その日は雪が降る日だった。 均実が帰ってきた日のように、隆中の山や畑が真っ白に染まる。だが人々の体の末端は赤くなり、下手をすれば凍傷になるかもしれない。 そんな寒い日が二度目の劉備の訪問だった。 久しぶりに見たその大耳に、均実は苦笑いを見せた。常人より大きいはずのそれも、寒さで赤くなることが少し面白かった。 大きく立派だが、だからこそ血の巡りが悪いのかもしれない。 寒いだろうからと、とりあえず屋敷に招き入れたのだが劉備は辞退しようとした。 「すぐに済む。」 そういうが、立ち話はやはり失礼だろう。 何とか劉備は中に入ってくれることを了承させたが、張飛と関羽は外で待つといって中には入ってこなかった。 屋敷の中から彼らを一瞬だけみたが、張飛がすこし苛立っているように見えるぐらいで、特に寒そうにもしていない。この寒さ程度ではビクともしなさそうだ。 「今日は髭が生えているな。」 少し可笑しそうに劉備が言った。 関羽から聞いているのだろう。 均実は付け髭を触ってみた。 「変ですか?」 「言われなければ偽物だとはわからない。」 そういわれ、少しほっとしつつ母屋の一室に案内した。 家人に部屋を暖めてもらう。劉備もそれほど寒さを感じていないのか、普段と何ら振る舞いは変わらない。 「すみません。せっかく来ていただいたんですけど、亮さん。今出かけているんです。」 亮は均実が帰ってきていることを書簡をだしたので知っているはずだが、それでも養子の件がなかなか終わらないのか屋敷に戻ってきていなかった。 劉備は均実のその言葉に、首を振った。 「知っている。単福殿がそう言っていた。」 どうやら徐庶は新野に無事ついていたらしい。 なら何故来たのだろう。均実がそう思っていると、劉備は笑った。 「均実殿は臥竜先生とどういう関係なんだ?」 「は?」 「最初は妹なのかと思ったが、どうやら違うようだ。」 あ……劉備の前で亮さんを兄上って呼ぶの、思いっきり忘れてた。 均実はそう思いつつ、どうしようかと考えた。 どうやらそれを聞きに劉備は今回来たらしい。 庶は劉備に聞かれて、話していいものかわからないので、直接均実に聞いてくれといったのだという。 まあ何人かにはばれてしまっているが、一応秘密の話だ。こみいっているし、庶の対応もわからなくはない。 だがその庶の対応が、どうやらかなり劉備は気になって仕方がなかったらしい。 そのために、雪空なのでしぶる張飛すら新野からひっぱってでてきたのだ。行こうと決めたら天候ごときで覆さない、その意思の強さには感服する。 そこまでして来てもらっては、話さないわけにはいかないだろう。 均実の話を聞き、劉備は頷いた。 「亮さんの弟、諸葛均として仕官させていただくつもりだったんです。」 「なるほど……まったくややこしい限りだ。」 亮に拾われたこと、戦を見に行ったこと、その先で関羽に会ったこと…… いくらかは徽煉や甘夫人、そして関羽達に聞いて劉備は知っていたので、そういうことは略しながらもとりあえず話した。 均実は歴史を変えようと思っていることも。 「歴史を変える、か。」 劉備はにやっと笑った。 こういう表情は、偉い人のはずなのにどこか親しみを覚える。 「あの……」 気に障っただろうか。 そう均実は思ったのだが、それなら笑うはずがない。 「有意義な献策をしてくれるなら、こちらとて願ったり叶ったりだ。」 劉備はそういって、何度か頷いた。 「次は本当に臥竜先生に会えればいいな。」 隆中のことなどをしばらく話してから、劉備はあまり期待していないような声でそう言って、今日のところは帰っていった。 彼が言うには、こうやって自ら訪ねているという事実も、他の知識人を集める要因となるという。亮を何度も訪ねることが、劉備は人材を求め、それを丁重に扱うということを天下に知らしめるという効果があるのだ。 腹の中でどこまで先を読んでいくんだろう。 均実はそんなふうに思った。 だがこれが乱世における英雄のあるべき姿なのかもしれない。 その後、ほぼ入れ違うように承彦が屋敷にやってきた。 一瞬隠れようかと思ったが、そういうわけにもいかないだろう。 帰り道で劉備が会ったという話を、均実は承彦自身から聞いた。 「婿殿に間違えられそうになった。」 苦笑しながら肩に乗っている雪を払う承彦を、純は噴出すようにして笑っていた。 新野の様子などの土産話をすると、あっけないほどあっさりと承彦は帰っていった。もう縁談を勧める気はないようだ。 均実はそのことに安心していた。 「劉将軍はやっぱり三度ここに来ないと、亮には会えないんだね。」 承彦が帰った後、純はそう言ってまた笑った。 均実はその言葉で、純が『三顧の礼』は劉備が可哀想な話だといっていたのを思い出した。
|
|