「……絶対何かあったのでしょう。」 「ええ、そうでしょうね。」 「雲長様は何も、といっておられましたが?」 「嘘に決まってます。」 一応薙刀の師匠をかばおうと徽煉は口を挟んだが、一瞬にしてそれは蹴散らされた。 確かに徽煉もおかしいとは思っていたが、そっとしとこうと決めていたのでこの二夫人が軒の中で、「怪しい怪しい」と連発するのを聞いては顔をゆがめて、複雑な気持ちになっていた。 旅は再開した。 張遼が曹操に沛で起こった事の一部始終を伝えたらしく、曹操は早朝に謝罪をしてきた。 だがその内容というのも、微妙なものだった。 まだ平定してから間もない沛の地なために、治安が落ち着いていなかった。そのために金銭目当ての民が金になると、夫人ら二人を襲った。という事件にすり替わっており、曹操はその治安が落ち着いていないという点を謝罪したのだ。 関羽はその謝罪をうけ、別段気にしてはいないこと、だが今後このようなことはないようにして欲しいということを言っただけだった。 今回のことは治安の問題ではない。曹操の配下の武将が、関羽を追い出そうと画策したことはこの事件に関与したものならわかっている。 だがそれを関羽は指摘しなかった。 張遼から事情は全て聞いているだろうし、均実の怪我に派遣されてきた医者もかなりの名医だ。それに曹操陣営で曹操に従わない勢力があるというのは、それこそ関羽に関係ないことだったからだ。 だが今回のことで関羽は一つ曹操に貸しができた。 言葉の表面にはださず、曹操も謝罪の時そのことをにおわしたため、関羽は一つ願いを言った。 むやみに自分をよびださないこと。 今回の事件が奥方から関羽が離れたこと、つまりは曹操が関羽を呼び出したことから起こったのだから、曹操としてもこの願いを叶えるしかなかった。 よって今関羽の馬には一つの異変がおきている。 「あの……本当に私、歩きますから。」 「いや、まだ無理だ。無茶をすれば傷がひらくぞ?」 「だからって一緒に乗ることはないでしょうっ?」 均実はそう声をあげた。 沛を出てから均実は関羽の馬に乗せられていた。 曹操が関羽をそう頻繁に呼び出さなくなったために、馬で駆け回る必要が関羽には無くなった。よってケガ人である均実を一緒に乗せるといいだしたのだが…… 関羽の大きな腕に包まれるようにして、均実は馬に横座りにしてのせられている。振動で馬から落ちないようにその腕に掴まっているが、すごく甘やかされているような気がした。 なんだかすっごい気恥ずかしい。 均実は自分の顔が、湯気が出るほど真っ赤になっているのではないかと思えた。 怪我といってももう治療はすんで、しっかり縫ってもらったから痛みもない。すこし引きつるぐらいだ。 普通に歩いている侍女や家人たちが、奇妙な顔でこちらをちらちらとみているのがわかるので余計降りたかった。 関羽は均実がそういうのに、眉をしかめた。 「では他の者とのりたいのか? 一人では乗れぬだろう。」 男装さえさせてくれれば一人で乗れるのに…… 均実はその反論要素には必ず徽煉の許可がいるので、口に出すことができなかった。 奥方の軒から何事か言われ、困ったようにこちらを見ている徽煉は、恨みがましくみている均実に気付いたのか、気付かなかったのか……。 黙ってしまった均実に満足したのか、関羽はそのまま馬を進めた。 このような会話が、二夫人たちにとっては二人がいちゃついているように見え、「あやしい」となっていたのを二人は知る由もなかった。 「何。あと長くても二週間といったところだ。すこしぐらい狭くても我慢しろ。」 に……二週間……。 均実はその話にすこしげんなりした。 予定の進路上でおこった土砂崩れは、結構ひどいものだったらしい。 そのため迂回をするので少々時間がかかるのだという。 だが不可抗力であるため、均実はもうそれに対してコメントするのはやめた。 特に足場の悪いところも今のところなく、平坦な道が続く。 歩くのもしんどいが、馬の振動はなんだか眠くなってくる。 一人で乗っていればそうでもないのだが、馬の操縦は関羽がやっているので、均実にはやることがない。 それでも周りの人は一生懸命徒歩で歩いているのに、自分が寝るというのはどうも悪い気がして、眠気を感じながらも一生懸命目を開いていた。 だがさすがに怪我のせいもあるのか、体の疲れがいまいちとれず、舟を何度かこいでしまっていた。 「邦泉殿? 眠いのか?」 関羽に声をかけられ、均実は眠気を覚ますためと否定するために頭を振った。 「い、いいえ。そんなわけでは……」 「眠いなら無理せず寝ておればいい。ほら」 関羽はそういい手綱をもっていた手を片方離すと、均実の頭を自分の胸に押し付けた。 「ちょっ、雲長殿!」 「ん? どうした?」 「や、やめてください。」 均実は必死に関羽から体を離そうとしたが、彼に力で敵うはずがない。抱きつくような今の格好は、さっきの腕にしがみついている状態よりも恥ずかしかった。 またまた軒の中の人は、その光景をみて色々徽煉に話しかけたが、やはり徽煉は同意できず曖昧に笑った。 そしてやはりそんなことも知らない均実は、また痴話げんかよろしくわめきまくっていた。
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