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均しきさだめ 作者:奇伊都

第7回   慕われし梟雄

 季邦が新野にきてからも、緩やかに時は流れ、季節は秋になる。
 いつもどおり仕事が終わってから、劉備の屋敷に均実は寄った。
 亮もそこにいたが、彼らは話を一旦止め、均実の話を聞こうとした。
「皆、玄徳殿を慕っているようですね。」
 均実はそう言った。
 新野に来て民の観察をずっとしてきたが、ここまで慕われている統治者というのは凄いような気がした。
 歩けば老婆がにこにこと笑い、子供たちに向かって「すべて皇叔様のおかげじゃ」と教えているところに出会ったこともある。豊かな実りを期待できる色の穂が、どこの畑にも溢れている。子供は仲良く遊び、犯罪も少ない。
 常に曹操に脅かされてきたこの新野の地が、劉備が来ることによって安全となったといわれている。
 曹操に恐れられている、一人の梟雄。
 だがそれはこの新野にとっては歓迎すべきことだったようだ。
 世辞無しに、それは感じられたことだった。
 杖をつき、ゆっくりと道を歩いていた老人と今日は話す機会があった。
 均実はそのときのことを思い出し、つい微笑む。
「平和をもたらしてくださった、と言っていましたよ。」
 表情、声音から均実は彼は心からそう思っているらしいと感じた。別に均実が劉備に仕官している人間だと知っていたからでた言葉ではないようだ。
 劉備はその言葉に苦笑した。
 ……あれ?
 だが均実はその表情に奇妙なものを感じた。
 こそばゆく感じているとか、多大な評価を恥ずかしがっているとかいうわけではないようだ。どこか困っているような……
「慕われるのは、何か具合が悪いのですか?」
 その言葉に劉備が驚きの表情をした。
 しまった。と均実は思い、慌てて頭を下げた。
「すみません。出過ぎたことを言ってしまって……」
「いや」
 柔らかく首を横にふり、劉備は否定した。
 横に座っていた亮に話しかける。
「問題か?」
「それを用いることは、すでに決めておられるのでしょう?」
「……確かにな」
 詰まりもせずに返答され、劉備は微妙な笑みを浮かべた。
 さきほどの表情と同じ。心の底から楽しい、嬉しいと思って笑っているわけではないようだ。
「ところで蔡封殿はどうしている?」
 何を話しているのかよくわからなかったのだが、劉備は話題を次に転じた。
 疑問を均実は飲み込んだ。
 今この話題について突っ込んで聞くのは、非礼だし不可能だろう。
 均実は頭を切り替えた。
「特には……変わったことはないですね。」
 季邦はほんとにただの均実の客人のように振舞っていた。
 新野をうろついてみたり、仕事をしている均実を邪魔してみたり。
 襄陽から来たのだと知っている者すら少ないだろう。
「不審な行動は?」
「ずっと見張っているわけにはいきませんから、絶対とは言えませんが……」
 答えながら、均実も不可解に思っていた。
 彼自身は蔡家の人間としてここにきたと言っていた。
 それをスパイとして新野に送り込まれてきた、という意味だと考えられるだろう。
 だから均実も季邦がそういうそぶりをみせるのではないかと、一応彼の行動には注意を払っている。
 しかし彼は何もしていない。
 この新野の何の情報を蔡家が欲しがるかといえば、統治の方法よりも軍の構成等の詳細に違いない。
 だが季邦は兵を鍛錬しているところにすら、足を向けようとしないのだ。
 面と向かって聞いたとしても、何が目的なのか教えてくれないのは変わらない……でも
「それでも季邦はそんなことしないと思います。」
 均実の言葉に、劉備を見据えた亮がゆっくりと口を開いた。
「もしかすると……手段の一つになるかもしれませんね。」
「……最悪の一歩手前でか?」
「州牧次第です。」
 劉備が珍しく渋い顔をした。だが亮はそれに対して淡々と答える。
「一度、彼と話してみます。」
 亮がそう言うことで、劉備は大きく息を吐いた。
 その息はどうにも重く、まるで肩に乗っかった全ての重荷を、吐き出そうとしているかのようだった。
 今の会話の意図はいまいちわからないが、けして明るい話ではないようだ。推理しようと均実が首をかるくひねったとき、劉備が立ち上がった。
「今日はここまでにしよう。二人とも帰られよ。」
 無理矢理、会話を打ち切る。
 心得て亮が均実を連れて部屋を出て行くまで、劉備はそう言った格好のまま微動だにしなかった。
 劉備は自分が疲れていることを自覚していた。特に今日、均実が来る前に亮が提案した策が、あまりにも……
 均実と亮がいなくなった部屋にしばし一人でいると、微かな足音が近づいてきた。
「殿……」
 甘夫人がこちらをみている。彼女の呟くようなその呼びかけが空に消えても、どちらとも何も言わない。
 だが劉備は部下には見せない不器用な笑みを浮かべていた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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