのかな…… 純は身構えたが、均実から発せられた問いはまったく違うものだった。 「その……本当に結婚するの?」 ……やっぱり怒ってなどいないようである。
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