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均しき望み 作者:奇伊都

第42回   一番不幸なのはダ〜レ?

「……李哲殿、いらっしゃるか?」
 倉庫の扉をゆっくりとあけ、均実は中に呼びかけた。
 庭園に行けば普段練習に使っている棒が立てかけてあるのだが、それで何とかなるとは思えない。
 もし曹丕の護衛達がさっきの徽煉を探していたやつらなのだとしたら、曹丕と共にいた夫人らは人質だろう。多少の危険は覚悟するべきだった。
 まったく……危険がないように下邳にむかったはずなのに、どんどん危険にさらされているような気がするな。
 均実はそう思いながら、倉庫の中に入った。
 中は暗い。下邳での屋敷より小さいようだが、それでも十分な量の物資がおいてあるようだ。
 倉庫に向かうと、倉庫の前に家人ではなさそうな男が数人立っていた。腰には帯剣しているので、均実は話しかけるのをやめ、彼らの話を聞いていた。
「無駄に広いぜ、この屋敷。」
「厩舎に向かった連中もぶつくさ言ってたぜ。何で三つもあるんだってな。」
「うげっ……そっちも嫌だな。」
 気を抜いているらしい。ありがたく情報を拾わせていただこう。
 均実がいくら薙刀の練習をしているとはいえ、相手は屈強の男が数人。組み伏して勝てるわけがない。
 気付かれないように身を縮めながら隠れていると、男達は歩いていった。
 厩舎……といえば馬がいるところだ。そんなところに何の用だろう。
 疑問は感じたが、その答えは今のところ思いつかない。
 均実はあたりを見回し、付近に人がいないことを確認して倉庫にはいったのだ。
 武器かぁ、といっても徽煉殿のような薙刀なんてきっと重くて扱えないだろうし……
 思いつきでここまできたのだが、李哲がいれば何か見繕ってもらえるだろうと思い、彼を探したがいない。
 まあこんなところにいたら、さっきの奴らに捕まっているだろう。
 均実は暗がりの中を歩いていたが、一向にラチがあかない。
「だぁ、もう。李哲殿が何でいないかなぁ」
「……邦泉殿か?」
 びくぅと均実は足を止めた。
 声は上からふってくるようだ。
「……その声は、李哲殿か。」
「おお、やはり邦泉殿でしたか。」
 やはり上から声がする。
 関羽と初めてあったときもそうだが、均実は相手の顔をみず話すのは、嫌いだ。
 電話も嫌いだから、携帯を高校に入ってもたされてもほとんど使わず、基本使用料だけしか払ったこともない。
「どこにいらっしゃるのか?」
 均実がすこしイライラしながらいうと、李哲の声は困ったようにため息をついた。
「はあ……実は降りられないのです。」
「は?」
「その……恥ずかしいことなんですが、棚の整理をしていたところ突然見知らぬ者たちが入ってきまして。驚いて整理していた棚に登ると、彼らは私に気付かず、梯子を動かしてしまったというところで。」
 つまり上の方の棚に李哲は今いるのだろう。
 均実はあきれながら、確かに壁に立てかけられていた梯子を持ってきた。
 指示通り棚に梯子を立てかけると、李哲がゆっくりと降りてきた。
「ああ、助かりました。邦泉殿。」
「いえ、無事降りれてよかったですね。」
 心から安堵しているような李哲に均実は笑いをこらえながら言った。
 李哲はそんな均実の表情にきづいて、すこし憮然とした。
「私のせいではありませんよ。あいつらが……」
「あ、そうだ。李哲殿。今屋敷で一体何が起こっているのですか?」
 均実は李哲の言葉をさえぎった。
 今ここで李哲の愚痴をきいてやるつもりはない。
 李哲はまたため息をつくと、語りだした。
「どうやら曹丕殿の護衛の方が奥方様を人質にとられたようですね。」
 やっぱりと思いつつも、均実は黙って聞いていた。
「私は曹丕殿の贈り物をこの部屋に一旦仕舞う為、ここにいたのです。さきほどその護衛の方がここに来られて、それでまあ降りれなくなったわけですが……」
「贈り物?」
「ええ、邦泉殿へといわれていたのでとりあえず……みますか?」
「いいです。」
 なんとなく嫌な予感がしたので、均実は見ないことにした。
「それよりどうしてここに護衛の人が来たんでしょう?」
「推測ですが……」
 と前置きをして李哲は話してくれた。倉庫内を歩き回っていた男達が、話していたことから考えたというその話はというと……
 とりあえず屋敷中の人間を抑えなくてはいけない。一人でもここを抜け出て関羽のところに劉備の消息を伝えに行かれるのはまずいからだ。
より確実にするには厩舎の馬を放してしまえば、そんな心配はない。
「馬を?」
「そのように聞こえましたが?」
 李哲の話で均実はさっきの男達の話も理解した。
 厩舎にいった奴らというのはその任務遂行を目的としているのだろう。
「それって……まずいですよね。」
「そうですね。」
 均実は考え始めた。
 状況確認はすんだ。
 徽煉と甘海がどうしているかは知らないが、まあ徽煉がいるんだからみすみす捕まっているということはないだろう。
 おそらく夫人ら救出に頭をひねっているに違いない。
「……よしっ、李哲殿。手伝ってください。」
「はい?」
 李哲が顔を輝かせている均実を不思議そうにしながら頷いた。
 それが彼の不幸を助長させた行動といえなくもない。



