徳操の庵の書庫においてある、膨大な量の蔵書のうちのいくつかを取ってきて、均実は机の上に置いた。 そんな大きな音をさせておいたつもりはなかったが、それらと机との接触時にカタンッと響いたため、周囲の数人が顔をあげてこちらを確認したのが見えた。だがすぐにその顔も伏せられ、それぞれが読書にふけったり、雑談したりしている。 塾というのも、日本のものとは違い、教師がつきっきりで一から教えるものではない。徳操自身、塾として割り当てられているこの離れに顔をだすのは、多くても五日に一回ぐらいだろう。そのとき疑問に思ったことがあれば、徳操に聞いて学習を続ける。 この塾のシステムが徳操独自のものなのかは知らないが、どうしても聞きたいことがあれば五日を待たずに、母屋のほうにいる徳操を尋ねればいいので問題はないとは聞いた。だがその徳操も突然旅にでたりするので、とどのつまり自主性の問われる、悪く言えば放ってしまわれている塾だった。 基本的には学生の自習で、好きなだけ書庫のものを読んでいいといわれたので、図書館みたいなものだな、と均実は思っている。 ……よし、読むか。 書簡を一つとると、ゆっくり開いた。 なんとか頑張って勉強して、漢文でもなんとなくなら読めるようになっていたが、やはりいまだに漢字だらけの文章をみると、ゲンナリする。 今日は顔をだした徳操に聞き、読みやすい物を選んでもらってはいたが、やはり全て漢文だった。選ぶだけ選ぶと、徳操は他の塾生の質問に答えるため均実から離れた場所にいた。大抵のことは教えてくれるが、文の読み方を教えてくれるつもりはないらしい。 まあもうすでに一通り亮に習っているので、それについては聞くこともないのだが。 均実は折りたたんで持ってきていた数枚の紙を取り出した。 小さく漢文を読むときの注意点、留意点、エトセトラが自分の字で書かれている。 本当にメモ帳って便利だなぁ、と最近つくづく思う。あとボールペンがあって良かったとも。 やはり習字はすぐにできるものではなかった。書けることはかけるのだが、どうみても綺麗な字には見えない。それに比べてボールペンで書く字はなんと楽なことか。 筆では書けないような、メモ帳に書く細かい字もボールペンなら書けるため、小さな紙にたくさんのことが書けた。いわばカンペだった。 亮に教えてもらったことを書き留めているうちに、これは漢文を読むときの均実の必要アイテムになっていたのだ。 どうしても読み方を思い出せない箇所のことを書いた場所をその中から見つけて、均実は少しずつ読み進める。 こんな作業を繰り返しているのを徳操は確実にみていたが、やはり何も言わなかった。 ……そうだ。読み方同様、教えてくれないことがもう一つあったんだ。 そのことを思い出して、均実はふと手をとめた。 徳操が均実の人相を見た結果である。 何度聞いても、ニコニコを笑うだけで、結局はあの独特の口調ではぐらかされた。 別にもう徳操に対して、あの威圧感を感じることはなくなっていたし、均実もそれほど知りたいと思わない。よってもう最近は聞かなくなっていた。それを庶に話すと「せっかく水鏡先生に人相見をしてもらったのに、もったいない。」と言われたのだが、本人が教えるつもりがないのでは仕方ないだろう。 意識がそれたことに均実は気付いた。ややこしい漢文に現実逃避を脳が切望したのだろう。気合を入れなおしてから、均実は読みやすいように姿勢をすこし正す。 だが読書を開始する前から邪魔が入った。 「おい邦泉。お前、聞いたか?」 懐かしい名で呼ばれた。 邦泉というのは、均実が関羽と行動する時に使っていた字だ。均実が気付くと、いつの間にか使われなくなっていたのだが、今回塾に通うとなると、字がないと不便だといわれ徳操にそう名乗った。 他の塾生にも諸葛均、字を邦泉と紹介され、徳操自身も均実のことを邦泉と呼んだ。