二度目の劉備の訪問からしばらくして、積もった雪が消え始めたころ、亮は屋敷に帰ってきた。 晴天といっていいだろう。雪を降らす雲は空のどこにも見当たらなかった。 日差しも暖かくなってきていた。溶けた雪の狭間からは新緑も覗く。 帰って来たというのを悠円から聞いて、均実も門まで迎えにでた。 すでに純や甘海はそこにいた。遠くからやってくる亮の姿をみつけ、純は大きく手をふっていた。 それに手を振り返す亮は一人ではなかった。 彼が一緒に馬に乗せている子供がいる。まだまだ小さく、辺りの山々に覆われてしまいそうだが、それでも一生懸命背を伸ばしてこちらを見ているのが均実にもわかった。 それは養子として引き取ってきた喬という男の子だった。 「今日からは私の子だ。」 馬から下りた亮がそういい、喬も抱えて地面に下ろした。純が前にでると、喬は人見知りをするように亮の後ろに隠れようとした。 「かわいいっ。」 均実にそう言って、純は嬉しそうに笑う。 そしてぐっと亮の着物の裾を握っている喬の目線にあわせるように、純はかがんだ。 「こっちにおいで?」 そうやって純が言うと、喬は迷ったように亮を見上げた。 亮がそれに頷くと、たどたどしい足つきながらも喬は亮の影からでてきた。 純が両手を広げてやると、純のもとにおそるおそる近づいた。 「いらっしゃい、喬。待っていたわ。」 優しく喬の両肩に手をおくと、純は笑みを浮かべてそう言った。 「私は黄綬、字を月英。」 「かか……さま?」 「そう、よくできました。」 頭をなでられて、喬は一瞬驚いたようだが嬉しそうに笑った。 彼はきっと純の息子としてよくやっていけるだろう。 均実はその姿をみてそう思った。 「さあ、まだ寒い。屋敷に入ろう。」 亮が二人にそう言う。 純は頷くと、喬を抱き上げ……ようとした。 「うっ……と、結構重いね。」 持ち上がらなかった喬を、代わりに亮が抱き上げた。 それに純は笑いかける。 本当に夫婦そのものだった。 均実には、これが形だけの家族というのが不思議な気がした。 夫婦間には性交渉もないし、子供も本当は甥。 それでも、まあ……純が幸せならいいのかもしれない。 その光景は均実にそんなふうに思わせるほど、微笑ましいものだった。 「均実様。先生に話しかけないんですか?」 悠円が均実の横で不思議そうに声をかけてきた。 亮は喬を抱き上げたまま、甘海と話している。 「できたかい?」 「はい。ほぼ狂いはないと思われます。」 均実には何のことかわからなかった。 邪魔をするつもりはないし、特に話さなくちゃいけないことはない。 「ん〜……いいや。」 亮は馬を下りる前に均実を一瞥して微笑んだ。 とりあえず自分がここにいることはわかっているだろう。 喬が何かを言ったのに対して、微笑んでいる亮を後ろから見ながら屋敷に戻る。 その視線には気付かないように亮は純に話しかけた。 「留守中変わりは?」 「劉将軍がまた訪ねてきたけど……。」 「皇叔が……か。」 亮は喬を抱え直すと、そうつぶやいた。 「ねぇ亮。私にも抱かせて?」 純がそう言って、両手を出すと亮は苦笑した。 「落とさないようにね。」 「うん。」 喬も下手に動くと危ないと思っているのかじっとしていて、亮の腕から純の腕に渡された。 嬉しそうに純は微笑む。 「あったかぁい。」 新しいおもちゃをもらった子供みたい。 均実は喬を抱きしめる純を見て、そんなふうに思った。 純がそのまま喬を部屋に連れて行く。 亮は甘海と用事があるらしく、そこで純と別れた。 だから喬に気をとられていた純は気付かなかったし、その様子をみていた均実は気付いた。 一瞬目を閉じて、亮が深いため息をついたことを。
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