 とその時突然騒がしくなった。
 バタバタバタという走り回る音と、「うぉ」とか「ぎゃ」とかいう声が入り混じっている。
「何か起こったのだろうか?」
 甘海もその奇音に耳を傾けた。
 茂みにずっと隠れていて、特に妙案もなく時だけが過ぎていた。
 いい加減焦りだしたころ、この変化だ。何が起こったにしろ、これ以上状況が悪化することはないだろう。
 というのは甘い考えのようだ。
 その音の原因はすぐわかった。
 馬だ。
 というかこちらに馬がむかってくる。
「って、なんで!」
 徽煉はそう思わず口に出すと同時に、部屋の中でも異変に気付いたのだろう。二人が飛び出してきて、馬を目撃した。
「なぜ屋敷の中を走っているんだ!」
「あいつら、何やりやがった!」
 馬は問いに答えるはずもなく、一直線に彼らに向かっていく。
徽煉が被害をうけないよう動くと、あっという間にその二人の男を蹴散らした。
「うげっ」
「ごっ」
 ああ……さっきの悲鳴はこれか。
 徽煉は木の影に身をかくしながら思った。
 馬はかなり興奮しているようで、ぶるるると鼻を鳴らし上体を持ち上げた。
「あ、あれは私の馬か?」
 甘海が慌てて馬に走りよる。が興奮していて主がわからないらしい。
 手綱がついていればそれを掴むのだが、何故か手綱は首でなくお腹に巻きついている。
「あ、これは」
「何かありましたか?」
 甘海がその手綱で馬の体に固定されていたあるモノを発見し、徽煉がそれを確認した。
 それはゆっくりと羽が回転するという物体Xで、その羽が馬の体を一度叩くと、馬はまた驚いたように一声鳴いた。
「なんでこれが?」
 と
「なんだお前ら!」
 すっかり姿を見せていた徽煉と甘海を部屋から出てきた、徽煉いわく「この場の責任者」である秦がみつけて声をあげた。
「この騒ぎ、お前らの仕業かっ!」
「知らんっ!」
 甘海がそう言った瞬間、馬が呼応するように秦めがけて走り出した。
「うごっ」
 ……責任者でも蹴散らされたときの悲鳴は、さしてかわり映えのするものではなかった。というか馬に蹴られるとは思ってもみなかったに違いない。
「奥方様!」
 うまいこと部屋までの道を馬が切り開いてくれたおかげで、徽煉は部屋に飛び込んだ。
 だが……
「動くなっ!」
 もう一人いたのだ。
 部屋の中には夫人らの方に剣をむけている男がいた。
 というか本人もどうしていいかわからず、そういう行動にでたのだろう。
 剣先が震えていて、別の意味で夫人達が危ない。
 遅れて部屋に入ってきた甘海も動けない。
「お前以外は皆倒しました。おとなしくしてください。」
 たぶんね……というのは言わず、徽煉はそう男に言った。
「くっくるなぁぁあ」
 だがあまり意味のない説得だったようで、男は震える剣先を夫人達から離そうとしない。おそらく何をいわれたのかも理解していないのだろう。
 最大にして最悪のピンチともいうべきところか。
 だが徽煉も甘海も、一瞬間のぬけた顔をすると、ため息をついた。
 わけのわからない状況のわけわからない相手の反応に、男は困惑を強くしたが、一瞬の後頭部への痛みによって、その状況からぬけだした。
「まったく……もうしわけ、ありません。」
 自分の剣を鞘からぬかず、そのまま鈍器代わりにして曹丕はその男を殴った後言った。



