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均しき絆 作者:奇伊都

第7回   戻ってこれた世界
[純の話]

 何から話したらいいのかな……。

 私ね。小さいころから次元の隙間っていったらいいのかな? そういうのが見えたの。

 ……あ、今ひいたでしょ。私も否定したいんだけどね。本当だからしょうがないよ。
 その次元の隙間――私は『門』って呼んでるんだけど、その『門』はね。ある条件を満たしてないと見えないの。
 その条件っていうのがね、生き物のすぐ近くっていうことと、その生き物が命に関わる危険にさらされてることの二つなんだ。
 条件が揃ったとき、何もなかったはずの空間が突然歪むんだ。それが『門』。
 日本ではあまり見なかった。そんな条件の場面なんて、滅多にみることないでしょ?
 だからヒトにもずっと言わなかったの。
 でもほら、日本でも神隠しとかってあるじゃない? 全部がそうだとは思わないけど、あれのいくつかはこの『門』に入っちゃったんだと思う。

 え、ああ。『門』に入るとね、違う場所に飛ばされちゃうんだ。命の危険がないところに。自分の命が助かるところに、ね。
 具体的にどこに行くかは、私もわかんないんだ。

 ならなんで、違う場所に、しかも命が助かる場所に飛ばされるのかを知ってるんだって思うでしょ?
 ……自分が昔、『門』にはいったことあるからなんだ。

 初めてこの『門』が見えたのは、六歳ぐらいのころだったかな。覚えてないだけで、多分もっと小さいころから見えてたんだろうけど、一番古い記憶はそれ。
 今でもよく覚えてる。
 庭で遊んでいた時に、翼を怪我した小鳥がいたの。まだ羽毛がふかふかしててね。たぶん巣から落ちたんじゃないかな。近寄ろうとしたとき、『門』が見えた。
 鳥は頼りなげに歩いてて、倒れこむみたいにその『門』にはいっていったんだ。で、一瞬にしてそこから姿が消えたの。間髪いれずにその小鳥が居たところに、迷い込んできてた犬がすごいスピードで走ってきた。
 小鳥にとっての命の危険はその犬だったんだね。
 それで私は陽凛に小鳥が『門』にはいったことをみたのを相談して、父上や母上にも私が『門』をみることができることを話した。それがこの能力を自覚した最初。
 そのころはまだ『門』の行き先は知らなかったけどね。

 最初は気味悪がられたけど、『門』が見える以外はかわったこともないし、父上は能力を秘密にすることにしたの。
 だからこの屋敷でも知ってるのは、その三人だけなんだ。

 そう、わかったと思うけど……私は日本人じゃない。この世界の人間なの。
 昔、この能力を自覚するぐらいまでこの屋敷に住んでた。……嘘じゃないよ。
 だから父上は本当に私の父上。拾われたわけじゃないんだ。

 ひどい熱がでて、何日もうなされてっていう病気にかかったことがあったの。
 私が日本に行ったきっかけは、それ。『門』の先が命の助かる場所なんだって知ったのも。
 私のすぐ側に『門』が見えたの。
 熱に朦朧としながら、私はその『門』に入った。
 熱で苦しくて、苦しくて。どこでもいい、そんな苦しさを感じない場所に行けるなら……って。
 一言だけでも誰かに言ってから入ったほうがいいとか、どこに行くんだろうとか、そういう考えは全然起きなかった。
 だから突然寝台から消えた私に、そのとき皆驚いたんだって。

 『門』の行き先は日本だった。最初はいったいどこなのかわからなかったよ。道端に倒れてたら警察にみつけられて、私は病気を治すために病院にいれられたの。
 その病気はこの世界では治療法はなかったけど、日本では簡単に治る病気だったみたい。
 ね? 命が助かる場所に、だったでしょ?
 それが治ったら孤児院にいれられた。日本に身寄りなんてなかったからね。
 名前も綬っていうのは日本ではおかしいからって、「ん」をつけて純って呼ばれた。でもその頃はそんな名前、自分じゃないってよく反発したなぁ……。

 その孤児院で考えて、考えぬいてでた結論なんだけど、私はこの『門』っていうのは、『生きる』か『死ぬ』かの選択なんだと思ってる。『門』に入れば『生きる』ことができるし、入らなければ『死ぬ』ことになるんだろうな。
 だって日本でも寿命じゃ『門』は見えなかったから。それは『生きる』っていう選択肢が、選べないってことなんだろうね。
 ……私以外、見える人はいないみたいだから、断定できないのはごめんね。『門』のことは、私もよくわからないんだ。
 ただ昔から見えたから、こういうのがあるんだっていうのは確か。そういうものだと思って。

