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均しき絆 作者:奇伊都

第17回   不気味な平和

 曹操は劉備が荊州に逃げ込むと、追うことはせずに袁紹の方を攻め始めた。
 それは劉備がやってきたことによって、平和がすぐに破られることがなかったというのと同義だった。劉備は襄陽に屋敷をもらって、劉表からも兄弟と同様であると公言されるほど、厚遇されているという。
 だがそれが余計に……
「左将軍が気にかかりますか?」
 工作の手をとめた純の声が、亮の思考に割り込んだ。
 亮はそんな純に笑みをみせ、さっきまでの思考に続くはずだった言葉を発した。
「不気味ではあるな。」
 素直な感想だった。
 均実は襄陽に劉備を見にいった。そのとき劉表は、劉備と仲良く轡をならべて、城内を進んでいたという。
 鳥でさえ、一つの巣に二匹の主はいらない。必ず争いあう。
 劉表が劉備を重く用いれば、この荊州を乗っ取られ、用いなければ劉備は納得しないだろう。だが客将として位すら与えられない現状に甘んじ、沈黙を続けている劉備が今襄陽にいる。
 それは何か一つ、きっかけがあれば割れてしまうような脆い関係のように思えた。
 反客為主――客を反して主と為す。それをまさに劉備が望んでいるのだとしたら……
 だがそこへ飛び込んできた緊張感のない声で、再び亮の思考がとぎれた。
「純ちゃ〜ん……ちょっと助けて。」
 疲れたような声をあげて、均実が部屋に入ってきたのだ。
「どしたの?」
 手にもっていたカッターナイフをおくと、純は均実に訊ねはしたが、答えを聞く前に何となく状況を察したようで、噴き出すようにして笑った。
 均実の手の中にはグシャグシャになったメモ帳がいくつもあった。
 そのメモ帳は一応どれも正方形に近い形に切られている。……切り口というか破り口だが、それが真っ直ぐではない、不完全な正方形。
 ……書き損じでもしたのか?
 声にださず亮がそう考えていると、純は笑いながらそれを受け取った。
「何をつくろうとしたの?」
 なんと作品だったらしい。失敗しただけということで、はなからグシャグシャにするつもりだったわけではないようだ。
 よく見てみると、確かに……故意的に直線に折ろうとしている箇所が、見受けられなくもない。
 純はその紙を色んな角度から見たり、ゆっくりと開いたりしてからようやく顔をあげた。
「もしかして……あれかな?」
「うん。でも作り方が微妙な上、どうやってもグシャグシャになるんだよね。」
 均実の言葉に肩をすくめて少し呆れながら、それでも嬉しそうに純は笑っている。
 それが自分にできなかったことは、ちゃんと頼ってきてくれる親友を大切にしている証拠だと感じられて、亮はつい表情が緩まる。
 思わず微笑んでしまいそうになるのだ。彼女達が話しているのをみると、互いを尊重しているのがよくわかる。
『私には私しか出来ないことがあるはずだから。』
 良い関係だな。
 互いに理解しあい、よりかかっているわけでもなく、突き放しているわけでもない。
 以前の純の言葉を思い出し、亮がそう考えていると、純はグシャグシャの紙を机に置いた。
「作ってあげるよ。」
 そう言った純は均実からメモ帳をもらい、まず綺麗な正方形をつくり始めた。
 何をしようとしているのか亮にはわからなかったが、楽しそうな純を邪魔してやるのも悪いかと思って、ただそれを眺める。そしてふいにその目の前にいる均実に目がいった。
 ここに均実がきてからかなり経つ。顔つきも幼さがなくなってきて、何と言えばいいのか、線が前より滑らかになったように感じる。背はあまり伸びていないようだが、最初から十分高かったので自分と並んでもやはり兄弟で通った。
 視線に気付いたのか、均実が顔をあげてこちらをみた。目が合って均実が不思議そうにこちらをうかがったので、なんでもないというように亮はすこし笑って顔を振る。
 均実は何か言おうとするように口を開きかけたが、その時純に話しかけられて机のほうに目をむけた。
 それを見てから亮は顎に手をあてた。
 均実についての話を純としてから、亮は均実の行動をよく見ることにした。するとその行動が純の言うとおり、弱みをみせないように振舞っているように見えてきていた。
 一緒にいるときは、いつもこちらを気遣ってくれているのがわかる。今まで気付かなかったのが不思議なぐらい、亮の思考が暗い方向にいこうとすると必ずといっていいほど、均実は違う話題をふってきて亮を笑わせ、思考の方向をそらした。
 代わりに均実が考え込んでいる姿が、ふとした瞬間に見えた。だがそれも本当に一瞬で、話しかけようとするといつもの均実に戻る。
 ここ最近は畑仕事や薙刀だけでなく、より色んなことに挑戦しようとしているようだった。庭の木々を剪定したり、ときおり塾での友人とともに、近くの湖に釣りをしたり。
 そんな均実からは、やはり一度も「日本に帰りたい」という言葉を聞いたことがない。
 純はそれが均実なのだというが、なんとなく亮には寂しく感じられたのた。
 元直には言っているのだろうか。
 ふとそんなことを考えた。彼と均実が話し込んでいる姿をよく見かけた気がする。
「あ、そうやって折るのか。」
 そんな均実の声が亮は聞こえた。
 亮はメモが何かの形をつくりだしてきたのは目にはいっていたが、均実のことを考えていて、それが何なのか考えることまで頭は回らなかった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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