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均しき望み 作者:奇伊都

第48回   単純

 遠くに見える山城をみて、関羽は嬉しそうにした。
「では古城に張飛がおるのだな。」
「ああ、そうらしい。」
 趙雲はそういった。
 身なりを村で整えた趙雲は、関羽と轡を並べて歩いていた。
 その姿は正に威風堂々。手に携えている槍の輝きまで違って見える。
 趙雲が仲間に入ってから、彼はここら周辺で集めていた情報を教えてくれた。
 劉備は汝南でゲリラ戦をしているらしく、まったく行方がつかめなかった。だがその平定にでてきていた曹洪はその勢いに押されているらしい。おそらく劉備は無事だろう。
劉備は相手の兵力を殺ぐために、あの山城を張飛に落とさせたという。汝南からみればここはまだ北の地にあたる。曹洪は退路を断たれた状態になる。
 だが張飛はそれほど策を考えるのがうまい将ではない。
 山の中腹辺りにそびえるその城は、攻め落とすには頑強だ。力押しではとれなさそうに見えるが……
「益徳は一人で落としたのか?」
「いや、糜竺殿も一緒だと聞いている。」
「まあ、兄様もあそこに?」
 糜夫人が趙雲の声に反応した。
糜竺とは糜夫人にとっては兄にあたる。劉備の配下の将の一人である。
「はい。きっと他にも何人か連れているでしょう。
 劉備殿が袁紹を頼って落ち延びたということを知った配下の方々は、そろって河北に向かわれたそうです。きっと何人もの将が劉備殿のもとに辿りついたものと……」
「そう……そうですか。……よかった。」
 糜夫人がそうつぶやいた。
 下邳が落とされた時、将に糜は生きることを最上命令とした。きっとあそこで生き延びてくれた将は、劉備を頼ってきっと彼の元にいけただろう。それが劉備の役にたっているのだとしたら、嬉しかった。
 その響きを感じて、関羽は少し嬉しそうに微笑んだ。ここまで義兄の役に立ちたいと、ひたすら望む嫂を、守ってこれたことに誇りを感じる。
「なるほどな。汝南に向かうのではなく、ここに合流したほうが良さそうだ。」
 関羽も戦場のど真ん中に夫人達を連れて行くことには躊躇していたので、趙雲の情報はありがたかった。
 そんなとき均実の側に甘海がよってきた。
「均実殿。どうされますか?」
「どうって…」
「雲長殿は他の武将と合流されましょう。一応、もうここにいる必要はなくなったといえるのではないでしょうか?」
 小声での会話なため、関羽は気付かず趙雲と話している。
 その姿を均実はみながら、ため息をついた。
 ここで趙雲は劉備の配下になる。彼らはこのまま劉備の元にたどりつくだろう。
 下邳で許都に行こうと思ったのは、関羽が苦しむのを少しでも助けてやれればと思ったからだ。同僚や友人といった気兼ねなく話せる相手が、自分であるならついていこうと。
 だがこのまま行けば、関羽は仲間達と合流できる。
 均実が同行する理由はなかった。
 もともと甘海が今まで黙ってついてきていたのも、均実がその理由で関羽と同行しているのだといったからだった。隆中まで進む方向は同じだったし、もし関羽が仲間と合流できたら、一緒に隆中に戻ったほうが、確実だし安全だからだ。
 長いこと離れていたし、一度戻ろうという気になっていた。
「そうですね……。あの古城とやらについたら、帰りましょうか。」
「わかりました。」
 均実は先程までの関羽らの会話に出てきた古城のほうをみた。
 後悔しないように。だから今は関羽の今までの頑張りの結果を見定めよう。



 それほど攻略は難しくなかった。
 相手は兵が少ないため、篭城するという選択をされてしまうと、どうしても落とすのに時間がかかる。
 だから物見をさきにだし、明らかに城内の兵数より少ない極少数の兵で攻めた。
 これなら……と兵を出してきたところに、いきなり全軍を進める。
 慌ててももう遅い。城門を閉めるのには手間がかかる。その間に兵が駆けいり、中をあっというまに制圧した。
「糜竺殿の策は素晴らしかったな。」
「策というほどのものではないし、張飛殿の武芸のおかげだ。」
 張飛は糜竺と談笑しながら、城壁をまわっていた。
 曹洪の兵は全て捕虜とした。曹洪が慌てて帰ってきても、この城に入ることはできない。
 張飛は自分が考えなしに突進していくという短所をちゃんと理解していた。だから今回糜竺の提案した策をつかい、見事に古城を落とせたのだ。
「兄者はどうしているだろうか。」
 張飛は南の空を見て、そう言った。
 命令とはいえ、あまり劉備の側を自分が離れることはなかった。
 だから将の数が少ないとはいえ、自分が兵をまかされて古城をせめることになるとは思っていなかった。
「こういうのは本来、俺の仕事じゃないんだがなぁ」
「そうですね。そういえば関羽殿は、曹操の下に下ったと……」
 糜竺は言ってからしまった、と口を閉じた。
 張飛の仕事ではなく、こういうのは大体関羽が今まで担当していた。
 ついそう思い、口を滑らした。
 その言葉にやはり張飛は、苛立った。
「そうだよ。あの裏切り者がっ、あんな奴と義兄弟だなんて吐き気がする。ああ、やなこと思い出しちまった!」
 と力任せにそこらの壁を足蹴にした。
 ミシッと音がしたのは聞き間違えではないだろう。
 せっかく落とした城を破壊されては困る。
 糜竺は違う話を考えようと、外に目をやった。
 が……
「……張飛殿。」
「なんだ!」
「あれは……関羽殿ではないか?」
 糜軸の言葉に張飛は飛びつくようにして、城壁から彼の示すほうを見た。
 遠目からでもよくわかる。あの長身に長い髭。おまけに見覚えのある武器をもって、馬にのりこちらにやってくる。
「……いいところにやってきた。俺が成敗してくれるわ!」
「ちょ、張飛殿!」
 慌てて糜竺は張飛をとめようとしたが、彼はあっという間に城壁をおりていく。頭に血が上っているので声が聞こえていない。
「……まずいな。」
 糜竺は仕方がなく、張飛の後ろをついていった。