つまり均実をそう呼ぶのは、徳操の塾に通っている者に違いなかった。 均実が振り返ると、そこには一人の青年がいた。歳でいえば均実より一つ年下だが、こちらでは一年や二年じゃあまり気にもならない。日本のように年齢別の固まりで扱われることが滅多にないからだろう。 すこし小さいが、つり目が活発さをよく表しているガキんちょタイプ。 均実は初めて会ったとき、そんな風にその青年を形容した。 我ながらうまく特徴を捉えられていると思う、と均実は満足していた。 「何を?」 「袁紹の動きだよ。」 ガキんちょはそう言って頭をかいた。 だが均実は何もその言葉について、情報が浮かんでこなかった。 甘海は秋になって旅から帰ってきた後は、ずっと家にいる。もう寄る年波には勝てないと言って、遠出をする旅を控えることにしたらしい。 代わりに徐季という人を紹介された。彼が今後は甘海の代わりに情報収集をしてくれるという。 その徐季は今確かに旅にでているが、彼からの書面は亮が目を通していて、均実は直接見ていない。自身で読むには時間がかかりすぎるため、何か大きな変事があれば教えてくれと頼んではいる。だが特に何も言われていなかった。 「跡目争いが悪化しているんだと。」 ふうん、と均実は鼻をならした。 内政の事細かな動きまで、官位ももたない徐季が把握するのは難しいので、そのようなお家騒動の内容がはいってこなくてもおかしくないかもしれない。それに季邦の言い方からするに、以前からあったことなのだろう。徐季も報告していたが、亮が変事だと判断しなかったという可能性もある。 だが均実が知らなかったことに驚いているのか、ガキんちょも目を見開いた。 さすがにいつまでもガキんちょでは彼もかわいそうなので、そろそろ名前を明かしてやろう。 ガキんちょの名は蔡封、字を季邦という。 均実は徳操に教えられて知っていることだが、字に季の文字がはいると、末っ子という意味がある。 季邦はそのセオリー通りに末っ子だった。ほかにいる兄弟たちとは十以上は軽く離れて生まれたらしく、ほぼ一人っ子といってもいいかもしれない環境だが。 父は蔡諷といい、それなりの高官だ。だが季邦自身は口には出さないが、あまり父親のことを尊敬しているようには見えなかった。どうやら母親があまりいい出身の女性ではないらしく、それ関連で何かとあったらしい。 だが均実には、そんなこちらの詳しいぐしゃぐしゃとした人間関係はよくわからない。 そのせいか、季邦はかなりくだけたしゃべり方を均実にする。 もともと季邦が、均実の邦泉という字に自分の漢字が含まれていることを持ち出してきて、ウマがあった。それからというもの、友人になったこのガキんちょは、よく均実を捕まえては情勢談義をするのを好んでいる。 今日はどうやら新情報を手に入れたので、それについて話をしたいようだ。 「跡目って……袁譚でしょ? 確か青州を治めていたと思うけど。」 頭の中にある情報を均実は引っ張り出す。 曹操に追い詰められ、弱体化した袁紹には三人の息子がいた。 長男を袁譚、次男を袁熙、三男を袁尚といい、本来なら長男が家を継げばなんら問題もないはずだ。袁紹の拠点である冀州を西隣にする青州を守っている。つまり位置的にいうなら曹操の攻略から矢面に立つであろう冀州の後援部隊だ。 袁譚は跡継ぎであるため、万一を考えてそこに配置されているのだろう。 「っていう状況のはずだよね?」 「……大したもんだなぁ、相変わらず。」 季邦は驚きを隠さない。 均実がこの塾に通い始めてから一年ほどだ。なのにスラスラとそこまで情報がでてくるのは、驚嘆に値した。いくら袁紹が大きな勢力の一つだとはいえ、その子供の名、配属地まで完璧に覚えているのだから。 この一年、均実は漢文を読めるようになるために、いろんな書物に目を通した。