「だからその……これほど大騒ぎになるとは……」
 今回の騒ぎを大きくした要因は隠れるようにして厩舎にいた。
「あの甘海殿の馬についていた『扇風機もどき』とやらをつけたのは、やはり邦泉だったのですね。」
 徽煉は怒られるのを覚悟している均実の姿をみて、ため息をついた。
 あの大暴れした結果、犯人達を取り押さえた功労馬は、この屋敷の敷地内にある厩舎に甘海が預けていたものだった。徽煉は謝罪を続ける曹丕を夫人らにまかせ、この厩舎に足を運んでいた。
 均実の話を要約するとこういうものだった。
 馬を放されると困る、ということで厩舎にむかったのだが、そこにはすでに数人が馬を放そうとしているところだった。
 均実はその厩舎は諦め、違う厩舎に向かう。
 違う厩舎にはまだ誰も来ていなかった。
 しばらく厩舎の中で待っていると、やはり犯人達が馬を放しにやってきた。
 そこで均実は馬に犯人達が近づくのを見計らって、思いっきり馬の尻を叩いてやった。
 こうやれば馬が驚き、また嫌がることは隆中でやった馬術の練習で、散々わかっている。
 思ったよりもその作戦はうまくいき、その厩舎にいた馬は走り逃げていってしまったが、そこにきた犯人達は全員馬に踏まれ、なんなくクリアした。
 馬の威力を感心していると、そこで一つの妙計を思いついた均実は一度部屋にもどる。
 そのとき手にしたのが、あの扇風機もどきだった。
「三番目の厩舎で一番大きかった馬があれだったもんで……、見覚えはあったけど、まあいっかぁ…みたいな……。」
 均実はそんな軽い気持ちでも、自動で羽根が回る扇風機もどきをつけられた馬はかわいそうだろう。
 馬が暴れるだけで、おそらく屋敷内はかなりの混乱に陥るに違いない。そうなれば徽煉たちがどうにかしてくれるだろうという考えだったのだが。
 何度も何度も尻を叩かれるが、後ろには人は乗っていない。ちょっとしたパニック状態にあの馬は陥っていたのだろう。
 思ったよりも甘海の馬は驚いて、厩舎をとびだし、ちょうどそこにやってきていた犯人を蹴散らし、そして徽煉たちのもとへやってきたのだ。
 徐々に言葉尻が小さくなっていく均実をみて、徽煉はまた頭痛を覚えた。
「まあ……いいですけどね。
この厩舎の馬が逃げ出さないように見張っていたのは評価しますし。実際あの馬がこなければ、私と甘海だけではなんともならなかったでしょうから。」
 均実の計算どおり一応馬はこの状況を打破してくれたわけだが、どうも釈然としないのはなぜだろうか。
「すみません……」
「ですが何故李哲殿がそこに倒れているのですか?」
 さっきから気になっていたことを徽煉は聞いた。
 どうもピクピク微妙に動いているから、死んでいるわけではないようだ。
 均実は頬をすこしかいた。
「実は甘海殿の馬に『扇風機もどき』をつけるとき、かなり苦戦して……」
 馬の後ろ正脚突き?が見事に決まったのだ。
 名誉の負傷だ。
 均実はそう思うことにしている。
 まあ李哲が馬が暴れだした時、慌てて馬の後方に動いてしまったのを止めなかったのは自分が悪いかもしれないが……それほど大した怪我はしていないのは確認済みなので、気にしないことにした。
 まったく李哲にとっては今日は不幸な日だった。
 高い棚から降りられなくなり、降りれたと思ったら次は、馬の匂いが臭い厩舎で均実と共に隠れ、最後には馬に攻撃されノックダウン。
 起きたらきっとしばらく馬には近寄らないだろう。
 均実の説明に徽煉は本気で頭痛を感じつつ、とにかく均実を厩舎から連れ出した。
「徽煉殿?」
「とにかくあなたのおかげで、屋敷がかなりひどいことになっています。」
 見たことのない笑みをうかべ言われた言葉に、均実は思いっきり顔をしかめた。
「……もしかして」
「片付けてくださいね。」
 その笑顔のまま徽煉はそう言い放った。
 逃げ出したかったが、しっかり腕をつかまれてそれもかなわない。
 後には気を失ったままの李哲と、数頭の馬が残されたのだった。

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