 そんなことになっているとは思っていない関羽。
 古城に近づいていくと、なにやら一騎、凄い勢いでこちらにむかってくる。
「……益徳だ。」
 その正体が判明するや、関羽は破顔した。
 趙雲もそれを聞き、その一騎をみたが
「何故あんな凄い形相をしているんだ?」
 と疑問をだした。
 あっという間に馬は近づいてきて、均実にも乗っている男の姿がみえた。
 虎を想像させるその顔は、たっぷりとした髭をなびかせまるで一匹の獣のようだ。
 そして確かにいわれてみれば、手には蛇矛を携え、鎧を着込み、目をいからせてどうやら怒っているようだ。
 均実はあれが張飛だとして……え〜とこの先どうなるんだっけ、と三国志演義を思い出そうとして青ざめた。
 張飛は関羽を殺そうとやってくるのだ。
 張飛を迎えようと、青竜偃月刀を下ろそうとした関羽をみて均実は思わず叫んだ。
「雲長殿! 薙刀を構えてくださいっ!」
 関羽が一瞬怪訝な顔をしたのがわかったが、反射的に薙刀を持ち上げた。
 カキンっという音がした。
 みると張飛が関羽に振り下ろした矛が、受け止められている。
「何をする、益徳!」
 慌てて体勢を立て直すと、関羽はくり出される攻撃をすんでで避けたり防いだりする。
「うるさいっ! この、この!」
「やめろっ!」
 防戦一方だ。当たり前だ。関羽が張飛を攻撃する理由はない。
「益徳殿! やめるんだ!」
「やめてください!」
 趙雲や夫人らも声をあげるが、聞こえていない。
 すると城のほうからまた一騎、こちらにむかってくる馬が見えた。
「兄様!」
 糜夫人の声を聞き、均実はあれが彼女の兄、糜兄弟のどちらかであることを知った。
 彼は弓を引き絞り、こちらに狙いを定めている。
「はっ」
 気合と共に矢が放たれた。
 それはほぼ一直線に関羽にむかっている。
「なっ!」
 趙雲は慌ててそれに対処しようとしたが間に合わない。
 関羽は張飛の相手で、それに気付いていない。
 均実は思わず目を閉じてしまったが、いつまでたっても悲鳴や大きな物音はしない。
 そおっと目を開けると、張飛が不機嫌そうな顔をして、矢を射った主をみていた。
「糜竺殿。何をされるか。」
「そのすぐかっとなる性格を少しは直されよ。」
 糜竺はため息をつきつつ、一方を指した。
「あれにはわしの妹が乗っているようだ。
 関羽殿は妹を守って、つれてきてくれた。」
「だが、曹操にっ」
「曹操に仕えたというのは真実だろうが、妹をここまで連れてきてくれたのも真実だ。」
「わしは曹操に奥方様の安全を守るため下ったのだ。兄者の行方がわかれば、馳せ参じても良いという条件つきでな。」
「そ、そのような降服の仕方聞いたことがないっ」
「益徳殿」
 糜竺と関羽にいわれ、張飛は無理矢理言い返そうとしたが、それを糜夫人が止めた。
「わらわたちはこのようにして無事。それは全て雲長殿のおかげじゃ。」
「……憲和殿から、下邳は曹操に落ちたと聞いただろう。」
 ダメ押しをするように糜竺はそう言った。
「落ちた城にいた殿の奥方二人が無事。このようなこと、曹操に心から下った者のすることではない。」
 糜竺はそう言って、馬から降り落ちていた矢を拾った。
 矢じりのところが、布で包まれた玉のようなものになっている。最初から関羽を殺そうと思って放ったものではなく、二人の戦いをとめるためのものだった。
 それをしまうと、関羽にむかって拱手した。
「妹を守っていただき、兄としても、殿の配下としても感謝する。」
 そして張飛のほうを見た。
「ほら、張飛殿。」
「……本当に、本当なんだな?」
 張飛が唇を突っ張らせてまるで、駄々をこねる子供のような顔をしながらいった。
 関羽は頷いた。
「ああ。わしは義兄弟の誓いを忘れてなどいない。」
「兄貴〜……」
「ああ、ほら泣くやつがあるか。」
「やっぱり雲長兄貴はそういうやつだって、俺信じてたぜ〜。」
 思いっきり殺そうとしてたのはどこの誰だろう。
 張飛がそういうのを聞いて、均実は呆れながらそう思った。
 だが関羽に言わせると、「あいつは感情表現が豊かで、短気で、向こう見ずなやつなだけだ。」らしい。
 ……十分、呆れるに値するやつだと思う。
 均実は張飛が泣き止むのを待ってから、城にむかいつつそう思った。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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