それこそ純がやったという兵法まで。 だがさすがに読書だけでは息がつまる。均実は根っからの読書好きというわけではないのだから。 よって生の情報である、甘海の話をよく聞いたし、徐季からの情報もあった。甘海の話は実体験に基づくものなので飲み込みやすく、情勢についてもかなり詳しくなったのだ。 そんな風に均実は悠円と庶に宣言した通り、凄い勢いで様々な知識を獲得していた。 感嘆の声に均実は肩をすくめると、手にしていた竹間の文字を目で追った。 今日は元々これを読もうと思ってここに来たのだ。 そんな均実に呆れたような顔をしたが、ちゃんとこちらの話を聞いているのは知っているので、季邦は続けた。 「それがな、三男の袁尚を奥方の劉氏が押してるんだとさ。 現正妻である自分の息子だからな。前妻の産んだ袁譚が気に入らないんだ。」 「それだけで?」 「部下の画策もあるだろうな。」 季邦はそう言って息を吐いた。 違う州にいるということは、それだけ袁譚は袁紹に直接会う機会が少ないということでもある。 それに比べ、前々から劉氏が画策して、袁尚は袁紹の手元に置かれるようにしてきた。 遠くにいる子供が頑張っているという評価は出しにくいが、近くの子供が頑張っているのは目に見えてわかる。 そして袁尚についている部下は例え小さな失敗を袁尚がしたとしても、それをもみ消すだろう。仕える主人を貶すわけないから、袁紹は袁尚に悪感情を抱かない。むしろいい情報のみが袁紹の耳に入るようにするに違いない。 袁紹に届く情報の絶対量が違う。袁譚は不利な状況に置かれていた。 「思ったより袁紹は阿呆だな。」 気のない相づちを打っていた均実にかちんときたのか、季邦はそう言いながら、均実の前の開かれていた竹簡を勝手に閉じる。 話にちゃんと加われということだろう。 均実は未練を感じながらも、読書を諦めた。 「季邦、お前この前もそう言ってなかった?」 「おお、あの時もそう思ったさ。」 あの時というのは袁紹が官渡の地で敗れたときのことだ。 烏巣という場所にある兵糧を狙われ、それをやすやすと看過してしまったことに季邦は、散々袁紹を罵っていた。 実際の戦場にいるわけではないので詳細はわからないが、どうやら袁紹の部下である将軍の一人が命令を無視していたため、しっかり烏巣の防備が行われなかったといわれていた。 「ろくな配下を持ってなさそうだな。」 「使う頭がないのさ、袁紹に。」 徹底的に蔑んでいるらしい。 均実は苦笑しつつも、同意をしめした。 甘海からの話で、袁紹が祖授・田豊という参謀を獄死させたという話を聞いている。曹操と戦うことを諌めたためで、結果をみれば忠臣だったといえる部下を袁紹は自らの手で殺したといえる。 それだけでなく、交戦中にも関わらず武将である張郃・高覧という二将が曹操に下ったという。 袁紹に人望がなく、人を見る目がなく、も一つおまけに人をうまく使えないのは、目に見えて明らかだった。 「本当に誰に仕官しようかなぁ。」 季邦のその言葉に均実は何も言わなかったので、季邦は訝しげな顔をした。 「なんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」 「……劉州牧じゃないのか?」 均実は季邦がいずれこの荊州で仕官するつもりなのだと思っていた。 季邦はこの荊州では名家、蔡家の人間である。 彼の歳の離れた義姉は、劉表の妻だ。そのつてだけでも、かなり上位の役職を狙えるだろう。 だが季邦は心底嫌な顔をした。 「お前、それ嫌がらせか?」 「え?」 「どう考えても第二の跡目争いは、ここだぞ?」 均実が言葉につまると、季邦は辺りを見回した。均実と同じように、本を読もうとこの部屋にいる人間が、何人かいるのを見止めると声を潜めた。 「姉上は正妻の座を狙ってるだろうな。