頭が……痛い……。 均実はまずそう思った。 後頭部がズキズキする。くそう、純ちゃんめ…… そこまで考えたとき、均実はハッとして同時に目を開けた。 視界がぼやけているが、しばらくじっと一点を見つめるようにしていると、ぼやけも消えていった。 ……ていうか、ここどこ? 均実は目の前の天井から釣り下がった布地をみてそう思った。よく見ると布団をかけられている。ベッドのようなものに寝ているらしい。 と同時に、右足と頭に激しい痛みがやってきた。 「っ…」 痛みについ声が出そうになって、やっと喉がカラカラであることに気がついた。 何かが喉にひっかかったような感覚で、うまく声が出そうにない。 何か飲むものを探そうと体を持ち上げようとしたが、頭痛が邪魔をしてそれはできなかった。背筋は悪寒がしてかなり冷えているのに、ぶつけた後頭部と右足の足首が異常な熱をもっている。それにどうやらこの感触、右足をひねったか何かしているようだ。 はぁあ……二週間後、練習試合があるのに…… 均実はコーチの怒った顔を思い浮かべてげんなりした。おそらく自己管理ができていないのだと散々文句を言うことだろう。 だが、とにかく喉の渇きを癒すことが先決だ。 均実は動かせない頭の代わりに必死に目だけを動かした。 自分の六畳間の部屋よりも明らかに広い。カーテンのようにベッドの周りに吊るされている布のせいで正確な部屋の大きさはわからなかったが、それだけはわかった。この部屋の入り口らしきものが見えた。だがドアはついていない。代わりというようにその入り口の周りは凝った木細工で装飾されている。 「あ、起きてる!」 布をわけ、こちらを覗き込んできて少年が言った。 彼は作務衣のような服を着ていて、片手に持った濡れた布地を均実の額の上に乗せてくれた。ただの水で濡れた布のはずなのに、すごく冷たく感じて一瞬、体を震えさせる。だがその冷たさがすごく心地良い。 その間均実はずっと少年の顔を見ていた。見覚えがあるような気がした。が、頭ガンガン、悪寒ゾクゾク、もひとつおまけに足がズキズキ。なかなか思い出せない。 「…ぁ………」 声を出そうとしたが、喉を空気が通り抜けただけで言葉にならなかった。 「おいら、先生呼んくるね。」 均実が話しかけようとしたのにも気付かず、そのまま勢い良く入り口から飛び出していく少年の後姿をみて、均実は思い出した。 世界が真っ白になったあと、いったい何がどうなったのかよくわからないが、凄い衝撃と共に均実は落下した。気を失っていたらしくどれだけ経ったのかわからないが、気がつくと周りは木々に囲まれて倒れていたのだ。 激しく痛む頭に耐えてしばらく転がっていると、小さな足音が近づいてきた。 そうか……あのときの…… 驚いた顔でこちらをじっとみているあの少年の顔を思い出せたことで、少し安心した。声をかける前に逃げるように走っていったが、おそらく動けそうにない均実のために助けを呼びにいってくれたのだろう。 しばらく待っていたのだが誰も来ない。今まであんな森の中で一人でじっとしたことなんてない。鳥の飛び立つ音や、何かわからない鳴き声を聞いているうちにたまらなくなった。何とか気力をふりしぼって立ち上がり、少年が走りさったと思う方向を向いて歩いているうちに、足元がなくなった。 ああ、落ちるんだな。 人事のように感じて再び落下感に身を任せた時、今度はすぐに地面にぶつかった。息が詰まる衝撃が全身を襲う。その衝撃が揺り覚ますように頭痛を激しくさせ、均実は頬に土の感触を頬に感じながら、意識をブラックアウトしていった。 その次に気がついたのが今だったのだ。 あの少年が助けてくれたのだろう。 ここは彼の家なのだろうか。 行ってしまった少年はなかなか帰ってこない。先生を呼びに行くとか言っていたから、お医者様でも呼んでくれたのかもしれない。 均実はそう考えて視線を真上に戻して目を閉じた。 一体何が起こったのだろうか。 周りが真っ白になったのはわかった。 だがそのあとの強い力は何だったのだろう。 そこまで考えて均実はあの森の中で純が周りにいなかったことを思い出した。 どこにいったんだろう。純ちゃんもここにいるのかな……周りが真っ白になる前は確実に目の前にいたはずなのに。 もしかしたら彼女なら何が起こったのか知っているかもしれない。 その時部屋の外から二人の足音と話し声がしてきた。そのうちの一つはさっきの少年のもののようだ。 「なんなのかな、あの服。」 「さあ? 私もみたことはないけれど……」 二人が入り口に現れた。さっきの少年と、もう一人身長の高い男がいた。 医者にしては白衣を着ているわけでもない。というか変な格好をしている。髪をまとめて布で包んだような髪型である。服は着物のようだが、腰に紐を巻いているし、下にズボンのようなものもはいているので純粋な着物ではないようだ。 へぇ、かっこいいな。 格好の奇妙さを一通り見てから、均実は男の顔を見てそう思った。テレビとかにでている下手なタレントよりもはるかに整った顔をしている。惜しむらくは髭を生やしていて、そのことが自分の好みじゃないことぐらい……と、そこで大きな頭痛の波がいきなり襲ってきて顔をしかめてうなった。 「大丈夫かい?」 「……」 男は走りよってきてそういったが、やはり声がでない。 その様子をみて男は手を均実の首にやった。 ひんやりとしたその感触に体を引きそうになったが、足が痛み動けない。 「……熱のせいで喉がやられているようだね。無理に声を出さないほうがいい。」 そういうと男は手を首からのけてくれた。 なるほど熱がでているのか…… 納得していると、男は少し布団をめくり均実の右足をさわった。 チラッとみるとすこし薄汚れた布で固定されている。どうやら右足をひねったかどうかしているらしい。 布を綺麗なものに替えながら、男は均実に体を無理に起こさないように言った。 「覚えているかい?君は山の中で倒れていたのだが……」 何かを教えるかのようにゆっくりいうその口調に、均実はすこし落ち着いて頷いた。 それを認めると男はやわらかい笑みを浮かべた。 「私はこの家の主。姓を諸葛、名を亮という者だ。この子は悠円。悠円が君をみつけて私にいわなければ、君は行き倒れたままだったんだよ。」 何か奇妙な名前だ。日本というより中国っぽい。それでいてどこかで聞いたことあるような気がする。 そう思いつつ均実は再び頷き、悠円のほうを向くと彼は恥ずかしそうに笑った。 「ぁ……っ…ぅ」 「ああ、しゃべらないで。」 礼をいおうとして亮に止められた。 するとまた頭痛が激しくなり、均実は思わず手を頭にやった。 「うん?頭が痛むのかい?」 亮は均実の足元から頭のほうに移動すると、均実の髪を優しく上げて頭をみた。 「大きなたんこぶができてるね。どこかでぶつけたのかな。」 均実は大きく頷いた。 その仕草が亮の手を避けようとしているように思われたのだろうか。亮はゆっくり均実の頭を枕の上に戻してやると、手を離した。 「足も怪我しているし、安静にしておいたほうがいい。」 その言葉に均実は大きなため息をついた。 どうやらその通りのようだ。 体が全体的にだるい。 「しばらくはこの家にいるといい。何かあればこの悠円にいいなさい。」 亮はそういって、席をたった。
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