どういう考えがあったのかよくわからないが、徽煉がそう約束してくれたのは甘海にとっても少し意外だったらしい。 自分から頼んだくせに「本当にいいのですか?」と何回も繰り返すものだから、徽煉が最後には「うるさいところは昔とちっともかわりませんわね。」といって黙らした。 どうやら甘海は徽煉に対して弱いらしい。 そこらへんの事情をきいてみたいような気がしたが、そういうと甘海が嫌そうな顔をしたので均実は聞くことを諦めた。 「それでは私はこれで失礼します。」 甘海が下邳の城門でそういった。 彼はこれから江東に向かい、新しい勢力の一つである孫権の治世を見てくるのだという。 徽煉の屋敷で別れてもよかったのだが、ここまで均実は見送りにきていた。 「ありがとうございました。」 「いえ、なにかありましたら徽煉に言ってください。私に連絡をつけることもできますしね。 ……どうか無事に殿の元に返ってください。」 馬に乗りなおしながら、甘海はそう静かに言った。 均実は甘海に答えず、城門から町の外をもう一度眺めた。 かなり遠くの地平線に太陽の光が反射している。もう少しすれば夕日があそこに落ちるのだろう。 と、なぜか昔この景色をみたような気がした。 一体……どこで? そのことを考え込み、均実が黙り込んでいるのをみて甘海は不思議そうに均実を見た。 「どうかしましたか?」 「……ああ、いや別に……。あ、そうだ。昔亮さんがこの下邳にきたことがあるといっていたんですけど。」 ごまかすように口からこぼれ出た言葉に深い意味はなかった。 だが甘海は馬上から均実を驚いたようにみた。 「殿がそういいましたか?」 「え、はい。」 「そうですか……。それはかなり昔のことです。 殿のお父上が亡くなられ、叔父上の玄様とともに襄陽に移るためここを経由したのですが……。その時ここは戦場跡だったのですよ。」 均実が振り仰ぐと、甘海は暗い顔をして続けた。 「私は所用でその場にはいませんでしたけれど、犬一匹逃さず、殺戮の限りを尽くされた後だったと聞いています。 その状態を殿が見てどう思ったか……。」 甘海はそこで息をつくと、町のほうに目をやった。 「十年ほど前のことです。ここもかなり復興しましたから、私は気にとめていませんでしたが、殿にとってここは今も戦による跡がのこった町なのでしょうね。」 「亮さんは……そんな街に私がいくといったのに止めようともしませんでした。」 より理解した。 彼は本当に均実のことを大切に、そして束縛しないようにしてくれていたことを。 均実がそういうと甘海も頷いた。 「均実殿は均殿ではありませんが、引き止めたかったのが本心でしょうね。」 均実は握りこぶしをつくって、目を閉じた。 昔ここで行われた殺戮、略奪。それを亮がみたのだとしたら、きっと苦しんだことだろう。 けしてこの町で死ぬことはできない。 そう思い、均実は甘海を見送ったのだった。
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