凄い軍勢である。 北方を大きく支配し、天子すらも奉る曹操の軍は下邳の城をぐるりとしっかり包むように陣をたてていた。 その陣の中央に置かれた帷幕の中で、曹操は頭に片手をやった。 「関羽はでてこぬな。」 「劉備にここを守れと命じられているのでしょう。それなりに頭の回る者です。兵糧などはしっかり準備しているでしょうし、正面から攻めるだけではかなりの時間を費やすことになるでしょうな。」 荀 はそういった。 二人は四十を挟んで少し歳は離れているが、阿吽のように会話できた。今が最も戦にも知略にも長けられる時期だろう。 頭にやった手の指をとんとんと動かし、頭を刺激するように曹操は目を瞑った。 劉備が許都にいたころ、曹操は劉備に従う関羽の姿をみている。 一昨々年死刑を言い渡した呂布は天下にその武を響き渡らせた強将だが、体格といい、眼光の鋭さといい、勝るとも劣らぬ、良い武将だという感想を持った。部下の報告によると義を守るその意思の強さも筋金いりだという。 「欲しいな。」 ぽつりとこぼすように曹操はつぶやいた。 その声に荀 は、またか……というように曹操を見返した。 「孟徳殿は、まだ優秀な将をお望みでしたか。」 「まだまだ足りぬだろう。夏候惇や曹供は確かに優れた将だ。だが身内だけで足元を固めては、どれほど力をつけてもいつか瓦解する。 関羽は義を重んじる性格なのだろう。こちらに忠を抱かせれば、心強い手足となる。」 「抱かせれば……ですがね。」 曹操とともに荀 も関羽の性格に対する報告は聞いている。 曹操の言ったことは正しいが、それが難しい性格であるというのも確かだ。 「なんともならぬか?」 「さて……孟徳殿がこの戦をどのように締めくくり、その後の彼の扱いにもよるかとおもいますが。」 断言するのをさけたが、荀 は漠然と無理なのではないかと考えていた。 劉備の後ろをつき従う関羽を彼もみたが、そのまるで劉備の影かとも思えるほど、静かにそれでも辺りへの警戒を怠らず、追従する彼が曹操の下に額づく姿が想像できない。 だが根拠のない断言はできない。 曹操は荀 がはっきり無理だといわなかったことに気を良くした。 「関羽の義兄弟、劉備も張飛も我らが軍の前に蹴散らした。 彼の男を捕らえたり、殺してしまうのは簡単だが、ぜひともわしの元へ下したい。」
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