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均しき望み 作者:奇伊都

第30回   見つからない探しモノ

 暗いな……
 自分の手を見ようと目を落としたが、それすらも目に映らないほど辺りは真っ暗だった。
 ここどこだろう……
 何か手に触れるものがないだろうかと均実は手を伸ばしたが、何も触れなかった。
「ヒト……こんなところにいたんだ。」
 聞き覚えのある声が、懐かしい呼び名で均実のことを呼んだ。
「純ちゃんっ?」
 均実は声の方向を知ろうと三六〇度見回したが、声は聞こえない。
「純ちゃん、どこ?」
 自分のことをヒトと呼ぶのは純だけである。
 均実は必死になって探した。
 自分の親友である純。
 この世界にきてから探していたモノの一つ。
 それがついさっき声だけだが聞こえた。
「お願い。純ちゃん、返事して!」
「ここだよ?」
 記憶とまったく変わらない声が答える。
 だがあたりの闇はまったく晴れることがない。
 まるで感覚を狂わすかのような本当の闇。今立っているのか寝転んでいるのか、それとももしかすると宙に浮いているのかすらわからない。
 そんな状態でどこから声がしているのか均実にはわからなかった。
「わからないよっ、無事なの? 怪我してない?」
 そんな状態で一歩前に踏み出すと、突然あたりの景色が変わった。
 ここ……は……
 見覚えがある景色。
 高い城壁に囲まれた町の外。
 城壁から少し離れたところに並ぶようにできている無数の土盛り。
 まだその近くにはたくさん人が倒れているし、何人かの人が穴を掘っているのも見える。
 ああ、あれはお墓だ。
 均実は瞬時に理解していた。
 それはこの光景を見たことがあるから。
 曹操の軍に従って、下邳をでるときの光景だ。
 すでに完成している土盛りに泣きすがっている女の人がいる。
 横をいく糜夫人がそれをみていた均実に、これが女子の戦いなのだといったのを覚えている。
「男は戦場で華のように散っていくのじゃ。女は男を支え、男を失えばそれに耐え、この地に根をはる大樹とならなければいけぬ。」
 耳に残った。彼女の持っている覚悟。
 均実はふらふらと墓に近寄った。
 小さな野草の花が供えられている墓や、平べったい丸の石がまるで墓標のように置かれてある墓などさまざまだが、一ついえるのは……
 これだけの数が、死んだんだ……。
 屋敷から曹操の軍勢をみたときとはまた違う、戦というものを実感したときだった。
 着物が汚れるのも構わずに、均実が一つ一つにしゃがみこんで、手を合わせようとしていると、
「ヒト……」
 純の声がまた聞こえた。
 均実が顔をあげ、あたりを見回す。
「純ちゃん。……どこ?」
 そのとき均実は足首を思いっきり掴まれた。
 悲鳴をあげるよりもはやく、均実を掴んだ手の持ち主を見て驚いた。
「純……ちゃん」
 ボロボロの学校のジャージ、ほとんど解けかかったポニーテール。
 顔は伏せたままでみえないが、それが彼女だと均実にはすぐわかった。
 均実は底知れない恐怖に襲われた。
 純は一つの土盛りから這い出すようにでてきていた。
「私ね……死んだの。」
 足首をつかまれたままで動けない均実に、純はおかしそうに言った。
「変よね。私、ただ朝練して、それでただ家に帰ろうとしてただけなのに」
 均実は恐怖に顔がひきつっているのがわかっていた。悲鳴をあげそうになりながら、それでも喉は変な音をたてて空気を通すだけだった。
 純は均実の足首に頼って地面から出てくるように、強く足首を握った。
 痛みを感じて足首をみると、割れてぎざぎざになった純の爪が、均実の足首に食い込んでいた。
「どうして……? どうしてヒトは生きてるの? どうしてそんな綺麗な服きて、どうしてそんな幸せそうに笑ってるの?
 私は突然わけわかんないこんなとこに放りだされて、必死に帰ろうとした。家に帰って学校にいって、圭くんにあって、ヒトとも部活やって……でも、私はどうしていいかわからないうちに、剣を持ったたくさんの人に襲れて……」
 悲痛なその声に均実は息を呑んだ。
 以前自分は恵まれていると思ったことがある。行き倒れていたところを亮に拾われ、そして自分のわがまままで聞いてもらえて……。
 純は均実にとっての亮のような人に出会えなかったのだ。
 そして何もわからないまま、死んでしまったのだ。
 体全体がほとんど土盛りから出てきた。
 背中に大きく斬られたような傷がある。
 それに気付いて均実が声をあげかけると、それまでずっと下を向いていた純が顔を上げた。
「っっ!」
「斬られたあとね、丁度燃えた柱が倒れてきたの。」
 顔の左半面が真っ赤にただれて、大きく火傷しているのがわかった。
 均実は恐怖で声ももう出なかったが、純の顔から目を離すことができなかった。
 純はその顔を苦しいようにゆがめる。
「痛かったけど、それ以上に熱かったよ……。自分が燃えるのがわかっていても、体が動かないの。動けないの。
目の前が真っ赤になって、ああ私死ぬんだって最後にぼんやりわかった。」
 純はその崩れた顔の双眸から、涙をぽろぽろと流しながら言った。
「ヒトと私に何の違いがあったの?一緒にこの世界にきて、ヒトはそんな綺麗な服をきてるけど、私はっ……!」
「痛っ! ……純ちゃんっ! お願い離して!」
「どうしてよっ!どうして……」
 均実の足首を握る力を凄まじいものになった。
 このままちぎられるかと思うほど。その力に思わず均実は悲鳴を上げたが、力はどんどん強くなる。
「どうしてヒトが死んじゃわなかったのよ!」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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