 よくそんな小さい時に、しち難しいこと考えたなって思う?
 『門』についてのその結論を出すのに、孤児院の先生に何度も質問したんだ。質問するたびに変な顔したけど、断片的な手がかりになりそうなものは教えてくれたから。
 『門』が現れた小鳥の状況と私の状況との共通点とか、あの病気を治療せず放っておいたらどうなってたかとか。
 幸い日本では言葉が違うはずなのに通じたしね。まあ、その頃は日本ってことも知らなかったから、通じることに疑問なんて抱かなかったけど。
 う〜ん、多分あの『門』を通ると、とにかく『生きる』ことができるんじゃないかな? だから言葉が通じないっていうのは『生きる』ことができないってことになるのかも? 確かにどうしようもないもんね。

 こちらの世界のことを話したり、常識とかがないのは、高熱が何日も続いたせいで、記憶喪失になったんだろうって思われたみたい。
 そのうち私もこちらのことを言わなくなった。誰も信じてくれなかったからね。

 そうやって過ごしているうちに、孤児院から私はでていくことになった。
 私ね、養女だったんだ。日本では。
 孤児院で日本でのお父さんとお母さんに会って、ひきとってもらえたの。
 ヒトが知ってる私の両親は、私と血はつながってないんだ。

 黙っててごめんなさい……。でもきっと信じてもらえないし、この世界に帰ってくることができると思ってなかったから。

 日本に行って病気が治ってからは、ずっと帰りたいと思ってた。
 お父さんとお母さんがひきとってくれてからも、しばらくはそう思ってたかな。
 私にしてみれば、突然現れていきなり親と思えといってる知らないおじさんとおばさんだったから、ね。ここは私の場所じゃない、って言ってみたりしてよく困らせたよ。
 だからわざと車の前に飛び出してみたりしたこともある。『門』が見えれば、『門』に入れれば、帰れるんじゃないかと思ったから。……でもね、そんなことばかりしてて怪我をしたんだ。
 当たり前だよね。しないほうがおかしいもん。
 幸い軽傷で済んだんだよ。でも連絡をうけて、お父さんとお母さんが病院に来た時、初めて怒られた。そして凄い泣かれたの。
 「失わなくてよかった」って。
 そのあとね、教えられたんだ。私が日本に行く前、お父さんとお母さんには子供がいて、でもその子は交通事故で亡くなったんだって。
 そう言われたら、もう帰ろうなんて思えなくなっちゃった。
 ううん、思っちゃいけないんだって思った。

 その後かな? ヒトと会ったのは。
 日本で友達を作ったことに、お母さんはかなり喜んでくれた。それまでは友達をつくりもせずに、こちらに帰ろうとばかりしてたから。
 そうやって自分の子供と扱われることが、私もだんだん嬉しくなってきてた。
 実際にお母さんって呼びかけたとき……優しく抱きしめられた。
 お父さんって呼びかけたとき、嬉しそうに「なんだい?」っていわれた。
 単純なことだけど、たくさんのことが私の中に溜まっていって。でもそれが嫌ではなく、逆にとても温かいものになってたんだ。

 そうやって私が相川純になってから、気がつくと長い時間が過ぎていだ。

 ずっとこのまま日本で生きていくんだって、本当にそう思ってた。
 高校卒業したら、大学行って……ってね。

 でも違った。

 『門』はまた私の前に現れたの。
 ヒトと一緒にいた、あの時に。

 『門』がみえたとき、一瞬迷った。でも死にたくなかった。
 ここまで話せばわかっただろうけど、あの周りが真っ白になったとき、均実を押したのは私。『門』に向かって一緒に飛び込んだんだ。入らないと、死んじゃうことはわかっていたから。ほぼ反射的に。
 空がずっとゴロゴロいってたし、あそこに雷がおちたのかもね。
 一緒に『門』にはいったはずなのに、ヒトの姿はどこにもなかったのには焦ったよ。……本当に。きっと一緒のところに飛ばされると思ってたから。
 考えてみれば、自分が『門』に入ったこと自体一度しかなかったし、二人で入ればどうなるかなんてわかったものじゃなかったんだけどね。
 でもあの時は本当にそんな冷静に物事を考えてなんかいなかった。
 ただ、死にたくなかったんだ。

 でもまさかまた、ここに帰ってこれるとは思ってなかった。
 私が飛ばされたのはこの家の前。まるで長い夢をみてたみたいに、ただ呆然としちゃったなぁ。

 何も変わらない、時間だけが過ぎた世界に、戻ってきたんだ。
 浦島太郎みたいに……ね。


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Novel Editor by BS CGI Rental
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