……陳夫人は病に倒れられているから。」 はっきりと言わなかったが、それは謀略の匂いを感じさせる言い方だった。 現在この荊州を治めている劉表の正妻は陳夫人といった。今冬の寒さに耐えられず、体を悪くしているという話は均実も知っている。 おそらく季邦にも確信はないのだろうが、それは季邦の姉、蔡夫人が何かをしたのではないかという可能性を示していた。 「確か御子は二人だったね?」 「ああ、景升殿には長男劉 殿と次男劉 殿がいる。長男は陳夫人の、次男が姉上の子だ。」 劉表の字は景升という。 おそらくは蔡夫人からの話を聞いているからこそ、ここまで詳しく季邦は知っているのだろう。 「……阿呆は一人じゃないと思っている?」 暗に劉表が劉 を廃して、劉 を立てようと考えるかと聞いたのだが、 「言ったろ? 部下の画策もあるってな。」 ため息をつきつつ、季邦は答えた。 彼には兄もいる。蔡瑁というが、正に彼は蔡夫人の縁を頼って出世した人物だった。 蔡夫人の力が強まることを喜んで助けはしろ、止めようとはしないだろう。 季邦は劉表に仕えることを勧められているらしい。全く仕える気がないのに、季邦が曖昧に返答を濁して、はっきりと拒絶することをしないのは、兄との関係があるからだ。 こんなしがらみを断ち切ることができないのが、季邦にとっての悩みだった。 つまり彼にとって袁紹の跡継ぎ争いは、他人事のように思えないのだろう。 「季邦は大変だな。」 心から均実がそういうのに、季邦は顔をしかめた。 「お前だって同じようなもんだぞ?」 「はぁ?」 何を言い出すのかと思ったが、季邦の言葉は均実は、自分にとってどうでもいいと思っていた情報を教えた。 「お前の兄の臥竜先生。奥方は黄承彦先生の娘さんだろ?」 「え、……あーそうだけど?」 あまり聞きなれない名前に一瞬戸惑ったが、均実は頷いた。 亮の屋敷のあるところは、このあたりでは臥竜丘と呼ばれているために、そこにすむ亮は臥竜先生と呼ばれているのだ。 均実の肯定に呆れたような声が返ってくる。 「そうだけどって……黄承彦先生の奥方は、俺の姉上の一人だぞ。」 それは…そうなるのか……ってことは、自分にとって蔡夫人は、兄の嫁の母の姉になるわけで。 「……ややこし。っていうか遠いだろっ!」 「姉上との関係のことを言ってるんじゃねーよ。そんだけ地元に密着した力を持ったところから嫁をとったんだ。 臥竜先生にもかなり仕官の話がきてるはずだぞ?」 仕官の話が来ているというのは聞いていないが、均実が知らないだけで、確かに季邦の言うとおりにはなっているのかもしれない。そういえば純の輿入れが遅くなった原因が、仕官の関連だったと聞いたことがあるような気がする。 「ここで仕官すれば、弟のお前も同じ状況になるはずだ。」 そういう季邦に均実は、亮は劉備に仕える事になるのだといってやろうかと思った。 だが口を開く前に季邦の方が先にその名前をだした。 「皇叔が今この荊州の近くにいる。彼の人は梟雄だから、この火種を広げること間違いないしな。 お家騒動に巻き込まれて死ぬのは真っ平だ。」 皇叔というのは天子の叔父という意味で、劉備のことだった。 季邦の言った理由はわからないではなかったが、一瞬均実は固まった。 「……梟雄って……なに?」 わからない単語がでてきたのだ。 熱弁をふるっていた季邦の動作が止まった。 信じられないという顔でこちらを見てくる。 そりゃあ季邦は当たり前のようにいったから、わかっていて当然の言葉なんだろうが、わからないものはわからない。 「……知らないんだから、仕方がないじゃないか。」 日本ではお目にかかったことのない言葉だ。 「お前はほんとに頭がいいのか悪いのかわからねーな。」 難しい書物を読み、甘海と話すことによって得る均実の知識は、基本的なところをすっ飛ばしているようなものだった。 