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均しき絆 作者:奇伊都

第39回   あっという間に……

 見計らって、関羽は腕を振った。
 兵を進めさせる。
「父上。ほぼ制圧は済みました。」
 関平が馬を駆って近づいてきた。
 突然攻めてきた軍に驚き、城に残っていた者がだしたボヤも鎮火したという。
「そうか、ご苦労。兵を半数まとめ、先程の軍勢を追え。」
「はい。」
 きびきびと気持ちのいい声で答えると、関平は再び姿を消した。
 あっけなかった。
 さっき樊城から出て行った軍勢は、おそらく劉備の軍と衝突した奴らの援軍に向かったのだろう。樊城は空といっても良かった。呂兄弟はどちらも出払っていたため、ほぼ残党の兵は残っていなかったのだ。
 均実の読み通りになった。
 これであちらも挟み撃ち状態になる。あっという間に決着はつくだろう。
 さすがに前線に均実を置くわけにはいかないので、山中で待っているように言った。だが彼女がじっとしている自信は……自分にはない。
 急がねばな。
 苦笑しそうになりながら、関羽は周倉へ合流するように使いをだした。
 まさかここまで早く終わったのに、待てずにどこかに行ってしまったということはあるまい。
 本当に樊城を落とすのは、あっという間だったのだ。
「均実殿には軍師の才もありそうだ。」
 関羽が周倉に連れられてきた均実にそう言うと、彼女は笑って否定していた。
 樊城の民衆も落ち着いてきたようで、ここから逃げ出そうとしている者はもういなかった。
 それを確認してから関羽は均実と共に町の奥へ向かう。
 向かうべきところがあったのだ。部下に案内され一つの屋敷を訪ねると、中に招き入れられる。
 目の前には捕虜になっていた県令、劉泌がいた。県令というのは、郡より小さい行政区画である県を治める職のことである。
 劉泌はふくよかな頬をすこし青ざめさせている。せせこましさがどこか見て取れる。
 兄者と同族とは思えんな。
 不安げなその表情に関羽はそう思いつつ、もう樊城は無事であることを伝えた。
 大げさなほど劉泌は安心したようにため息をつき、関羽に礼をいう。
 それを辞退しようとしたときふと、劉泌の後ろにいる男に気付いた。
 若いが良い面構えだ。体つきも武人であることをよくあらわしていた。
 これは……この男の息子か?
 場所としては一緒にいるなら親族かと思ったのだが、どう考えても違う。全然似ていない。
 汗を拭きつつ劉泌は、その目線に気付いたのか「ああ」と言った。
「これは私の遠縁にあたります。寇封という者です。」
「封? 私の友人と同じ名ですね。」
 思わぬ偶然に均実が声をあげた。
 最近連絡がとれていないが、蔡封、つまり季邦はきっと襄陽にいるのだろう。
 均実が笑いかけると、寇封は緊張したように顔を強張らせた。
 彼にしてみれば世話になっている親戚が、ずっと窮地にたたされていたのだ。未だ緊張が抜けないのは仕方がないのかもしれない。
 じっと観察してみると、なんとなく顔や雰囲気も季邦に似ている気がする。
「なんだか懐かしいな……」
 均実は呟いた。
 隆中にいたころのように頻繁に均実への愚痴などが書かれた書簡がくることはなかった。季邦は劉備をあまりよく思っていない蔡家の人間だから、きっと劉備がいる新野に書簡をだすのは、一族の目が痛くてなかなかできなかったのだろう。
 そうしている間に関羽は均実のことを自分の客だと紹介し、部屋を一室借りられないかと聞いていた。
 わざわざ均実を連れて劉泌に会いにきたのはこのためである。
 劉備が来るまでは兵を率いている関羽が、町の治安に当たらなくてはいけない。
 必然と忙しくなるし、そんな彼の側にいるのは均実にとっても危ない。戦の前後が最も治安は悪くなるのだ。関羽の側にいるからと悪い輩に目をつけられては困る。
 そういうわけで、均実の仮の滞在場所を劉泌の屋敷内に求めたのだ。
 均実はすぐにここを発つつもりでいたのだが、それは関羽に止められた。戦のすぐ後は周囲も治安が悪くなる。一人旅はまずい。もうすこしだけ様子を見てから、出発したほうがいいという。
 隆中に帰る前に、格好を男装に戻さなくてはいけない。なので部屋を用意してもらえるのはどちらにせよありがたかった。
 そうやっているうちに、劉備の率いている軍が残党達を破ったという情報がはいってきた。
 首謀者である呂兄弟も討ち取ったという。
 均実はその話を聞いて、一度だけため息をついた。
 討ち取った、ということはつまり殺したということだろう。
 戦とはそういうものだ。すくなくとも兵を見逃しても将を見逃すことはできない。
 かならず死人が……犠牲がでるのだ。
 それを亮には望んでもらわなくてはいけない。
 酷なことだとわかっていても。
 ……話ぐらいなら、聞いてあげられる。
 均実はとにかく隆中に帰ろうと、自分の荷をまとめた。
 ここに劉備がくるのも時間の問題だろう。
 格好も着替えたし、これ以上ここにいる必要はない。
 早く隆中に帰りたかった。
「では後は玄徳殿にまかせるとして……」
 均実は男装に着替えた。ある工夫を施して。
「私も亮さんを説得してきますよ。」
 均実のその言葉に、関羽は妙な顔をしたが笑って送り出した。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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