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均しき望み 作者:奇伊都

第25回   許都への旅路

 曹操は関羽をくだすことができ意気揚々と本拠地である許都に帰ろうとした。
 下邳の屋敷に残っていた家人をつれていくことを許されたため、均実も一緒に許都にむかうことにした。
 ここでも徽煉が均実は隆中にもどるべきと一度だけ主張したが、均実が断るとそれ以上何もいってはこなかった。
 戦を間近でみることは叶った。
 それならば隆中に戻ってもよかったのだが、ここで放り出してはこの後が気になる。
 関羽は曹操に厚遇され、その恩を返すために袁紹側の武将を二人殺す。だが袁紹の陣営には義兄である劉備がいたのだ。
 曹操に下ってからの関羽は本当に夫人を守る、ただそれだけのために動いているように見えた。それは一種の贖罪のようだった。
 そこまで苦しんでいる関羽が、これからまた苦しむことになるのだと考えると、もう少し、もう少しだけ側にいようと考えた。
均実一人側にいても何の足しになるかはわからなかったが、関羽は均実を友として対等の立場をもとうとしていたし、事実結構親しく話したりすることも多くなった。同僚である将が一人残らずいなくなったこの状況で、そんな立場の人間はきっと貴重なのだろう。そう考えたのだった。
 だから徽煉には下邳がどうなったか、これから均実は曹操の軍に従って許都にいくこと、そして自分は無事だから心配してくれるなと甘海に、そして彼を通じて隆中にいる亮伝えてくれるよう頼むだけにとどめておいたのだった。



 許都とずっと言っていたが土地の名前としては許昌というところらしい。
 隆中よりずっと近いが、そこに行く者たち全てが馬に乗っているわけではない。それに夫人たちは軒にのっている。よって均実は隆中から下邳にくるのに馬を飛ばして一週間ちょっとというところだったが、どうやらそれ以上かかるようだった。
 できれば男物のほうが動きやすいので徽煉に男装をさせてくれるよう頼み込んだのだが、「奥方様の周囲にいるかぎり、それは私が許しません。」と考える余地もないように断られた。
 仕方ないので均実も下邳に乗ってきた馬には乗れなかった。女が乗馬するにはこの裾の長い着物が邪魔で仕方が無いのだ。横座りで乗れるほど、均実はまだ馬術がうまいわけではない。
 よってその馬は荷物運びに使われることになったのだが、均実には荷物らしい荷物などほとんどないので、他の人に貸すことにした。
 均実は奥方が乗っている車の横を歩き続けていた。反対側の横には徽煉が重くないのか、薙刀を持ったままで歩いている。
 一応の体力はあるが、結構きついものがある。日に何度も休憩したが、それでも一日が終わるころには足がはれた。筋肉痛は足を苦しめたが、野宿がここ数日続いているからなんだか背中も凝っている。
「大丈夫か? 邦泉殿。」
 関羽は馬上からそう何度も均実に声をかけた。
 そう、彼は馬に乗っていたのだ。降服したとはいえ一武将である関羽が、官位もないような者と一緒に徒歩で歩くということはできなかった。
 それに曹操が何かにつけ、関羽を呼ぶ。
 やれここらへんは畑が多いなとか、やれあの景色は美しいなとか……
 呼ばれれば関羽はいかざるを得ないが、奥方の軒は行軍の後ろのほうで、できる限り関羽はその軒の側を歩いていた。前方で呼びつける曹操の下に何度も駆けつけるので、必然と関羽は馬が必要になった。
「一応は……結構日も暮れてきましたね。」
 ただでさえ歩き難い格好だというのにこんな長距離を歩くのは確かにしんどかった。だからといってどうすることもできないのであれば、疲れたことを言う必要もないと均実は考え、少しでも疲労から意識をそらすためそう言った。
 進行方向に大きな太陽が沈んでいく。
 その光景を邪魔するのはこの長い列だけで、あとは地平線まで何もみえなかった。
「ああ、今日はこの先の沛という町に泊まるらしい。」
「え? 野宿じゃないんですか?」
 どうみてもこの先に町があるようには見えない。
「おそらく日が落ちてからもしばらくは歩くだろうが、これで奥方様の旅の疲れが少しでもとれればいいのだが……」
 関羽はそういいながら眉をしかめた。
「何かあったんですか?」
「……どうも曹操の下の武将にはわしをあまりよく思っていないものもいるようでな。」
 何もなければいいが……と口に出すのを控えた関羽は、ふと思い出したように笑った。
「そういえば奥方様から昨日、主の作ったものを見せてもらった。なかなか面白いものだな。」
「へ?」
 いきなり話題が変わったので、均実は間抜けな声をだしてしまった。
「ほら、あの完成したらみせてくれと約束したものだ。」
「あ〜……ってあれは下邳においてきたんじゃ?」
 確かに均実はあの扇風機もどきを下邳の城に置いてきたはずだ。
 できもそれほどよくないし、何より何の役にもたたない。
「甘夫人が持っておられたが?」
 関羽がそういうと均実は乾いた笑いをしながら、納得した。
 なぜか知らないが甘は勝手に動くあの扇風機もどきが凄く気に入ったらしい。置いていこうとする均実の目を盗んで、もって出たのだろう。
「なかなか面白いものだな。」
「いえあんなの本当に簡単な仕組みですよ。」
 均実はそういいながらも何故こんなものがウケるのか不思議だった。
 だが特にその答えもみつからないまま、夜がやってきたころ沛に到着したのだった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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