季邦はそういいつつも、一応意味を教えてくれた。 残忍であるが力のある人間のことで、乱世であるこの世界ではすこし悪い響きを含んだ誉め言葉でもあるらしい。 戦もない日本では聞かないはずである。 「……誉めるなら素直に誉めればいいじゃん?」 「あのなぁ、おまえ皇叔については何も知らないのか? 建安になってからは曹操、袁紹と二人も続けて裏切ってる。 皇叔であるってこと以外は、呂布とさして変わりないんだぞ?」 季邦は呆れつつも説明しようとしてくれた。呂布は君主を二人裏切って、曹操に捕らえられた末に、信用ができないので曹操が部下にせず殺した武将だった。 そんな武将と重ねられては、劉備もそれなりに言い分があるだろうが、確かに略歴だけをみると、そうみれないことはない。 まあここまでわかりやすく、劉備が素直に誉められない人物であることを説明してくれたというのに、均実は根本的なところが今度はわかっていなかった。 「……建安ってなに?」 季邦は今度こそはっきりとため息をつき、こめかみを揉んだ。 「お前、知識偏り過ぎ。」 どうやればここまで偏れるのかと季邦は思った。 建安というのは、日本でいう平成のようなものだと思えば良い。今の年号を表している。 こちらの人ならば、ほぼ知ってるはずのことだった。こういう基礎知識は大抵こういう情勢談義の合間に均実は知ることになった。こちらでは行政が州単位で土地が分けられており、その下に郡、県と続くこともこんな風に季邦から教わっている。 そういう知識を均実は理解できることはできたが、この調子では季邦には自分が本当は諸葛均でないことは、その内絶対ばれるのではないかと思えた。 それと同時にその劉備という将軍が、実際にどういう人物なのかと考えた。 ただ日本に帰るために、いつかは劉備につくことを決めたが、一時期とはいえ部下になるのだ。その男がどんな人間かも、知るべきかもしれない。 均実はそう思いながら、まだ続く季邦の話に付き合っていた。
ほぼ同じころ、隆中の亮の屋敷には一人の客がいた。 亮は彼を自分の部屋に通した。甘海と親しげに会話を交わした後、こちらをむいた。 目の前の若者はいつも静かな、それでいて奥深い瞳の色をしている。自分と同じぐらいの歳だろう。 何度か話したことはある。浮屠(仏教)について、彼は自分より詳しい。大陸中にいる、その浮屠を信じる者達を統括し、情報をここに集めてきてくれる。 「そろそろでしょう。」 それらの報告をうけてから、最後にそう徐季がまとめたのを聞いた。 劉備は曹操と戦い、それなりの戦功をあげたが、深く追い討ちをしなかったという。 「……やはり狙いは曹操を破ることではなかったのですね。」 亮は予想があたっていたことを知り、甘海のそのつぶやきに頷いた。 左将軍が荊州にやってくる。 その事実は声に出さずとも、この場にいる人間ならわかっていた。 彼が愚か賢か。噂だけで判断するのは、まだ早い。 亮は顎に右手をやった。 劉備には猛将というべき者は配下にいる。が、天下に名高い参謀はいないようだ。 いつかは……誰かに仕官するつもりでいた。 均実を義弟としようと言ったのもその布石だった。もちろん均実に言ったように、諸葛均について亮が聞かれたときに困るというためでもある。だがいつかもし曹操に仕官することになったとき、弟が曹操の知り合いであるということが仕官の足がかりとなるかもしれないと、計算したからでもあった。 亮にとっては誰でもいいのだ。曹操でも……劉備でも。 ただ民に安寧をもたらす者でさえあれば。 だが…… 亮はただ一つ、心にひっかかっていることを考えて目を閉じた。 この建安六年四月の隆中での春は、それぞれの心中を別にして、穏やかに過ぎていった。
そして九月。やはり劉備は襄陽の劉表を頼り、北からやってくることになる。
|
|