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均しき望み 作者:奇伊都

第14回   ご対〜面〜
 長い裾が足に絡まる。
 歩きにく……、まさかこんなことになるとはなぁ……
 均実は自分の格好に辟易しながら、前を歩く人物に送れないよう足を動かした。
 徽煉は均実の歩みの遅さに自分の歩調を合わせてくれているようだが、それでも早い。
 なれない格好でいることに、均実は肩こりを感じため息をついた。
「均。大丈夫ですか?」
 均実が疲れたことに気付いたのだろう。徽煉が振り返ってそうきいてきた。
 徽連は均実のことを均と呼んだ。諸葛家の末にそういう名前の子供がいたことを前から聞き知っていたらしい。
 だから均実のことをその均だと考えたようだ。亡くなった事は知らないらしい。
 否定しようかと思ったが、そうするとやはり日本からとばされたことを説明しなくてはいけない。まず信じてもらえないと思い、もうそのままにしておくことにした。
「躓きそうです。」
 均実が正直にそういうと、徽煉は扇で口元をおさえて笑った。
「あのようの男の子の格好を普段からしているからです。慣れれば普通に歩けるようになりますよ。」
 甘海が去った後、徽煉の屋敷に戻った均実をまっていたのは女物の着物だった。
「あなたは女性でしょう?」
 徽煉はそういって均実をその着物に着替えさせた。
 均実はこんな裾が地面をするような着物にビラビラした装飾布を身につけろといわれたとき、顔を思いっきりしかめたが、徽煉は
「宮の奥で私は働いているのです。あなたにはわたしと一緒に働いてもらおうと思っていますが、女性なのに女性の格好をせずにいることはゆるしません。」
 奥で働いているというのはつまり劉備の奥方の世話をしているということだ。
 そこに均実を置いてくれるというのは、近い未来戦場になるこの町の最も安全なところにいてよいといってくれているということなので、これは感謝するしかない。
 だが……
「し、しかしそんな服着たことが」
「私が着付けて差し上げます。」
 ない、という前にそういわれてしまえば、均実としても反論できない。
 こちらは迷惑をかける側なのだから。
 ということで少し伸びていた髪の毛をまとめ、長さが足りない分は鬘までつけて髪も綺麗に整えられた。少し頭を振るだけで、かんざしがシャラシャラなるし、服装は用意されていた着物を着させられたが、本気で動き難い。
 そんな格好に変わった後、徽煉は均実を車にのせ、外出した。
 車と言ってももちろんタイヤのついた鉄製のものではなく、軒というものらしく二つの車輪のついた箱のようなものを馬がひっぱるものだった・
 そんなこんなでついたのは、かなり大きな屋敷。
 その廊下を均実は一生懸命歩いていたのだ。
「あの格好のほうが何かと都合が良かったんです。」
「女なのに常に男とみなされることが、ですか?」
「はぁ、まあ」
 女として暮らせば、危険はないかもしれないが、日本に帰る手立てがみつからない。
 その説明もできないので、均実はあいまいに返事を返した。
 甘海すら気付いていなかったのに。徽煉は均実と初対面で均実の性別を見抜いた。
「私が女官を何人見てきているとおもっているのですか。私が相手の性別を間違えることはありませんよ。」
 彼女は驚いている均実に向かいそう言った。
 気付いてくれなくてよかったのに……
 動き難いこの格好を心底嫌がっている均実はついそんなことを考えていた。
「ここですよ。」
 均実がその言葉に顔を上げると、左手側に部屋があった。
 中から何人かの女性の談笑する声が漏れてきている。
「まず奥方様にあなたのことを紹介しなくてはね。
 教えたとおりにやること。決して不敬な振る舞いはしてはいけませんよ。」
 部屋に入る前に徽煉が念を押すようにいうのに、均実は黙って頷いた。
 ここにくる軒の中で徽煉は礼儀作法について懇々と講義した。
 亮にある程度のことは教わっていたので、なんとか理解できたと思うが、ややこしい。
 そんな均実を確認してから、徽煉は中にはいった。
 甘い匂いが鼻につく。お香の匂いだというのはその匂いに少し慣れてからだった。
 徽煉の後ろについて部屋の奥へ進む。
「奥方様。徽煉、今戻りました。」
「おお、徽煉。今そなたのことを話しておったところじゃ。」
 そこには向かい合って座っている女性が二人いた。
 劉備の妻、甘夫人と糜夫人である。ふたりとも机の上にのったいくつもの小さな壷を挟んで、いくつかを手に取っていた。
「薫物をつくろうと思っていたのじゃが、いまいちうまくいかぬ。そなたの香の知識を借りたいと話しておったのじゃ。」
「私めのようなものでは奥様方の足をひっぱるようなもの。ご過分な期待、老体にはこたえまする。」
 徽煉がそう言って進むと、二人は手を止めた。
「あら……新しい侍女?」
「背が高いわね? 歳はいくつかしら?」
 二人は均実の姿を認めてそう声をだした。
 均実は徽煉にいわれていたとおり、顔をさげ、服の袖を合わせるようにして礼をする。
「姓は諸葛、名は均。字を邦泉と申しまして、歳は十七を数えまする。
 私の友人のつてで諸葛の家から花嫁修業に、とこちらで働かしていただきたいという申し出がありまして。」
 そういう設定である。というか多分徽煉は均実の今回の行為をそう思っているのだろう。字は無かったのだが、徽煉が均実に邦泉という字をつけてくれた。
 宮では皆字で呼び合うらしく、徽煉も字なのだという。
「そう、邦泉。顔を見せなさい。」
 甘夫人に声をかけられ均実は顔をあげた。
 甘夫人は糜夫人より少し若くみえる。だが二人とも共通していえるのは、どこか凛とした芯を持っているようだということだった。
 健康的な美人。
 そう二人とも形容できるように思えた。
「これからここで働いてもらうけれども、一つお願い事があるの。」
 甘夫人はそういって、糜夫人に目配せした。
 糜夫人はそれだけで意を解したらしく、やわらかく笑った。
「この城に今我が夫、劉備はおりませぬ。代わりに殿の義弟である関羽殿がいらっしゃる。この奥に来られることは数日に一度。私達の様子をうかがいこられるが、その際お前は姿をみせてはいけません。」
 ……は?
 均実は目を丸くして答えられずにいると、糜夫人がくすくすと笑った。
「それだけではわかりませんよ。
 邦泉。関羽殿は私達に型にはまった挨拶をされるだけでよいのです。
 彼の方は下々の者に優しいので、下手に彼の方の目に入ると余計に気をつかわれることでしょう。」
 それを望まないのです。
 糜夫人がそういったのを聞いてから徽煉のほうをみると、同意するように頷いた。
「わかりました。」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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