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均しき望み 作者:奇伊都

第9回   世間話?
 しばらくして亮が帰ってきた。
 庶がなぜ離れにいるのか驚いていたが、突飛な行動はいつものことらしい。それほど言及しなかった。それどころか
「せっかくだし、一緒に夕餉を食べないか?」
 と庶を誘い、離れの中の違う部屋に、家人を呼んで準備させた。
 いつもは自分の部屋にご飯が運ばれてきて食べていたので、均実は部屋を移るとき悠円に助けられながら移動した。
「甘海が帰ってくるのが遅れるらしい。」
 食卓につくと、亮はそういった。
「知らせがあったのかい?」
「ええ。少しややこしいことになっているとね。」
「あの〜、甘海って?」
「孔明の情報源の一つだよ。」
 均実が聞くと、庶は杯をあおりながら言った。
「この乱世にあって、比較的ここ荊州は平和だ。だが平和であるからといって、世間から遠ざかれば、気がついたときに喉元に刃物が突きつけられているということもある。だから情報収集は重要なんだ。
 それにどの英雄が覇者となるかをすばやく見定めなければならないしね。」
「臣下になるため?」
「うん? まあ、ひらたく言えばそうなるかな?」
 均実の質問にあいまいな返答を返したので、よくわからないというと、今度は亮が答えた。
「覇者の下につけば、安全かというとそうではない。時期が悪ければ、家の一切が殺されてしまうことだってある。かといって暗君の下につくのはよりよくない。つまり臣下となるのは二の次なんだよ。
 自分の進むべき道を見定めるため、というのが正しいかな。」
「……なんだか、二人ともそれほど人の下について生きたいとは思っていないみたいですね。」
 二人の言い分をきいていると、どうも人の下に入ることに執着しているようには聞こえない。だからといって、兵を集めて自分で英雄となろうとしているようにも見えない。
 均実の言葉に二人は苦笑を浮かべた。
「正直言うとね。今はまだ動くべきではないと私たちは考えているんだ。」
 庶はそういいながら、伺うように亮に目で聞いた。
 均実に今の情勢を教えてもいいのか?
 亮はその視線に一瞬笑みを浮かべた。
 亮が家に帰ってくるまで、庶は均実と話をしていたようだから、均実が活発的な性格をしていることはわかっているだろう。そして、亮がそんな均実を亡き弟と重ねてみていることも。
 本当によい友人を私は持ったものだ。
 均実が今の情勢を聞いて、例え誰かの下に仕えたいと言い出しても、亮には止める術がない。
 この数日、均実と話すことが楽しかった。まるで弟が帰ってきたかのように。できればずっと側においておきたいとまで思った。だが均実は弟ではない。
「均実殿は均ではない。だから教えておくべきだろう。」
 亮のその言葉に均実も庶もハッと顔をこちらにむける。
「やはりそのことを話していたんだな。心配させて悪かった。
 確かに初めて均実殿に会った時は弟によく重なった。名前の文字をみたときは、生まれ変わりかと思ったほどだ。
 だがこの数日均実殿と関わることで、均とは異なることもわかっている。
 均実殿は今は純粋に私の客だよ。」
 均実はその言葉を聞いてホッとした。正直言ってどう亮に話をもちだそうか困っていたのだ。
「庶さんが心配するまでもなかったですね。」
 均実が笑ってそういうと、庶も嬉しそうに頷いた。
 確実に時が亮の心の傷を癒してくれていたのが、わかったからだ。
「まったく人に心配させるのがうまい奴だ。」
「君は心配するのがうまい奴だがね。」
 亮にそう切り替えされて、庶はうっと詰まった。
「まあ感謝しているよ。」
 こともなげにさらりとそう付け足して、亮は一口杯に口をつけた。
 亮の話は均実が読んだ三国志演義を細かくしたようなものだった。
 今曹操は天子を奉って許都にいるらしい。その元に呂布という武将に追われた劉備が逃げ込んできているという。
 私が読み終わったところより少し前だな……。
 均実は亮の話を聞きながらそう思っていた。
「劉備もただでは起きないだろう。」
「ああ、呂布は丁原、董卓と次々に裏切り続けているから評判もよくない。近いうちに曹操が滅ぼすだろうな。」
 均実は大当たり〜っと拍手をしたいところだったが、抑えておいた。
 この後は確か呂布が捕まえられて、劉備は曹操の下から兵を借りて袁術を倒しに動くというものだったはずだ。
 つい最近読んだのだからまだ記憶が鮮明だ。
「この情勢では、お二人とも誰が天下をとるのかわからないということですか?」
 庶はどうなるか知らないが、亮は劉備につくはずだ。純たちは本ではそう書いてあったと話していたのだから。
 均実がそう聞くと亮も庶も頷いた。
「袁紹も有力だな。公孫瓚を倒したことで四州を治めている。」
「曹操の勢いも激しいものがある。天子を擁護しているという名目で、天下に勅令を発することができるしな。」
「だが袁術も皇帝を名乗っている。」
「あれば偽帝だろう。散々な治世で民は不満だらけだというし」
「……劉備はどうですか?」
 二人は均実の言葉に一瞬言葉を発するのをやめた。
 庶がおもしろそうに均実をみた。
「均実殿は劉備が天下を取ると思っているのかい?」
「いえ……そうではないですけど……。これから力をもつんじゃないかなって。」
 下巻なんかは一ページも読んでいないのだから、詳しいところはいまいちわからないが、結局最後は魏、呉、蜀の三国に分かれたはずだ。
 だから天下をとるというのは違うと思う。
 だけど今劉備は敗軍の将であり、曹操に頼らなければにっちもさっちもいかない状況にまで追い詰められている。その状況からは抜け出せるのだろう。
 均実の意見に考え込んでいた亮が口を開いた。
「劉備は天子の叔父と認められたらしい。だから皇叔だな。
 今力はないが、名前は売れているし、義を守る人柄だと有名だ。
 流れ次第では確かに注目するべき英雄ではあるかもしれないな。」
「おや、孔明。君までそんなことをいうのかい。」
 庶はそういって笑った。
「私も劉備は面白い人物だと聞いたことがある。
 ま、機会があれば会おうとしてみようかね。」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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