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均しき絆 作者:奇伊都

第37回   樊城攻め

「樊城?」
「博望の残党だそうだ。」
 劉備はそう言った。関羽についてきた均実の姿を見て、一瞬戸惑ったような顔をしたが、何も言わなかった。
 正式な軍議の場ではない。均実のことを見知っている劉備と趙雲しか、その場にはいなかった。まぁそうでなければ、均実もついてはこなかったが。
 以前の博望での戦いの折、敵兵にあまり損害を加えないように戦った。その時本隊に合流できなかった残党が点々とばらけてしまった兵をかき集め、樊城を攻めとった上で、新野に攻めてこようとしているらしい。
 すでに樊城は彼らの手に落ちたところで、劉備のところにその情報が来た。
「子竜がこちらにきていたのが仇になったな。」
 劉備の横に趙雲が苦い顔をして立っている。
 彼は出産の祝いのために、新野にやってきていた。
 樊城の警備が手薄になっていたことは明白だった。
「策を練る暇がない。樊城には劉泌殿がいる。早く鎮めねばならん。」
 劉備と同じ、劉姓をもつ劉泌がいるというは問題だった。
 劉泌はこれも劉備と同じく、遠いが天子に繋がる血を持つと公言している。
 つまり漢王室の復興を掲げている劉備としては、対処が遅かったために劉泌が死にました。では困るのだ。
 樊城は均実も知っている。襄陽に近い土地……つまり隆中にも。
 まさか隆中に戦いが飛び火するとは思えないが、少し心にひっかかった。
「それほど苦しい戦いでもあるまい。後からわしもでるが、とにかく雲長ににうってでてもらい、勢いをくじいてもらいたい。」
 劉備はそう言った。
 大した数の残党ではない。どちらかというと指揮系統も乱れ、野盗に近いらしい。
 だがうまく樊城を落としたことで、士気が上がっている。
 それだけがネックだったのだ。
「……敵はこちらに向かってくるのですよね?」
 突然の均実の発言に、劉備は目を見張った。
 内容にではない。それはただの事実の確認だ。
 だがまるで参謀のような冷静な声に聞こえたのだ。
 しかし均実が徳操の門下にいたことを思い出し、そして単福とも友人だという。また以前劉備が袁譚への援軍を拒否したことを見抜いたことを考えると、彼女が現状を把握した上で何か発言しようとしていることがわかった。
 少し興味を覚えて、劉備は均実の次の言葉を待つ。
 簡易な地図を、しばらく均実は眺めてから言った。
「敵の後ろにまわって、樊城自体を攻めたほうがいいのではありませんか?」
 関羽も驚いて均実の発言を見守っている。
「定石ですが、正面からぶつかるより効果があると思います。
 それから劉泌殿の安全を考慮すれば、樊城自体を激戦の地にするわけにもいきません。樊城にいる敵兵をできるだけ減らしたほうがいい。
 ここは新野から玄徳殿が出られて彼らとぶつかり、樊城の兵力の大部分を外にださせ、別働隊として雲長殿が動いて樊城をとってしまえば……」
 間違いなく、それが最短でこの乱を鎮める策だった。
 普通にぶつかってもこちらが負けることはないだろう。
 だが素早く戦をおさめるには、直接相手の拠点を奪うのが都合がいい。
 相手は士気だけの集まりだ。敗戦となって頭さえとれば、自然と兵は散るだろう。
 その作戦は説明されればされるほど、いちいち理にかなっている。
 女にしておくのは勿体無いな。
 劉備はそう思いつつ、関羽に命じた。
 兵を連れ、残党に気付かれないように樊城近くまで行くように。
「あの……雲長殿。私も連れていってもらえませんか?」
 均実は任を受けた関羽に懇願した。
「お願いです。行軍の邪魔はしません。」
 落ち着かない。この新野にいても。
 ふと時間があけば、自分が考えても仕方がないというのに、亮の事を考えてしまう。
 今回の乱がなくても、じっとしているのは均実の性に合わない。
 本当ならもう隆中に帰っているはずなのだ。だが産後の甘夫人を気遣って、赤子が産まれたならすぐ帰りますとはいえなかったし、徽煉も許してくれなさそうだった。
 しかしもう我慢できない。
 樊城での戦いの火が隆中まで飛ばないかも気になる。
 隆中に、帰りたかった。
 関羽はその言葉に考え込む。
 いつかこう言い出すのではないかと思っていた。
 彼女の気がかりは隆中に違いない。隆中にいる者に……。
 自分にはこのまま連れて行かないことも、帰さないこともできる。
 だが関羽はわかっていた。彼女を束縛することが、自分にはできないことをわかっていたのだ。
 こんな不安そうな顔をしている均実の願いを、聞き届けないことなどできない。
 それが亮への気遣いだとしても……
 劉備のほうを向くと、彼は何もいわない。関羽にまかせるつもりだろう。
「では……共に行こう。」
 関羽の了承をうけることで、均実はようやくその表情を和らげた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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